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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第9章 戦の始まり
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スーパー ブレ エクリプス ムーン1

 森の魔女は、16日のスーパー ブレ エクリプス ムーンの日の朝にやってきた。

 今度は、門番にも近々森の魔女が来る旨を伝えてあったので、比較的スムーズに入城できたようだ。

 とは言え、門番は、“はい。どうぞ“と通したわけではなかったようで、ソフィアが呼ばれて、門まで迎えに行ったようだ。

「ごきげんよう。森の魔女。お越しをお待ちしておりました」

 軽く膝を折って挨拶をした実季子の顔を、まじまじと見た森の魔女は、いつものしゃがれた声に幾分か同情の混じったような声で言った。

「あれ……、これはまた、一段としょぼくれた顔をしてるねぇ。

 まぁ、あんたの惚れた男がその辺にいる普通の男なら良かったんだろうがね。

 迷っているのが、ありありと顔に出ているよ」

「え……?」

 戸惑った声を出した実季子に、森の魔女は更に続ける。

「ミキコ、気が付いちまったんだね。自分の気持ちに……。

 あの男には言ったのかい?」

 涙がにじんだ目で、魔女を見ながら、頭を振る。

「そうかい。で、迷っているんだね。帰るのをやめるかい?」

 静かな問いかけに、唇を噛んで、ギュッと手を握りしめて俯いていた実季子は、ゆっくりと顔を上げて魔女の方を見た。

「迷っているんです。彼のことが心配で。

 私が一緒に居れば、落ち着くはずなのに、離れてしまって、もしも、狂狼化してしまったらどうしようって。

 でも、でも、お父さんや、お母さん、お兄ちゃん達に会いたい。

 皆、きっと心配して泣いてる。私の生まれた、あの家に……帰りたい。

 ……私の大切な……人達の元……に帰りたい」

 泣き出した実季子に、ハンカチを渡しながら、魔女は優しく実季子を抱きしめた。

 色んな薬草の匂いがする。

 魔女にしがみついて泣きながら、苦いような香りや、何処か甘いような香り、清々しい香りや、優しくふくよかな香りに包まれる。

 そうすると、段々と落ち着いてきて鼻を啜りながら、魔女から離れる。

「ごめんなさい。泣いてしまって」

「なに、気にしなくても良いのさ。

 迷ったり、悩んだり、泣いたりすることはね、生きていく上で大切なことだからね。

 あんたは、意外と頭が硬いところがあるようだねぇ。

 どうにもならなけりゃぁ、一旦、休んだって構わないし、時間がいるなら、時間をかけりゃいいんだよ。

 今すぐ立ち向かわなくたって、違う方法を探せばいいのさ」

 森の魔女にそう言われたが、今の実季子にはやっぱりどの方法を選ぼうにも、時間が足らないような気がしてならなかった。

 腫れぼったい目で、じっと空を見つめる実季子を見て、魔女は短く嘆息すると、乾いた手で頭を撫でて出て行った。

 もう考えまい。

 壁際にひっそりと立って傷ましそうに実季子を見ていたソフィアに、

「ちょっと、休むね」

と言い置いて、奥の寝室に入った。


 眠ってしまおうかと思っていたのに、結局目が冴えて眠れず、アルカスのことと、元の世界の家族のことを交互に考えているうちに、昼が過ぎてしまった。

 ゴロゴロしていたところで、時間ばかりが過ぎてしまう。

 厨房で何か摘むものでも分けて貰おうかと、部屋を出てぐるりと城の回廊を歩き、外を見ると雨は止んで雲間からは光が差し込んでいる。

 良かった。

 アルカスのところも晴れているかなと、もうかなり離れたところまで進んだであろう行軍の場所を気にしながら、シメオンの執務室の前を通りかかった。

 几帳面なシメオンには珍しく、執務室の扉のところに布のような物が挟まっている。

 誰かが、慌てていて落としたのかもしれない。

 実季子は屈んでその布を取ろうとした。


「何?カラノス大公閣下がプレギアースと?それは誠か?」

「はい。間違いございません。

 現在、我が行軍はウピス領の南、スタラの街におりますが、陛下はカラノス大公閣下が我らを裏切り、プレギアースに内通していたと言う情報をお聞きになってからというもの体調を崩され、このまま軍を指揮するのにも支障をきたすやも知れません。

 そのため、エラトス殿下から、月の水を至急追加で持って参れと命を受けて参りました」

「うむ。事情は分かった。至急用意させよう」


 実季子は、漏れ聞こえてきた会話の内容を聞いて、布を掴んだまま暫く放心していた。

 

 カラノス閣下が、裏切っていた?

 まさか!いつから?


 しかし、確かに今まで、これほど警備が頑丈な城の中にまで、容易にプレギアースの者が入り込んだりしていて、おかしいとは思っていたのだ。

 イリニの時だって、あんなに簡単に操られるなんて、何故なんだろうと疑問に思った。

 きっと、アルカスだって、エラトスやシメオンだって、実季子以上に感じていたはずだ。

 だけど、まさかカラノス閣下が裏切っていたとは思わなかったのだろう。

 

 それよりも、アルカスの体調が悪いって……

 どうしよう


 実季子は、その布を握りしめたまま自分の部屋に戻ると、ちょうどソフィアが森の魔女と実季子の分のお茶の用意をして戻ってきたところだった。

「まぁ、ミキコさま。

 お部屋にいらっしゃいませんでしたの?

 お腹が空いている頃かと思い、お茶の用意をして参りました。

 さあ、さあ、お召し上がりください」

 ソフィアに勧められるまま、お茶のカップを口に運んだものの、先程のシメオンと使いの者の話が気になって、ぼんやりとしてしまう。

 ソフィアや、森の魔女に先程の話をしてしまいたい。

 どうしようと、アルカスが心配なのだと、心の内を話したい。

 しかし、アルカスの体調のことなど、ましてやラキア領の大公であるカラノス閣下が、プレギアースと通じていたなどと最重要機密だ。

 いくら、ソフィアが宰相の妻の立場であろうとも、森の魔女が決して他言などしないと分かっていても、みだりに話をするべきでない事くらいは分かっている。

 国の重要機密だからということだけでなく、この情報を知ることによって、何かに巻き込まれてしまう危険もあるかもしれないのだ。

 結局、丸いパンに実季子が好きそうなものを挟んだ、サンドイッチのようなものを頬張りながら、お茶で流し込み、2人の会話に適当に相槌を打ちながら、スタラという街にいるだろうアルカスのことばかり考えていた。

 アルカスは、狂狼化の症状だけならば、月の水を飲めば一定期間は落ち着くはずだ。

 恐らく、叔父であるカラノス大公閣下の裏切りで、精神的に参っているのだろう。

 しかし、エラトスやアピテがついているのだ。

 時期に落ち着くだろう。

 それに、アルカスは出立の際、実季子に心身共に鍛えてきたから大丈夫だと言ったのだ。

 本人が大丈夫と言っているのだから、大丈夫だ。

 アルカスを信じよう。

 何より、自分はあと何時間後かには、元の世界に戻るのだ。

 今更、心配したところでどうにも出来ない。

 そうだ。あの時、アルカスに言ったように、この戦いが無事に終わるように、アルカスが幸せでいれるように、祈ることくらいしか出来ないのだ。

 無理矢理、自分の中で自分を納得させると、冷えてしまったお茶を、一口ぐいっと飲み干して深くため息をつく。

 そんな実季子の様子を横目でチラリと伺いながら、ソフィアと森の魔女は、サッと目線を合わせただけで、何も言いはしなかった。


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