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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第9章 戦の始まり
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プレギアース陣営1

 狂ったような勢いで走らせていた馬車がやっと停まって、フラフラする実季子は、ガタイの良い兵士のような人に乱暴に担がれて天幕に運ばれた。

 元は、グレーなのだろうが汚れて煤けた色になった制服を着ている。

 軍服に見えることから恐らく、自分を攫ったプレギアースの兵士だろうと推測する。

 しかも、目だけを動かして周りを見回したところ、同じ制服を着た体格の良さそうな兵士が何人もうろうろしていて、いくつもの天幕を出入りしている。


 ここは? プレギアースの陣営?


 馬車はほぼ休みなしに走り、途中何度か馬を変えたようだった。

 意識がない状態の時間がどのくらいだったのかが分からないが、スープ状のものを3度飲まされた。

 3日以上はたっていないと仮定すると、やっとペラスギアを抜けた場所なのだろうか? 

 それとも、ラキア領? 地図と文献でしかペラスギアを知らない実季子には、場所を特定するのは困難なことだった。

 この時点で、実季子にかけられた逆魔術は完全に解けていたが、まだ魔術が効いているような素振りで、動けないふりをした。

 こんなにウヨウヨ兵士がいる場所で暴れたところで、勝ち目はない。

 機会を窺うのだ。

 いくつもある天幕の中でも、一番大きな天幕に運ばれると、奥に設られている寝床に下ろされた。

 天幕の中は、夜でも困らない程度の明かりが灯されており、清潔でほんの少し薬草のような香りもする。

 地面には、寒さが伝わりにくいように分厚い敷物が何枚も重ねて敷き詰められており、入り口には、暖をとるために焼けた石と炭を置いて、温かい空気を循環させているようだ。

 かなり上の身分の人物が使用する天幕のように見える。

 寝かされた寝床の上を這うようにゆっくりと動いて、天幕の中をそっと伺う。

 どうも、誰もいないようだ。

 チャンスだ。誰かが入ってくる前に、天幕を抜け出して陣営を出たい。

 そろりと起き上がり、天幕の入り口とは逆の、奥まった馬車の布地をそろそろとめくり上げてみる。 

 正直これでは、地面から10センチ程度上が覗けるだけで、外の様子はよく分からない。

 けれど、外の様子が見れるほど天幕の布地を上げれば、向こうからもこちらが丸見えになってしまう。

 迷っていても仕方がない。

 今が逃げ出すのに最大のチャンスなのは間違いない。

 その辺りに畳んで置かれていた生地を頭から被ると、草薙剣を元の大きさに戻そうと、ロケットに手を当てた。

 ところが、実季子の胸元には、いつも下げていた森の魔女にもらったロケットがなかった。

 あの男だ。

 実季子をここまで攫ってきたプレギアースの逆魔術師。

 何か、怪しいものを身につけていないか探ったのだろう。

 よりによって、あんなに大事なものを取られてしまうなんて……。

 ロケットを。中身の草薙剣を取り戻さなければ。

 実季子は天幕の中に置いていないか、必死になって探したが、やはり不用意にどこにでも置いていたりはしないだろう。

 と、なるとあの逆魔術師がもっているに違いない。

 兎に角、天幕を抜け出そうと、何か武器になりそうなものはないかと探す。

 すぐ近くに、木の丸太のような者が転がされてある。

 本来ならば、天幕を張る際に使う棒なのだろう。

 余って片付けるのを忘れたのだろうか?

 実季子には少し長いが、何もないよりましだ。

 有り難く頂戴することにして、それを右手に持つと、そろそろと天幕から抜け出した。


 抜け出すのは上手くいったが、実季子が寝かされた天幕はどうも本陣だったらしく、プレギアース陣営のど真ん中に建てられていた。


 なんて、目立つ場所なのよ!

 

 頭から被った布地を深く被り直すと、とにかく陣営の外側に近い目立たない場所から、この陣営の様子を把握しようと、そろそろと怪しまれない程度の速さで、歩いた。

 心臓がバクバク音を立てて鳴り、手のひらにじっとりと汗が滲み出て握っている棒が滑って落ちそうになる。

 緊張で足が竦みそうだ。それでも、懸命に足を動かす。

 陣営の端の天幕が見えてきた。

 

 あの天幕の後ろに隠れよう

 後少しだ


 そう思った実季子に、グレーの軍服を着た兵士が声をかけた。

「おい、お前。頭から被ってる服はなんだ?

 逆魔術師殿のローブは黒だろう?何着ているんだ?

 フードを外して、顔を見せろ」

 曲がりなりにも一国の兵士だ。

 走って逃げたところで、すぐに捕まるだろう。

 背後からは、声をかけてきた兵士がザリザリと土を踏みしめて近づいてくる足音が聞こえる。

 実季子は、握っている棒を持つ手に力を込めた。

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