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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第8章 スーパームーン
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スーパームーン2

 森の魔女は、273日のスーパームーンの日まで、城の中庭で魔法を使って花火を上げたり、ペトラも誘ってお茶会をしたりして、毎日楽しく過ごした。

 アルカスも、執務を抜け出しては城下の有名店から取り寄せたお菓子を持って現れて、最初はアルカスを嫌そうに扱っていた魔女も、アルカスが持っている菓子箱を見ればにやりと笑って、席を勧めたりした。

 なんと、あのソフィアまで、夜は魔女の部屋で一緒に飲んでいるらしい。

 魔女はお菓子をたらふく食べたり、厨房や、何処かから高そうな酒をくすねてきては、こっそり飲んでいる。

 魔女が、楽しそうにキヒヒヒと笑う度に、実季子も笑いがこみ上げてきて一緒に笑った。

 魔女が来ていなければ、実季子は、スーパームーンの日まで暇を持て余して、かと言ってわがままを言うことも出来ず、あてがわれた部屋で大人しく緊張と寂しさを増長させていただろう。

 魔女が来てからの日々は、ペラスギアでの思い出を更に楽しい物にするに十分だったし、元の世界に帰ったときに思い出せば、寂しさと切なさで胸を締め付けられるであろう事を決定づける日々だった。



 夜も更けて、ソフィアも部屋から下がって、実季子の部屋はボンヤリと幾つかのランプが灯っているだけだ。

 クレオンと、ペトラと、実季子の3人で建国祭前に額を付き合わせて考えたランプだ。

 実季子の部屋にも色んなデザインのランプの試作が置かれている。

 机の上に置いてあるランプは特にお気に入りで、シェード部分のガラスに細かい蔦模様の彫りが入り、上部に広がる光が天井に蔦の影を作っている。

 机に座って、ボンヤリランプの光が作り出す影を眺める。


 クレオンやペトラに、何もいわずに帰っても良いんだろうか?

 ペトラは、友達だって言ってくれたのに……


 でも、じゃあなんて言うの?

 異世界から来ました!

 アルカス陛下の狂狼化の兼ね合いで呼ばれたようなんです

 でも、帰れそうなんで帰ります

 アーーー、無理だ……

 とてもじゃないけど上手く説明できそうにない

 かと言って、嘘をつくのは嫌だし……


 悶々と悩んだ結果、短い手紙を書くことにした。

__________

 クレオンと、ペトラへ


 今まで仲良くしてくれてありがとう。

 一緒に物を作ったり、構造の話をしたり、ご飯を食べたり、お茶を飲んだり……。

 この国で友達のいなかった私には、とても楽しくて、気兼ねのいらない貴重な時間でした。


 訳あって、国元に帰ることになりました。

 キチンとお別れを言わずに去る不義理をお許しください。

 今まで、ありがとう。


 実季子

__________


 便箋を畳んで、封をしたら涙が零れた。



 273日の朝。

 いつもと同じように起きて、いつもと同じように、軽く朝食を取って、アルカスと剣の打ち合いをした。

 相変わらず、実季子が幾ら打ち込んでも軽く交わされて、最後には、重い1本を喰らって剣が持っていられず落としてしまった。

「ま……参りましたぁ〜」

 肩で息をして、こめかみから噴き出る汗を手で拭う。

「全然、アルカスに敵わないままだったなぁ。

 互角は無理でも、一度くらいアルカスを追い詰めてみたかったよ」

 明るく笑いながら、落とした剣を拾い、正面から真っ直ぐにアルカスを見た。

「ありがとう、アルカス。私を見つけてくれて、ありがとう。

それと、サヨウナラ」

「ああ……私の方こそ、ありがとうミキコ。そして、サヨウナラ」

 涙が零れそうだったが、泣きたくなかった。

 1度泣き始めると、もう今日は夜までずっと泣いてしまいそうだったから。

 此方の世界に来て、戸惑ったり、大変だったり、怖い思いもしたけれど、それでも、楽しかったり、感動したり、優しい気持ちにもなれた。

 それを泣いて、最後の景色が見えなくなってしまうのは嫌だったのだ。

 笑って皆と別れたい。

 

 普段と同じように話して、普段と同じように食事をして、普段と同じように笑って夜が来た。

 ソフィアが、此方の世界に来たときに着ていた、パンツやブラウス、ジャケットにコート、靴や下着も一式持って来てくれる。

 そうだ……コートは、今年新調した物で、気に入っていたんだった。

 それらを189日

 -約半年-

 ぶりに着込んで、アルカスが初めての日に実季子を見つけたあの泉に向かった。


***


「さて、あんたには泉の中央辺りで飛び込んで貰おうかね。

 あたしが、呪文を唱えるからね。小舟から、勢いよくザブンと行きな」

 森の魔女は、淡々と実季子に説明すると、岸に停められている小舟を指差した。

 自分でオールをこぐ公園の池なんかにあるタイプの舟だ。

 アルカスや、シメオン、ソフィアも来てくれて、見守ってくれている。

 実季子は、皆に声を掛けるべきか悩んだが、ウダウダしゃべると帰る決心が揺らいでしまいそうだし、アルカスの顔をこれ以上まともに見れそうもない。

 結局、ヒラヒラと手を振るだけにして、小舟に乗り込む。

 思ったより苦労しながら、小舟を泉の真ん中辺りまで漕いだところで、森の魔女が呪文を唱えはじめる。

「この世界に集いし数多の精霊と、聖域を守りし番人に願う。

 我、森の魔女の言霊を聞き届け、力を与え給え。

 光と影のように、昼と夜のように、天と地のように、太陽と月のように、彼の者の持つ剣と共に、満ちる月の力を持ちて、彼の者を元の世界に帰し給え。

 アルヒコ コズモス エピストロフィ エテレイン」

 森の魔女が太い木の杖を頭上に掲げると、泉の水は金と銀の色に揺らめきはじめた。

 これで、お別れだ。

 岸辺に立って此方を見ているアルカスの方をチラリと目の端に捕らえると、鼻の奥がツンとして、途端に涙で滲んで金と銀の色がぼやけて見え始める。

 目をゴシゴシとこすると、実季子は、小舟から立ち上がりその金と銀の色の水にむかって…………、勢い良く飛び込んだ。

 ザブンと水面が波打ち、しぶきが上がると、金と銀の色は、消えてしまい、水面には大きな波紋が広がっているばかりだった。

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