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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第9章 戦の始まり
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拉致3

 タブラ軍は、ウピロス領のスタラの街まで行軍を進めたところだった。

 この後アッティーハー領に入り、アッティーハー大公の城があるヴェーレーを目指す。

 そこを拠点にして軍の重要閣僚を集め、軍会議を行う予定だ。

 アルカスは城を出てからというもの、眠りが浅くなって寝不足におちいり、食べ物の味がしなくなった。

 ため息ばかりついて、仕事以外の時間は実季子のことばかり考えてしまう。

 そばにいる事の多いエラトスが、何か言いたげな痛ましそうな目で見ているのも分かっている。

 しかし、どうにもならないのだ。

 ずっと軍に所属し、数々の辛い別れを経験してきたが、実季子との別れはかなりこたえた。

 

 そこにシメオンから書簡が届いた。

 実季子がこちらに残ることを決めて、アルカス達のタブラ軍に合流すべく向かっているという内容を読んだ時には、自分は疲れのあまり白昼夢を見ているのだと思った。


 やばいな

 幾ら実季子が帰ったのがこたえているとは言え、こんなに自分に都合のいい夢を見るとは、重症だ

 自分は、軍を指揮出来るのだろうか?


 そう思った。

 険しい顔をして、書簡を睨みつけているアルカスを心配して、エラトスが声をかける。

「兄上?どうかしましたか?シメオンは何と言ってよこしたのですか?」

 何も答えず、黙ったまま手の書簡を渡されたエラトスは、いつも冷静な兄が動揺するような内容とは、一体何が書かれてあるのかと、恐る恐る中をあらためる。

「はあ?ミキコが?帰るのやめたってぇ?」

 手に持った書簡をブンブン振りながら、兄の顔を見たが、兄の顔に刻まれた眉間の皺は深いままだ。

「兄上?ミキコがこっちに向かってるんだろ?

 シメオンは、それだけしか書いてないけど、間違いなく兄上に会うためだろう?

 なのに何でそんなに、怖い顔してるんだよ?嬉しくないのかよ?」

 エラトスにそう聞かれて、険しい表情のまま顔を上げてエラトスを見つめる。

「これは現実なのか?自分に都合のいい白昼夢ではなく?

 シメオンが、一人で執務をやらされるストレスの捌け口に、嫌がらせで送ってきたのではないのか?」

 しょっぱい顔をして、こちらを見たエラトスの少し開いた口から、長い長い溜息がこぼれる。

「あのさ、白昼夢見るほどミキコに未練があるんなら、どうしてすんなり帰したんだよ?

 兄貴が、一言帰るなって言えばミキコはこっちに残っただろう?

 ミキコ、軍が出立する時に城の廊下から、泣きながらこっち見てただろう?

 シメオンだって、幾らストレスが溜まってるからって、兄貴にこんな嫌がらせしたら、後でどんな恐ろしい事になるかくらい分かってるよ。

 素直に、喜びなよ。あと数日でミキコに会えるんだぜ。良かったな。」

 握っていた書簡をポンと机の上に置くと、兄思いの弟殿下は、これで尊敬する兄が夜はすんなり眠れるし、嫌々口に運んでいた食事も、普通に取るようになるだろうと一安心して、天幕を出て行った。


 ところが、それからほんの数日後、陽が登り始めたばかりの爽やかな朝の空気を、実季子を護衛しているはずの騎士から送られてきた書簡が一変させた。

 書簡に実季子が攫われたと書かれてあるのを読んで、アルカスは烈火の如く怒り狂った。

 天国から、地獄に叩き落とされたようなものだ。

 送ってきた書簡を握った手を机に振り下ろす。

 行軍中のため簡易とはいえ、皇帝陛下が使うために作られた執務机は、派手な音を立てて真っ二つに折れた。

 怒りのあまり、魔力が漏れ出て、絹糸のように美しい銀の髪がゆらりゆらりと揺れている。

「エラトォス!!ラキアを調べている諜報員以外を全て呼べ。お前の子飼いの諜報員も貸せ」

 地獄の底から聞こえてくる地を這うような声に、エラトスが震え上がった時、皇帝陛下の怒りを察知したかのように、真っ黒な装束で、顔も判別できないよう深くフードを被った姿の諜報員が、天幕の暗がりからヌルリと姿を表した。

 ペラスギアには、末端まで含めるとかなりの数の諜報員がいる。

 彼らは普段、帝国の中だけでなく、諸外国でひっそりと生活をし、必要な時が来れば、必要な行動を即座に起こすのだ。

 その中でも、影と呼ばれる諜報員は、一体何人いるのか、どのような素性なのか、男なのか女なのか、皇帝であるアルカスさえもその全容は把握していない。

 全て、影を束ねる頭のみが把握していて、影を使う皇帝は、全てその頭に委ねているのだ。

 その影の頭が姿を表した。

「来たか。今すぐ、何奴がミキコを攫ったか調べてこい。

 ミキコが何処に攫われたかもだ。良いか、どんな小さな情報も見逃すな。

 どんな些細なことでも全て報告しろ。

 エラトス、私はミキコを迎えに行く。一時、軍から抜けるぞ」

 既に、そう言われるだろうことは予測していたエラトスは、黙って肯首した。

 兄だけで行かせるわけにはいかない。

 自分と、アピテも着いて行けるよう既に準備させている。

 皇帝陛下を護衛するためではない。

 もしも、アルカスが狂狼化した場合、それを抑え込める力を持ったものが必要だからだ。

お読み頂きまして、ありごとうございます。


アルカスさん、怒っています。

彼は、まだまだ怒ります。



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