実季子の誕生日2
295日の朝、ソフィアはマダム・マリナがこの日のために作ったドレスを実季子に着付けた。
以前、店に尋ねたときに実季子が描いた絵から作ったというブラジャーが出来上がったようで、いつものコルセットではなく、マリナが送ってきたブラジャーと、下にはフレアパンツになっているアンダーウェアを履く。
その上に、美しい象牙色の色合いで、柔らかいもったりとした生地のインナーを着込む。
それは、ワンピースになっていて、首の詰まった部分に、幾重にもタックを寄せているので、下に向かってたくさんのドレープが作られている。
その上にイチョウの色、黄檗色に染められた、ラムの皮のような手触りの厚手のサテンで誂えたガウンを羽織る。
袖は大きく膨らませ袖口にギャザーを寄せてある。
実季子が屋台で物を食べても、動きやすいように考えてデザインされ、身頃には可愛らしい秋の草花が刺繍されている。
その刺繍と同じ意匠の紐でウエストの部分を結び、その直ぐ下の腰の部分を大きく張り出して膨らみを持たせている。
着丈も、ギリギリ足の爪先が見える歩きやすい長さにしてある。
パッと見は煌びやかな意匠ではなく、昼間に野遊びをする娘の雰囲気を醸し出した、可愛らしくも上品な意匠のドレスだ。
ソフィアは、実季子の髪を軽くサイドを後ろで纏める。
これもマダム・マリナが寄こした、オーバードレスに施されている刺繍と同じ意匠の髪留めでとめて、優しい花の香りのする香油を髪に馴染ませるだけにした。
実季子は、建国祭の折に貴族達にはアルカスがエスコートしてお目見えを済ませている。
が、舞踏会で給仕などをした者を除く、城で働く者の殆どは、チラリと見かけたことはあるが、よく知らないお客様程度の認識しかない。
この誕生日のお祭り騒ぎの折に、アルカスが連れ歩く実季子を城勤めの多くの者が目にするだろう。
このドレスには、上品で可愛らしくはあるが、私達とそれ程かけ離れていない、陛下が大切にされているお客様。と言う認識に塗り替える意図が隠されている。
実際、実季子は貴族でも王族でもないし、気さくな性格の一人の女の子なのだから。
こうして、色んな人の思惑がこれでもかと詰まった実季子の誕生日がやっと始まった。
いつもと少し違うデザインの、けれどとても動きやすくて、可愛いなぁと思ったドレスを撫ぜていると、コンコンと扉がノックされ、いつものようにソフィアが応対に出る前に扉が、バーンと開かれる。
最早これも毎度のことで、最近ではソフィアも諦めがちだ。
「ミキコ!おはよう。秋らしい色合いだ。とても似合っている」
そう言ったアルカスの格好も、黄檗色よりは渋いマスタード色のウエストコートの上に、実季子のアンダードレスと同じ、象牙色の厚手のサテン生地のジュストコールとブリーチズを着て、クラバットは巻いていない。
ジュストコールには、目立たない色合いで秋の草が刺繍されているが、実季子の隣に並べば二人の格好が対であることは一目瞭然だろう。
「お早う、アルカス。貴方もステキ。
ねえ、ソフィア、私達ってお揃いなの?何処かに出掛けるの?」
首を傾げた実季子の問いに、口元が緩みまくっているアルカスが答える。
「これから、前庭にいこう。朝食も昼食も、夕食もそこで食べて良いぞ」
「え?どういうこと?」
実季子は、更に首を傾げたが、良いから、良いからと、アルカスにぐいぐい手を引かれて、部屋を出て前庭に向かう。
「うわぁぁぁぁぁ……」
ため息のような、歓声のような、どちらともつかない声を上げて、握っていたアルカスの手をぎゅうっと握る。
黒く長い睫毛をパシパシと何度も瞬かせて、前庭にひしめいている天幕の様子を、口を小さく開けたまま呆けたように眺める。
そんな実季子の様子が、可愛くて仕方が無くて、アルカスは子供の頃に忘れてきた、胸が高鳴るという感情を何十年か降りに感じていた。
「アル!アルカス、凄い!
今日は何の日?私も屋台でご飯食べても良い?」
興奮して上擦った声で実季子が話しかけてくる。
ボンヤリと自分の内の感情と向き合っていたアルカスは、ハッとして実季子を見る。
「ああ!勿論だ。
早速何か食べよう。腹が減ったな。何が食べたい?」
実季子に合わせて、朝食がまだだったアルカスは2人で屋台に繰り出した。
城の使用人の中には勿論、アルカスの顔を認識している者が多く居る。
"陛下だ"
"陛下!"
"皇帝陛下"
朝から、皇帝陛下の粋な計らいの恩恵を受けていた使用人達は、アルカスの姿を認めると次々と腰を折って頭を垂れる。
「良い、気楽にしてくれ。私も、楽しむつもりだからな」
良く響く声で、アルカスが告げると皆サッと各々の買い物に戻っていく。
一部の貴族達は、アルカスの持つ権力に媚びへつらって、あわ良くば甘い汁を啜ろうと考える者もいるが、自分自身の力で生きることが基本理念のこの帝国では、皆、権力におもねようとする考えが薄いのである。




