戦の準備
ラキアは、帝国の1番端、タブラから見て北西に位置する。
領地の北側は、友好国であるラウル公国と隣接しており、コモニの街に領都を置き、ラウル公国とコモニ間は街道を通して多くの物資が頻繁に行き来し人の親交も深い。
そして、同じく北側、ラウル公国の西側にプレギアースと国境を接している。
そのため常に兵士が国境近くを見張り、緊張状態が続いている。
とは言え、国境沿いには長々と山脈と森が連なり、非常に侵入しづらい環境ではある。
更に、ラキアの領主であるアルカスの叔父、カラノス・ペラスギアは、温厚で優しく、人当たりの良い性格で、難しいこの地でバランス良く治世を敷いていたはずだった。
アルカスは、一先ずラキア領に先発部隊を出発させる。
部隊は、アッティーハーとラキアの領境で二手に分かれ、一方の部隊はラキアに入り、領民や城の使用人などを出来る限り助け出して、アッティーハーに逃がす。
もう一方の部隊は、アッティーハーの領主、アウゲ・ミューシア大公の指揮下に入り、領境でラキアから逃れてくるペラスギア国民を助け、領土に踏み込んでくるプレギアース軍の兵士の侵入を阻む命が下されていた。
また、それとは別に、ひっそりと複数の帝国諜報員を、情報収集のために放ってある。
彼らは、ラキアの現地の様子や、プレギアースに関する事を調べ上げて、数日で報告してくるだろう。
アルカスは、今度の戦いでプレギアースを、とことんまで叩きのめすと腹に決めていた。
戦力を削ぎ、もう、2度と我が帝国にちょっかいをかけようなどと、夢にも思えないほど徹底的にやる。
父は、先のプレギアースとの戦で毒矢を受けてから、ジリジリと少しずつ命の火が小さくなっていくようだ。
王族であるからには、仕方の無いことだと受け入れようとしてきたが、自分の父親が苦しむ姿を見るのは辛い。
一息に楽にはしない。
本人も周りの者も少しずつ、少しずつ苦しめる。
それも、計算されての毒だったのだろう。
プレギアースは、更に、実季子を利用しようと、裏で手を回したり、逆魔術を使ったりとやり口が汚いのだ。
プレギアースの土地は、不毛の土地だ。
ペラスギアの北側と国境を隣接している東西に細長い国で、その土地のほとんどは、険しい山脈が連なり、大きな湖が存在する。
そのため、耕作地が少ない。
山の麓の硬い土は大きな石が多くて、耕作するには大変な労力が必要で、更に山から吹き下ろす強い風が植物が育つのを阻んでいるようだ。
何よりも国を収める王家の人間が、コツコツと努力するのを嫌う気質らしく、何かを育てようとするには不向きだ。
どうにか、ペラスギアを手中に入れて、豊かな国土が欲しいのだろうが、自国の中も、貴族ら富裕層が腐りきった治世を行っているため、民は貧しく餓えていると聞く。
そんなおろか者共が、ペラスギアを治めようとしたところで先は見えている。
大事なペラスギア国民達に、同じように貧しく餓えさせる生活をさせるわけにはいかないのだ。
しかし、腑に落ちないことがある。
何故このタイミングなのかということだ。
ここタブラは、まだそれほど気温が低くはないが、プレギアースは国を東西に山脈が走っており、この時期とてつもなく寒いはずだ。
山頂には雪が降り積り、平地でも気温が下がった日には白いものが降ってくるはず。
こんな時期に兵を起こしても兵士たちは寒すぎて、動きが悪いだろうし、何よりこんな中で戦わねばならない兵士達からは、間違いなく不満が噴出するはずだ。
常套で考えれば、後数ヶ月してから戦を起こした方が良いと思うが……。
考えねばならないことも、疑問に思うことも、この戦には山ほどあった。
エラトスが、軍の編成を副官と行っている間、シメオンは、遠征中の食事や衣類、衛生用品や、薬草などの手配に奔走していた。
アルカスが徹底的にやると宣言したのだ。
ラキアから追い出して終わりとはいかない。
膨大な数の兵士が動くのだ。
その者達の生活を支えるために、料理人や医者等も連れて行かなくてはならない。
馬車も、技術者達が開発した車輪を強化させ、スピードが出るように改造した物に順次変えている。
出発まで一週間を切った。
それまでにやり終えなければならない。
そうして、城全体が戦支度に追われている中、密かに諜報員達からの情報がもたらされた。
ラキアは、ほぼプレギアースの逆魔術師達と、兵士達に占領されてしまっていて、彼らが破壊行為や、略奪行為をを繰り返し、荒れ果ててしまっているようだ。
幸いにも、連絡を受けて直ぐに派遣した先発部隊と、既に救助のためにラキアに入っていた、アッティーハーの先住民族である森の民達の働きで、領民や城の使用人達は怪我をしている者もいるが、アッティーハー側に逃げおおせているようだ。
また、行方が分からなかったラキアの大公カラノス・ぺラスギアは、プレギアース陣営での目撃報告が幾つか上がっていることから、現時点では、プレギアースに捕らえられているものと思われる。
引き続き調査を続ける、との報告が上がってきた。
黙ったまま報告を聞いたアルカスは険しい表情を崩さないまま、目線だけで頷いた。
フードを目深に被り、口元だけが僅かに覗く真っ黒な出で立ちの細身の男は、アルカスに向かって、膝をついて礼をとると、部屋の薄暗い闇の中に溶けるように居なくなった。
城の中が、戦の準備で慌ただしくなっている同時期に、実季子の元には、森の魔女から使いのフクロウがやって来ていた。
“800年前の月の乙女の召喚日は、スーパー ブレ エクリプス ムーンの日。
そのスーパー ブレ エクリプス ムーンは、265年に一度やって来る。
今年はその年で16日にあたる。
其方に出向くので、服を用意しておくように。“
と言う短い物だった。
アルカスの出発は、12日。
実季子はアルカス達の出発を見送った後、帰ることになる。




