実季子の誕生日1
森の魔女は、グラシディの森に帰り今までの月の乙女に関する文献をひっくり返して調べ直すと言って、魔道を使って帰って行った。
何か分かれば、都度連絡を取り合う約束をして。
季節はすっかり秋に移り変わり、朝晩はめっきり冷え込むようになってきた。
遠くに見える山々の木々も山頂から中腹にかけて色づき始め、鮮やかな色に染まった景色を楽しませてくれている。
城の中の紅葉樹も徐々に赤く色が変わり、散歩するのも楽しみだ。
あと数日で295日。
実季子の誕生日だ。
しかし、1年をただの日付で数える暦の数え方に慣れない実季子は、すっかり自分の誕生日のことなど頭から抜け落ちていて、気にもとめていない。
そんな彼女とは正反対に、実季子の周りの者や、事情を知る者はソワソワしていた。
実季子に知られてはいけない。
その為には、他の者に知られて城の中で噂になってはいけない。
しかし、準備は滞りなく行わなければいけない。
シメオンなどはここ数日、胃がシクシクと痛んで、ソフィアから薬湯を貰っていた。
-それくらいで胃が痛くなっていたのでは、陛下の補佐は務められませんね。と、キツい一言を喰らったが……-
ただ、中々隠し通しておけないものである。
何と言っても彼らは空気を読むことに長けた、王都タブラ城の優秀な人材達なのだ。
事情を知らない城勤めの者達も、何となく何かあるのではと感づき始め、ソワソワが伝染し始めてやっと迎えた295日。
その日は、日が登り始めた薄暗いうちから、城の正面にある広大な前庭に沢山の天幕が張られ、肉やパン、お菓子の屋台の準備や、異国の商人が、珍しい布地やアクセサリー、可愛らしい雑貨などを並べ始める。
大道芸人や踊り子が、色とりどりの衣装で着飾り、美しい羽の生えた鳥や、猿などを連れて準備を始める。
城外からやって来た商人達を城の中に通すために、エラトスとアピテに、いきなり前日に命じられた城の衛兵達は、心の中で半泣きになりながら、城の入り口で入城者のチェックを行っていた。
朝早くから城で働く、事情を知らない者達は、一体何が起こるのかと度肝を抜かれたが、ここに来てやっと上役達が説明をし始める。
曰く、今日は、陛下から日頃の労をねぎらい、特別に城の前庭にて商人や大道芸人等を呼んでいる。
前以て一日の内時間が空くようにシフトが組まれているはずなので、屋台で食事をするなり、買い物や大道芸を楽しむなりして良いとのお達しだ。
また、食事を含め雑貨等は全て、市場価値の半額以下の金額設定がなされており、城勤めの者はその金額で購入できる。
勿論、家族や友人に買ってやっても構わない。
上役から説明を聞かされた者達は、一気にわいた。
"そう言えば、最近何だか城の中がソワソワしていると思っていたんだ"
"ここ数日の詰め込み気味の仕事量もこの日のためだったのか"
"陛下は、何と粋なことをなさるんだ"
"皇帝陛下バンザイ!!!"
これらを考えたのは、勿論シメオンだ。
建国祭の折に、城下に行けなかった実季子の為に、城の中で城下でやっていたような建国祭をやりたいと言い始めたアルカスの案を聞いたときは、暫く頭痛が止まらなかった。
しかし、こと実季子に事に関しては暴走が止まらないアルカスを、最早止めようとも思わない。
それよりも、悩んでいる暇があれば、サッサとタスクを消化しないと間に合わない。
先ずは、実季子に引かれないようにする為に、実季子の誕生日の為だけに仕組んだと思われないようにする必要がある。
そこで、城の者達の労をねぎらう為にアルカスが企画したと、実季子には思わせるように設定する。
また、アルカスのポケットマネーから出るとは言え、莫大な支出を抑える為に、城の者達に買い物をさせ、屋台や商人には安い金額で商品を提供するように交渉する。
勿論、沢山いる城勤めの者達が普通より安いからと景気よく買ってくれる機会があるならばと、殆どの商売人達は喜んで値段交渉に応じた。
城に努める者の数は下働きの者や兵士を加えると、ゆうに数千を超える。
更に、城勤めの者の給金はかなりの金額だ。城下で売れるものよりも、質の良い高い物を買ってくれるだろう。
商売人達は、頭の中でソロバンを弾いてシメオンの提案にうなずいたのだ。
また、城勤めの者達に買い物をさせるならば、シフトを調整しなければならない。
しかし、城の仕事は膨大でサボらせるわけにもいかない。
流石に、シメオン一人ではどうにも捌ききれないため、いつもはヒョロヒョロと遊んでいるのか仕事をしているのか、良く分からない父にまで頭を下げて、手伝って貰うことにした。
本当は、意地でも父には頼りたくなかった。
しかし、事情を話せて、シメオンを手伝ってくれそうな者はほんの数人だったのだ。
プライドよりも実利を取るしかないと判断する。
そうして、ようやく実季子の誕生日。
295日を迎えることが出来た。
正直、幾らアルカスの命とは言え、シメオンにとってどうでも良いような人物の誕生日ならば、ここまでしなかった。
精々、大道芸人等を呼べば良いのではと提案しただろう。
実季子は、シメオンにとっても誕生日を祝ってあげたい大切な存在になっているのだ。




