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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第9章 戦の始まり
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拉致2

 次に気がついた時には、凄まじい勢いで走る馬車の中だった。

 一応、分厚い布を敷いた上に転がされているようだが、派手に揺れる馬車の中で転がっているせいで、身体中が軋んで痛い。

 あまり手入れの行き届いていない馬車なのか、灯りはないし、ものすごく揺れる。

 おまけに、隙間風が酷くて寒くてたまらない。

 どうも実季子は、後ろ手で縛られているようだ。

 ガラガラと車輪が不快な音を立てながら回転している。

 スプリングも悪く、軋んだ音が断続的に聞こえてくる。

 薄暗い馬車の中に、誰かがいる。

 黒いローブを着込んで、フードから溢れる髪色はくすんだブラウン?男の人?

“誰?“

 声に出したつもりなのに、声が出ない。

 体もうまく動かない。

 激しく揺れる馬車の中だからだけが理由ではない。

 この感覚は覚えがある。逆魔術だ。

 建国祭の舞踏会の夜に、声が出なくなる逆魔術をかけられた時と同じだ。


 私はまた、プレギアースの者に攫われてしまったの?

 

 実季子の脳裏に、さらわれる前に起こった一連の出来事が蘇る。

 血溜まりの中に倒れるグレーの毛並みのオオカミの姿。


 ソフィア……


 目頭が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを、歯を食いしばって堪えた。

 不安が一気に溢れ出て、目の前が真っ暗になった。

 パニックになりかけて、呼吸が浅くなる。

 酸素量が足りなくなって頭がクラクラする。

 焦って、もっと呼吸しようとする。

 ハアハアと言う自分の息をする音が耳元で聞こえる。

 くらりとめまいを起こしそうになって、ハッとした。

 いけない。過呼吸になりかけている。

 意識的に、一旦呼吸を数度止めた後、ゆっくりと深く息を吸う。

 苦しかった呼吸は楽になり、次第に気持ちも落ち着いてきた。

 すると、考えもクリアになってくる。

 

 どうにか、逆魔術を解いて逃げ出す術はないだろうか?

 

 実季子は必死で考えた。

 月の力、月の力が使えれば、緩和できるんじゃ?

 でも、体が動かないから、その力が使えそうな媒体(草薙剣)を触ることができない。

 どうにか体を動かそうと、モゾモゾと動いていたらローブを着た一緒に乗っている誰かが、こちらを向いた。

 長い前髪から眼鏡が覗く。灰色の目だ。

 ゆっくりと口角を上げて笑みの形を作った口元から、軋んだ音が漏れた。

「アミスィポリ」

 そして、実季子はまた意識が暗転した。

 

 何度か、それを繰り返した。

 いつもすごい勢いで揺れながら走る馬車の中だ。

 何となく、馬車の中が明るかったり、暗かったりするので、昼か夜かの区別がつきはするが、何日経っているのか、どこを走っているのかは分からない。

 拉致されたのは、ウピロス領に入ったばかりのスタラの街の手前だった。

 恐らく、馬車はプレギアースの国境付近かラキアを目指しているんだろう。

 実季子は、頭の中でペラスギア帝国と、その周辺諸国の地図を思い浮かべる。

 プレギアースは東西に横長い国だ。

 ウピロスからアッティーハーを東に横切ってラキアに行くよりは、まっすぐアッティーハーの森の中を隠れながら進んで、プレギアースに向かう方がリスクは少ないだろう。

 国境を抜ければ、直ぐに山脈が連なっている。

 その山に入られてはお終いだ。

 なんとかそれまでに、ペラスギア帝国内で逃げ出す隙を探さなければならない。

 流石に、山の中をこの馬車で進めるとは思えない。

 一旦国境付近で、馬車を降りるはずだ。

 その時が、チャンスだ。

 馬車の中で、この逆魔術師とやり合ったところで、勝てる見込みは低い。

 ここは大人しくしておいて、相手を油断させた方がいい。



 実季子が居なくなった野営地では、大騒ぎになっていた。

 まさか、このタイミングで実季子を攫われるとは。

 地面に狼の姿のままで、血溜まりの中に倒れていたソフィアは、すぐに天幕に運ばれた。

 一緒についてきていたニカノルは、少しだが魔術が使える。

 切られた傷を塞ぎ、血が流れ出るのは食い止められた。

 そして、持ってきていた薬湯を飲まされる。

 流れた血を補い、体力を回復させ、免疫力をあげてくれる。

 騎士達は、血眼で周辺を探したが、実季子は見つからない。

 天幕の直ぐそばで実季子が身につけていたドレスの飾りが落ちているのに気がついた。

 飾り自体は繊細な物だが、当然簡単に取れたりしないようにドレスにきちんと縫い付けてある。

 更に、周りには足跡が幾つかある。

 その足跡を辿ると、馬車の轍が見つかった。

 人狼族は耳も鼻も良い。

 自分達以外の者が、直ぐ近くまで入り込んだのを、気付かないなどあり得ない。

 ましてソフィアは、アルカスやエラトスの乳母だったのだ。

 当然、護衛術に始まり、馬術や剣術等、一通りのことを修めている。

 下級騎士などよりは遥かに強いのだ。

 そのソフィアに傷を負わせ、実季子を攫って行った者は、必ず何かの術を使っているはずだ。

 しかも、相当の使い手に違いない。

 直ぐ様、アルカスとシメオンの元へ事の次第を書き記した書簡をしたためて、使い魔具に持たせる。

 これを読んだアルカスが、どんな反応をするのか想像しただけで、逆毛が立つようだ。

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