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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第9章 戦の始まり
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グラコー

 グラコーは、実季子を逆魔術で気を失わせると、国境近くにあるプレギアースの陣営まで連れてきた。

 陣営まで連れてきたが、こっそり天幕を抜け出した実季子は、自陣の兵士を相手に大暴れした。

 しかし、動けなくしてもう一度天幕に放り込んだ時には、中に敷かれた敷物の隅に変な座り方

 -正座-

 をしたまま俯いて大人しくなったので、グラコーは、ホッとした。

 どうも、目元を拭っているので泣いているのだろう。

 情報では、28歳の女性だと聞いていたが、あどけない表情の顔立ちはまだ子供のように見える。

 不安で心細くなったのだろう。

 先ほどは、剣に見立てた棒切れを振り回して、兵士たちをバッタバッタ倒してそれはもう、楽しそうに見えた。

 棒切れで打ち据えられて倒れた兵士たちを見た時には、目眩がして倒れそうだった。

 どうにかショックから立ち直ったグラコーが、逆魔術を唱えるまで暴れるだけ暴れられた。

 正直、泣きたいのはこっちの方だ。

 天幕の中に、こんな危険な娘と二人きりなどど、なんと恐ろしいことか。

 こんな寒い所は嫌いだ。

 早く帰りたい。

 気持ちを落ち着けるために、グラコーは茶を入れ始めた。


 プレギアースの田舎に産まれたグラコーは、身体が他の者と比べて小さく、体力もなかった。

 家は貧しく、なのに兄弟の数は多くて、食べ物は少なかった。

 兄弟達で、いつも食べ物を奪い合って食べた。

 力も弱く、気の弱いグラコーは、いつも奪い合いで勝てた試しがなかった。

 常に腹を空かせて、どうにもならない時は外で、虫やかえる、魚などを殺して食べた。

 飲水は、川の水を飲んだ。

 恐怖と、憎しみ、虚無が常に家の中に充満していた。

 皆、腹を空かせて気が立っているので、力の弱いグラコーはいつも標的にされた。

 憂さ晴らしに殴られたり、蹴られりした。

 誰も庇ってくれたり、優しい言葉をかけてくれる者はいなかった。

 何かに期待したり、未来の事を夢みたりする余裕は、爪の先程もなかった。

 いつも死を身近に感じる幼少期だった。

 

 しかしある時、自分にはかなりな魔力量があると分かった。

 こっそり家を抜け出して、村の裕福な家の書庫から魔術書を盗んで読み耽り、独学で魔術の勉強をした。

 結果、どうにか奨学金をもらい、プレギアース王都にある魔術学校に入学出来た。

 

 やっと、家から抜け出せた

 自分には、明るい未来が待っているのだ


 生きてきた中で、初めて未来に夢を見た。

 所がそこには、グラコーよりも魔術が得意な者が沢山いた。

 そして、今度は学校の中で憂さ晴らしの標的にされる事になる。

 飛び抜けて優秀ならよかった。

 恐れをなして、かかって来れない。

 もしくは、相手にされないほど劣っているか。

 グラコーは、そのどちらかでも無かった。

 普通よりは、優秀。

 しかし、ずば抜けてはいない。

 何よりも、オドオドとした気の弱そうな態度が、相手の嗜虐心を煽る。

 頭のいい彼らは、決して周りにバレないようなやり方で、グラコーに苦痛を与えてくる。

 グラコーが辛そうな顔をすると喜ぶ。

 それならば、ずば抜けて優秀になってやろうと、寝る間も惜しんで必死に魔術を勉強して、覚え、研究に勤しんだが、グラコーよりも優秀な者達は、アッサリと成果を上げる。

 そして、グラコーは彼らの、日々の憂さ晴らしに使われるのだ。

 グラコー相手に憂さ晴らしをしていた者達は、さっさと良い成績を上げて魔術省や、裕福な貴族のお抱え魔術師になったり、国を出て他国で魔術を使う職業に就いたりした。


 努力は実らず、かと言って学園を去って違う職に就く決心も付かないまま、結局学園に残って魔術の研究をしていたときだった。

 表んなことから、逆魔術の存在を見つけたのだ。

 それからは、のめり込むように逆魔術の研究を行った。

 認められない魔術で、相手の弱みに漬け込んだり、足元を掬ってこちらが優位に立つと言う考え方が、グラコーにはしっくり来た。

 過去の古い文献を読みあさり、古書市に赴いては、逆魔術の本を探した。

 そうこうしているうちに、プレギアースの王は愚かにも、隣国であるペラスギアに戦いを挑んだ。

 戦には、沢山の魔術師が前線に立たされた。

 かつて、グラコーと一緒に机を並べて魔術を学び、憂さ晴らしにグラコーを使ったような奴らも、沢山戦場に向かった。

 そうして、帰ってきたのは一握りで、後は皆、戦死したと報告がある。

 あんなに優秀だと思っていたかつての同窓生達が、太刀打ちできないペラスギアの皇帝とは、どんな恐ろしい人物なのだろうと、震え上がった。

 そして、敗戦の後に、王の入れ替わりがあり、グラコーの元に新王、ドマクから呼び出しがかかったのだ。

 王の謁見の間に連れて行かれ、緊張と恐怖で黒いフードを目深に被って頭を垂れていたグラコーに、ドマクは逆魔術は使えるのかと聞いた。


 魔術とは、使う人やその周りの世界全般を幸せを導くもの。

 その理念を逆様(さかさま)にするのが逆魔術である。

 我が身の利益のためだけに使用し、対象者を不幸に陥れる。禁忌の術である。

 それを使えると王の前で言ったらどうなるか!

 グラコーは、必死で横に首を振った。


 後で分かった話だが、その頃には既にドマクは逆魔術を使える魔術師を何人か手元に置いていた。

 しかし、彼らはドマクが望むほど逆魔術に詳しくはなかった。

 ドマクは、もっと逆魔術が使えて、逆魔術に詳しい魔術師を欲していたのだ。

 ちょうどそこに、古書市でウロウロと逆魔術の本を探していたグラコーに目がつけられたのだ。

 謁見の間には、大きな檻が運ばれて来る。

 その中には、目が血走り、よだれを垂らし、低く唸りながら頭を左右に振る虎が入れられている。

 明らかに様子がおかしい。

 甘ったるい奇妙な匂いが鼻腔をつく。

 何やら禁忌の薬で、おかしくなっているのだろうことが伺える。

 その檻から離れようと後ずさると、兵に捕まり後ろ手に縛られた。

「や……やめ、おやめ下さい。お許しください」

 泣きながら、何にたいしてなのかも分からないまま、許しを請うグラコーに、ドマクはにんまりと笑う。

「勿論だ。さあ、その虎を逆魔術で動けなくしてみよ。

 そうすれば、のぞみの物をやろう。」

 そして、グラコーを捕まえていた兵に手で合図をすると、兵は、素早く檻の扉を開け、グラコーを檻の中に放り込んだのだ。

 狂った虎は、よだれを垂らしながら、自分のテリトリーの中に入ってきたグラコーに向かって低く威嚇する。

 次の瞬間、グラコー向かって飛びかかってきた。

 グラコーは、必死に逆魔術を唱える。

「マゴパ」

 すると、虎は中で固まりそのまま地面にドスンと落ちた。

 這いつくばったまま、低くうなり声を上げている。

「ホィスイ」

「マロケスファ」

 恐怖で、次々と逆魔術を唱える。

 呪いの言葉まで唱えてしまった。

 狂った虎は、見る間に苦しそうにし、泡を吹いてピクリとも動かなくなってしまった。

 ハーハーと肩で息をして、檻の隅っこでガタガタと震えながら、動かなくなった虎をジッと見つめる。

 

 やったのだ

 あの狂った怪物を葬ってやった


 グラコーは、恐怖とは逆の高揚感を感じた。

 今までの人生で1度も感じたことのなかった優越感もだ。

「フフフ」

 小さく、渇いた笑いが漏れた。

 その笑い声を聞いて、ドマクは更に笑みを深くする。

「素晴らしいではないか!グラコー」

 パンパンパンパンと、手を叩きながら王座を下り、檻に向かって歩いてくる。

 控えていた兵に顎をしゃくって合図すると、兵が檻の扉を開け、グラコーに檻から出るように手招きした。

 ヨロヨロと檻から出たグラコーの肩を親しげに叩くと、動かなくなった虎が入れられたまま檻が下げられていく。

「さあ。約束通り、褒美の話をしようではないか」

 そう言いながら、グラコーを別室に連れて行き、グラコーが、気が付いたときには、国王直轄の逆魔術師として、常に王の側に侍るようになっていたのだ。

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