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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第9章 戦の始まり
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狂狼覚醒2

流血シーン、残酷描写があります。

苦手な方は、ブラウザバックでお願いします。

「グッ…グゥオオオオオオオオオオーーーーー」

 その指輪が実季子の物だと思ったのが先だったか、アルカスの変化が先だったか。

 本人にも分からない程、瞬く間のうちに。

 金色の瞳は血を溜めた赤に。

 透けるような銀の髪は漆黒に。

 アルカスの体を纏っていた筋肉は大きく肥大し、体中血管が浮き出て、黒ずんだ色の皮膚に変わった。

 手も、足も長い爪が伸び、髪と同じく漆黒の耳と尻尾が現れた。

 フーッフーッと吐く息は興奮状態を表し、喉がグルグルと鳴っている。

 大きな体からは、湯気が立ち上る。


 エラトスと、アピテは、咄嗟に左右に飛び退いた。

 アルカスが持っていた剣を振るったからだ。

 剣は、周りを取り囲んでいた敵兵の首や胴を薙いで吹き飛ばした。

 薙ぎ払われた彼等は幸か不幸か、自分がもうこの世に存在しない物になったことも分からなかっただろう。


 とうとう、アルカスは狂狼になってしまった。

 今までは、狂狼化に時間がかかった。

 アルカスが狂狼にはなるまいと、必死で自身の身の内で抵抗していたからだ。

 しかし、今度は一瞬だった。

 止める間などなかった。

 こうなってしまっては、誰にもアルカスを止めることは出来ない。ただ1人を除いて。


 実季子は、月の乙女は、どうなったのだ?

 あの転がっている腕は本当に実季子の物なのか?

 

 黒い霧は、依然として実季子が立っていた場所を覆って、蠢いている。

 アルカスは、周りに居る敵兵を虫ケラのように葬り去っている。

 鉄臭い匂いが辺りに充満し、辛うじてこの世に生のある者の呻き声が聞こえる。

 迷っている暇はない。

 エラトスと、アピテは目を合わせると、一瞬小さく頷きあい、実季子を覆っている黒い霧に向かって走り出した。

「ミキコ!」

「ミキコさま!」

 例え、腕がなかろうと生きている可能性はあるのだ。

 エラトスと、アピテが同時に黒い霧に手を入れた瞬間、仄温かい金色の光が、黒霧の内側から光を発し、輪になって二人を包んだ。

 光が温かい。とても心地良い。

 敵の陣営にいて、アルカスが狂狼になってしまった事も、忘れてしまいそうな心持ちになった。

 その間、数秒か?数分か?

 ハッと我に返ると、黒い霧は消え去り、金色の髪の実季子が立っていた。実季子の足元には黒いローブの男が転がっている。

「ミキコ、大丈夫か?腕は?」

 エラトスが問いかけると、金の髪をフルフル降って実季子は答えた。

「腕は大丈夫。あれは、この男の逆魔術で幻影を見せられただけ」

 アピテは、すぐさま転がっているローブの男を縛り上げる。

 草薙の剣を握って、実季子はフラフラとアルカスの方に向かおうとする。

「ミキコ、駄目だ。兄上の元に行っては危ない。

 狂狼となってしまえば、敵も味方もないのだ。

 ミキコとて、剣の錆になってしまうぞ。」

 止めようとしたエラトスを手で制す。

「良いの。大丈夫。アルカスを救うために、コッチの世界に残ったんだから。

 だから、早く助けてあげなくちゃ。」

 涙目でそう言いながら、吐息が漏れるように笑うと、真っ直ぐアルカスに向かって行ってしまった。

 アルカスの周りには、無残な姿に変わった敵兵が転がっている。

 どんどん敵兵が投入されるが、少しも剣の威力は衰えることなく、敵兵達は薙ぎ払われている。

 そこに、実季子は、飛び跳ねるように割って入った。

「アル、大丈夫だよ。もう、辛くないからね。」

 優しくアルカスに囁きかけるように呼び掛けると、持っていた草薙の剣を頭上に構えてアルカスに向かって振り下ろす。

 エラトスには、あんなに暴れていたアルカスが、まるで実季子に切り伏せられるのを両手を広げて待っているかのように見えた。

「グァァァァァァ……オオオオオオゥ………」

 金色の光の残像が、実季子の頭上からアルカスの肩と胴を斜めに通って、足元に向かって線を描く。

 地を這うような慟哭が響き渡り、アルカスが前のめりに倒れた。

 実季子は、すかさず草薙の剣を、アルカスを取り囲んでいた敵兵に向かってサアッと薙いだ。

 草薙の剣の先端から、金の光が敵兵を刺すように広がり、光が渡った場所にいたプレギアースの兵士達は皆、声も上げずに地面に倒れ込んだ。

 エラトスとアピテは、驚きの余りその場を動くことが出来なかった。

 が、先に我に返ったエラトスが倒れているアルカスの元に駆け寄り、体を担ぎ上げる。

 アピテも、縛り上げた逆魔術師を担ぎ上げる。

 恐らく、この男がプレギアースの逆魔術師を束ねている、グラコーだと思われたからだ。

「ミキコ、走るぞ。着いてこれるか?」

 エラトスに言われて、実季子は頷くと、草薙の剣を握りしめ唱えた。

「ミクロン」

 小さくなった草薙の剣を、首に提げた鎖のロケットの中に収めると、エラトスの後について走り始めた。

 長かったドレスの裾は、戦いの中でビリビリに破れて、膝下程度の長さしかないので、とっても走りやすい。 

 そもそも、マイクロミニならまだしも、膝下なんていつでも出してたんだから、ちっとも恥ずかしくない。

 しかし、実季子を守るために後ろを走っているアピテは、もしもこれがアルカスにばれた場合、地獄にいようが、冥府に居ようが、確実に自分の元に赴き、葬られるに違いないとぞっとしていた。


 プレギアースの陣営から程なく離れた、岩場に繋いでいた馬にエラトスがアルカスを乗せて一緒に。

 アピテが逆魔術師と一緒に。

 そして、実季子がアルカスの愛馬、ジュピターに飛び乗った。

 ペラスギア陣営は、馬で15分ほどの所にある丘の上にあった。

 アルカス達を追ってきた騎士達が陣営を築いたのだ。

 プレギアース側からは見えない場所にある。


 ペラスギア陣営に戻る途中、後ろを振り返ると、プレギアースの陣営からは、煙や火の手があがり、幾つもの天幕が燃えていた。

 エラトスとアピテが引き上げる間際に、天幕に火を放ったのだ。

 狂狼となったアルカスに沢山の兵を切られ、実季子には、草薙の剣で酩酊させられ、幾つもの天幕は火事だ。

 もうあの陣営は使えないだろう。

 ホッとしながらも、エラトスの馬に乗せられて、ピクリとも動かないアルカスの様子が気になって仕方がない。

 もしも、このままアルカスが目を開けない場合、正直この世界にいる意味なんてない。

 アルカスが居ることが、実季子がこの世界にいる理由の全てだ。

 どう、身を処するのか考えなくてはいけない。


 そもそも、自分がプレギアースの逆魔術師などに攫われるから、こんなことになってしまったんだ。

 深い自己嫌悪に陥りながら、自分の身に起きた月の乙女になる変化を思い出し、切ない気持ちになった。

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