スーパームーン1
スーパームーンの日273日が近づいてきた。
城には、森の魔女の使いのフクロウが、手紙を持って飛んで来た。
手紙には、森の魔女が、近々城に行くと言うことと、この世界に来たときの服を用意しておくようにと言うことが書かれてあるだけだった。
帰ることが決まってからは、一般教養も、マナーも歴史も、全ての授業が取りやめになった。必要ないからだ。
特にすることもなく、実季子は日々ソワソワしながら森の魔女がやって来る日を待っていた。
その日は、お天気の良い日が多いペラスギアには珍しく、空をどんよりとした雲が覆っている日だった。実季子が、窓から空を見上げていると、侍女が呼びに来る。
「ミキコさま、森の魔女様がいらっしゃいました」
急いで、来客用の応接間として使われている部屋に入ると、ソファに何故か盛大に眉間にしわを寄せた森の魔女と、壁際に困ったような顔のアピテが控えている。
「ようこそいらっしゃいました。森の魔女。お待ち申し上げておりました」
笑顔で、腰をおとして挨拶をしたが、返答なし。
不機嫌そうに口の端が上がっただけだ。
「あれ?」
首を傾げた実季子に、アピテが腰を折って頭を下げる。
「お許しください、森の魔女。
城門の門番に魔女がいらっしゃる旨がちゃんと伝達できていなかったようで……。
門の所で、スムーズに御入城出来なかったのです」
「あら……。
それは、……申し訳ありませんでした」
実季子も、困った。まさか、門の所で押し問答になってしまったのだろうか?
確かに、いつもの黒いローブ姿で、フードを目深に被り、大きな袋を持っている魔女の姿は、門番にとっては怪しいことこの上なかったのだろう。
微妙な空気が漂う部屋に、コンコンとノックの音が響いた。
実季子が入室を促すと、ソフィアがスッキリとしたハーブの香りのお茶と、何やら甘い香りのするお茶菓子の乗ったワゴンを押しながら入ってきた。
「森の魔女、御入城の際に失礼があったとか。申し訳もありません。
どうぞ此方で、ご機嫌が直ると良いのですが」
ソフィアがティーカップと共に森の魔女の前に、優しく甘い香りが薫るケーキを並べる。
薄く切られたりんごと、ケーキの生地が何層にもなっていて、フンワリとお酒の香りがする。
途端に、ニヤリと口の端をあげて笑った魔女は先程の不機嫌が嘘のように、目は三日月形に弧を描いて早速、フォークを持っている。
「さ、さ、ミキコさまもどうぞ」
ソフィアに言われて、魔女の向かいに座った実季子は、機嫌の直った魔女を見てホッとして笑うと、頂きますと、手をあわせた。
「その、イタダキマスってのは何かのまじないかい?」
「マジナイ……。うーん……、おまじないと言うよりは、挨拶に近い感覚になってるところはありますけど……。
本来は、食材も元は生きてましたよね?
で、食べるって行為は、その命を頂いて、自分のお腹を満たすわけだから、命をいただきます。って意味合いです」
此方の世界に来たときには、アルカスやシメオンにも同じように聞かれた。
実季子が食べる前に必ず言うので、それは何だ?と、都度聞かれる。
その度に同じ説明をしたので、今では実季子の周りの大半の人達は意味を理解している。
「なるほどな。良い考え方じゃな。イタダキマス」
森の魔女も、同じように手を前で合わせると、ケーキにフォークを突き刺した。
森の魔女は、スーパームーンの日、273日よりも10日も早くやってきた。
どうやって来たのかと聞くと、城の近くにヴロヒ湖と繋がっている魔道があるらしい。
魔道?首を傾げる実季子に、森の魔女は得意げに説明する。
「入口から出口まで、魔法を使えば直ぐに到達できる便利な道のことさ」
凄い!ワープじゃん……
実季子は、魔女が早く来たのには、何か大掛かりな準備がいるのかと、ドキドキしながら、魔女にどんなことをすれば良いのかと聞いたが、魔女は先ずは城下の市に行ってみたいと言い出す。
「市で何かを買うので御座いますか?」
不思議そうに問うたソフィアに、軽く眉を上げながら森の魔女が答えた。
「そうさねぇ、ハッキリとしたことは言えないが、市に売っているかもしれないね」
直ぐさまアルカスに報告があげられ、翌日には実季子と、ソフィア、護衛には、アピテとペロポソに着いてきてくれた2名の騎士が付くことになった。
実季子もソフィアも、市井の女性達が着ている格好をした。
今日は、2人は親子という設定だ。
アルカスと、城下に出掛けた前回同様、シュミーズの上に重ね着をして、オーバードレスはカーキに白いピンストライプが入った意匠の物を着込み、髪はまとめてリネンのキャップを被る。
頭の後ろで交差させたリボンをぐるりと回して頭の前でちょうちょ結びをする。
若い町娘の完成だ。しかし、背が低いため、子供に見間違えられるかも……?
勿論、護衛の3人も同じように目だたない格好をしている。
森の魔女は、いつもの黒い重そうなローブでは返って目だってしまうので、ソフィアが旅人が羽織るようなフード付きのマントを持ってきた。
グレーのザックリした粗い生地で、合わせを左右反対の肩側で止めると、前身頃が深く合わさって外気が入りづらい作りになっている。
最初は嫌そうにしていた魔女だが、着てみると軽くて動きやすい点が気に入ったのか、持って帰っても良いかとソフィアに聞いている。
ソフィアは、ニッコリ笑って大きく頷いた。
「勿論で御座います。お気に召されたようで、よう御座いました」
実季子は、この数日間気付かないうちに緊張していた体の強張りがほどけるような気分になった。
いつもと違う格好をして、2度目の城下へのお出掛けだ。
森の魔女の買い物の付き添いとは言え、ワクワクして気分が高揚する。
昨日とは打って変わって、ぬけるような秋晴れの空が広がり、ヒンヤリとした風が吹き付ける天気の中、城の裏門から、前回よりは質素な馬車に乗る。
城下へ向かう頃には、実季子は、満面の笑みではしゃいでいた。
「イヒヒヒヒ。楽しそうじゃないか。昨日は、青い顔をしていたのにね」
魔女にそう言われて、実季子は、ハッとした。
「若しかして、城下に買い物に出掛けるというのは、私の緊張を和らげるための口実ですか?」
「さぁ?どうかねぇ。
まぁ、買い物はタンマリとさせて貰うよ。お代はあの銀狼持ちだろう?
田舎じゃ手に入らない鉱石や薬草なんかが沢山ありそうだね。クククククッ」
肯定も否定もせずに、嬉しげに笑った森の魔女に、一緒に馬車に乗り込んでいたソフィアが答えた。
「勿論で御座います。森の魔女。
我が陛下は、ミキコさまが楽しく過ごせるならば、魔女にダイヤの鉱石の1つや2つと言わず、必要なだけ買ってやれと仰せで御座いました所以、好きなだけお買い物なさいませ。
ミキコさまも、好きな物をご所望なさって下さい。
今日は何を召し上がりたいですか?」
知らないうちに、自分は周りの人達に心配を掛けていたのか。
周りの人達は、こんなに自分の事を気に掛けてくれていたのかと思うと、喜びで涙が滲みそうになったけれど、実季子は、無理矢理にでも笑った。
「私、今日は屋台の食べ物を食べてみたいの。歩きながら食べても構わない?」
少し震えた声になったが、無理にでも笑おうとする実季子に、ソフィアは満面の笑みを向けて、何度も頷く。
「よう御座いますよ。今日は、町娘ですものね」
町に行くと、森の魔女は、薬草の店に、鉱物の店に行き、次々と高い買い物をした。
買った物は、後で届けて貰うという。
「ヒヒヒヒヒ……、ケケケケケ……」
森の魔女は、笑いが止まらないらしい。
確かに実季子のために、城下に行きたいと言ったのか、アルカスの金で買い物がしたかったのか、判断が出来ないほど気持ち良く買い物をする。
何だか実季子も可笑しくなってきて、魔女のヒヒヒと言う笑い声と共に一緒に笑った。
屋台で、串に刺して焼いてタレをつけた肉と、アスパラのような野菜を焼いて塩をまぶした物を買う。
森の魔女は、ワインを飲んでいるが、実季子は外で酔っ払うといけないので、ほんのりと甘みがあるハーブが沢山入っている冷たい御茶を買って飲む。
買い物の経験がない実季子は、上手くこの国のお金が使いこなせないが、ソフィアに教えて貰って自分で買ってみることにした。
買い物は楽しい。
2杯目のワインを上機嫌で喉に流し込んでいる魔女は、白身魚を揚げた物をネギのような香味野菜と一緒にパンに挟んだものを食べている。
食欲をそそる良い匂いで、物欲しそうな実季子を見て、
「食べるかい?」
と、サンドを握っている手を差し出してきたので、パクリと齧りついた。
香ばしく揚がったフワフワの魚と、塩味のソースがネギに絡んだシャキシャキした歯ごたえが柔らかいパンで中和されて、何とも言えず美味しい。
屋台の近くに出されたテーブルと椅子に座って、3杯目のワインを注文しながら、
「クククククッ」
と笑う魔女にソフィアは、
「程々になさって下さいよ」
と、嗜めている。
空を見上げると、昼間の月が青い空の中で、うっすらと白い影のように浮かんでいる。
あと数日で満月だ。
お読み頂き、有難うございます。
森の魔女が、えらく楽しそうにしていますが、スーパームーンがやってきました。
実季子が帰れるかどうか?
お楽しみ頂ければ幸いです。




