狂狼覚醒1
流血シーンがあります。
苦手な方は、ブラウザバックでお願いします。
実季子が攫われたと連絡があってから、アルカスはほぼまともに眠れていない。
いや、それ以前に城を出てから、実季子と離れてしまってからまともな睡眠を得られていない。
いつもならば、光を集め神々しいほどに輝く銀色の髪は、風呂にも入らず、ここプレギアースの陣営まで強行してきたため、汚れて艶を失い、軋んでいる。
着ている軍服は跳ね返った泥や、陣営に侵入する際に切り捨てた敵兵の血を吸って、元は美しい瑠璃青だった色が所々黒っぽく濁っている。
肌も汚れてくすみ、目の下にははっきりとクマが浮かんでいる。
しかし、金色の目だけは実季子を奪われた怒りと、彼女の安否が分からぬ不安で揺れ動き、爛々と光って正しく悪魔のように見えた。
「ミキコーーーー」
とうに夜の帳がおりたプレギアースの陣営は、等間隔に置かれた篝火が周りを照らし、天幕が作る影を色濃くしている。
その天幕の影からゆらりと大きな体を現したアルカスは、爛々と悪魔のような目を光らせ、低く太い咆哮を響き渡らせた。
アルカスの後ろに控えていた、エラトスと、アピテは、目を剥いて、頭を抱えたくなる。
この闇に乗じて、実季子の場所を密かに探り、実季子を助けてひっそりとペラスギア側に戻る……という作戦だったのでは?
なのに、何を思って敵国の陣営のど真ん中で、我が皇帝陛下は大声を張り上げて、自分の居場所を知らせていらっしゃるのか?
我が帝国の皇帝は、アホなのか?
いや、アホだろう………
案の定、その辺にいた兵士達が、ワラワラと集まってきて取り囲まれた。
「ディーネー」
アルカスがつむじ風を起こす魔術を唱えながら、掌を水平にして空中を横にサーッと動かすと、取り囲んでいた兵達に向かって突風が吹き、散り散りに四方に飛ばされる。
エラトスは、苦い顔になった。
兄は滅多に魔術を使わない。
魔術を使わずとも、剣でも、槍でも、素手でも兄に勝てる者はこの大陸上に居ないだろうし、兄の力を見せつければ、後々の戦いも兄に、即ち帝国に、簡単に挑もうなどと思わなくなるからだ。
しかも、魔術を使うと当然だが、どんどん魔力量が減っていく。
かなり魔力量の多いアルカスだが、無尽蔵にあるわけではない。
枯渇すれば動けなくなるし、狂狼化が進む原因にもなるのだ。
基本的に人狼族の体力は、無尽蔵と言われるほどだが、魔力量はあまり多くない。
あくまでも、戦いの際に選択肢を広げるために、魔術を使えるように習得しているに過ぎない。
やばいな
完全に頭に血が上ってる
敵兵は、アルカスに魔術で吹き飛ばされたが、何せ敵国の陣営なのだ。
ストックはまだまだ居る。
ワラワラ寄ってきて、またすぐに囲まれた。
エラトスと、アピテがアルカスの前に出て剣を抜く。
囲んでいる敵兵を薙ぎ倒し、前に進む。
「ミキコォォォォォーーーー」
陣営の中央、目の前の他の天幕よりも大きな天幕の前で、再度アルカスが咆哮をあげる。
またしても、頭を抱えたくなったエラトスとアピテだが、目の前の天幕で起こったことにそんな思いは霧散した。
アルカスが叫んだ一拍後、天幕の垂れ下がっていた布の隙間から、金の光が内から漏れ射した。
その刹那、ブワッと金色の風が天幕の布を吹き飛ばす。
その光は、闇夜を照らす月の光の如く明るかった。
その周りに居た者は皆
-アルカスも含めて-、
眩しくて目を開けていられなくなって、目を閉じた。
「アルカス」
布が吹き飛んで柱だけが残る、天幕だった場所から聞こえた、実季子の声に反応して瞬きをしながら、目を開けると、透き通るような金色の瞳に、
-幾度も愛しくて口づけたいと願った、くるくるの髪が金色に輝いて、まるで宙を舞っているようにふわふわ浮遊している-
金の髪をなびかせた実季子が、森の魔女に小さくして貰っていたはずの草薙の剣を、元の大きさで手に握って立っていた。
誰だ?
あの金の髪の乙女は?
いや、実季子に違いない……
なぜ?
ああ!月の乙女になったのか
なんて、なんて、綺麗なんだ……
驚きと、美しさに魅せられて動けず、実季子を見つめているアルカスの元に、走り寄ろうと実季子が一歩足を踏み出す。
その後ろで、黒いローブを来た男が、蜃気楼のようにユラリと立ち上がった。
男は立ち上がりざまに、呟く。
「マスタンパ」
すると、男は黒い霧となって実季子の足元からまとわりつき、実季子の身体を黒い霧が覆い隠すように広がったのだ。
「ミキコ!」
剣を抜くとアルカスは実季子の方に駆けた。
しかし、霧の中から実季子の恐ろしい悲鳴が聞こえ、次に何かがアルカスの足元に飛んできた。
その何かから、流れる赤黒い血が地面の土を汚し、どんどん広がり吸い込まれていく。
人の腕だ。
華奢な女性の。
薬指に指輪がしてある。
見覚えがある。
グレーのスターサファイアの石の横に、小さなオレンジダイヤモンドが止まっている指輪。
実季子が、アルカスの瞳のようだと言ったオレンジダイヤモンドだ。




