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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第9章 戦の始まり
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スーパー ブレ エクリプス ムーン2

 夕飯は、下手に胃の中に食べ物を入れない方が良いだろうと、果物を少し食べただけ。

 ソフィアが用意してくれた、此方の世界に来た時に着ていた下着を身につけ、ブラウスにパンツ、ジャケットにコートを着込み、靴を履く。

 着替え終わった実季子をじっと見つめながら、ソフィアは何も言わずに口角をほんの少し上げて、寂しげに微笑んだ。

 シメオンは、どうにも手が離せない仕事があるということで、ついて来れないらしく、城の入り口で挨拶をする。

「ミキコさま。どうか、お気をつけて。

 あちらにお戻りになられましたならば、お幸せにお暮らしください。

 いつだって、このペラスギアの地よりミキコさまのことを、お祈り申し上げております」

 そう言ったシメオンを残して、馬車に乗り込むと静かに走り出した。

 城の裏手の森の中にある泉には、ソフィアと森の魔女、そしてヴロヒの洞窟に一緒に入ったニカノルという騎士が護衛のために着いて来てくれた。

 

 前回のスーパームーンの時と同様、泉のほとりには小舟が停められている。

 見上げると空には雲一つなく、月は丸く大きく、銀色の光を煌々と放っている。

 泉の水面は、月の光を反射して青白く光、まるで水中から発光しているかのように見える。

 16日は、1月半ばだ。

 湖面の上を滑るように風が吹くと、冷たく澄んだ空気が、カシャカシャと実季子の体を足元から固めていく。

 体の芯から冷えるようだ。

 実季子が寒くてブルリと震えると、ソフィアが大きなショールを肩からかけてくれる。

「ありがとう」

「いえ、お風邪を引かれては大変ですからね。お戻りになられた時に、お母様がご心配なさいますよ」

 ソフィアは、ここペラスギアで実季子のお母さんのような存在だった。

 今日、何度目か分からない寂しげに微笑むソフィアと離れ難くて、そっと手を繋ぐ。

 ソフィアは、何も言わずに繋いだ手を握りしめると、何度も優しく撫ででくれた。

 空の月は、だんだんと赤みが増し、銀色に輝いていた月は赤銅色に変化していく。

 そして月の端が黒く欠け始めた。

「さて、始まったようだよ。スーパー ブレ エクリプス ムーンだ。

 ミキコ、用意をおし。

 あの月は半刻ほどで欠け終わり、また半刻かけて元に戻るのさ。

 欠け終わるまでには、呪文を唱え終えたいね」

 森の魔女はそう言うと、実季子を岸辺に停められている小舟に乗るように促す。

 実季子は、ソフィアと森の魔女に向かって、深々と頭を下げてお辞儀をすると、岸辺の小舟に乗り込んだ。

 前回と同じように、オールを漕いで泉の真ん中あたりまで船を進めると、森の魔女が呪文を唱え始める。


「この世界に集いし数多の精霊と、聖域を守りし番人に願う。

 我、森の魔女の言霊を聞き届け、力を与え給え」

 泉の上を一際冷たい風が吹き、実季子の体温を奪っていく。

 いつも寒そうにすると、すぐに自分のマントでぐるぐる巻いて、実季子が寒くないか気遣ってくれる大きな体が恋しい。


 アルカスも、あの月を見上げているだろうか?

 頭上の月を見上げると、月はオレンジ色のような、アンバーのような色に輝いている。

 まるで、アルカスがくれたオレンジダイヤモンドと同じ。

 アルカスの瞳と同じ色。


 森の魔女は一心に呪文を唱え続ける。

 彼女の声が風に乗って泉の上に流れてきて、実季子の耳の中で木霊する。

「光と影のように、昼と夜のように、天と地のように、太陽と月のように……」


 アルカスは、いつだったか王族は国を守るために存在するのだから、そのために命が尽きるのも定めだと言っていた。

 でも、いくら定めだからって、周りの大切な人の命が尽きていくのを見るのは誰だって辛いはずだ。

 自分ならば、辛くて、辛くて、心が潰れてしまうかもしれない。

 なのに、アルカスはそれを粛々と受け入れるの?

 そんなことないよね……。


「彼の者の持つ剣と共に、満ちる月の力を持ちて、彼の者を元の世界に帰したまえ」

 森の魔女の呪文は、あと少しで終わる。

 実季子は手を握りしめて立ち上がる。


 アルカスだって、私と同じように辛いはずだ。

 私と同じように、死ぬのだって怖いはず。

 狂狼になるのだって怖いはず。

 私は、アルカスを守りたい。

 私が……、私が……、アルカスを助けてあげなくちゃ。

 だって、私にはそれが出来るんだから!!!


「アルヒコ コズモス エピストロフィ エテレ……」

 実季子は、岸に向かって声を張り上る。

 その声は、冷たい泉の上の空気に、割れ目を作って真っ直ぐに岸へ届いた。

「待って!……待って!森の魔女!!待って!!」

 太い木の杖を頭上に掲げようとしていた森の魔女は、突然、実季子に大声で止められて、中途半端に杖を持った手を挙げたまま大きく目を見開いてこちらを伺っている。

「私、います。こっちにいます!私、もう帰らない。帰りません!」

 森の魔女に向かって、宣言するように大声で言うと、小舟に座って、岸に向かってオールを漕ぐ。

「え?ええ!……何を言ってるんだい!ミキコ!」

 持っていた杖を振り回しながら、焦ったように魔女が岸から叫んでいる。

 それを無視して、実季子は力一杯オールを漕いだ。

 岸辺に小舟をつけて、降りて来た実季子に森の魔女は、怖い顔をしてやってきた。

「ミキコ、もっとよく考えな。

 あの狼のことが心配なのは分かるがね、戻らなければ、もう家族とは二度と会えないんだよ。

 良い事ばかりじゃない。辛くなった時はどうするんだい?

 後悔する日が来るんじゃないのかい?」

 実季子の顔をじっと見る森の魔女に、実季子は泣きそうな顔で笑った。

「そうですよね。きっと、辛い思いをして、後悔する日もあると思います。

 でも、アルカスを守ってあげたいんです。彼を助けてあげたい。

 私には、その力があるんだから。

 だから、辛くなって後悔したら、森の魔女のところに行って、泣く事にします。いいですか?」

 ポロリと涙と零しながら言う実季子に、長いため息をついただけで森の魔女は何も言わなかった。

 ただ、冷たい実季子の手を取って、温めるように何度も何度も撫ぜた。



 それからは、兎に角慌ただしかった。

 シメオンは帰ってきた実季子を見ると、目を剥いて驚いたけれど、すぐに跪き実季子の手にキスをして、永遠の忠誠を誓った。

 そして、実季子がアルカス達の行軍に着いて行くための準備を、恐ろしい速さで行った。

 馬車の手配、着いていく護衛の選択、アルカスへの連絡。

 それと同じくして、ソフィアも体の冷えた実季子を、湯に浸からせている間に、必要なものを整えに走った。

 そして、夜が明ける頃には、全ての準備が整い実季子は馬車に乗って出発していた。

 因みに、森の魔女は、ソフィアからお酒やお菓子をたらふく渡されて、シメオンからは必要な鉱物や薬草を後日、届けさせると約束を取り付け、ほくほくしながら帰って行った。

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