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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第8章 スーパームーン
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アルカスの誕生日4

 部屋に戻って、湯浴みをして、ソフィアに夜着の上にもう1枚ガウンを羽織らせて貰うと、プレゼントを持ってアルカスの部屋を訪ねる。

 扉をノックすると、中からアルカスの低い声で、

「入れ」

と、返事があった。

 重い扉を開けて、そっと扉の内側に入り、挨拶をする。

「こんばんは」

 ソファに寛いだ格好で座って、書類を見ていたアルカスが顔を上げる。

「ミキコ、どうした?」

 少し驚いたような顔をして、持っていた書類をテーブルの上に置いた。

 裾の長いガウンを着ているが、前がはだけて裸の胸が見えている。

 3人も兄がいる上に、ずっと剣道と合気道をやっていた実季子は、正直、男の裸なんて見慣れている。

 乱取りをすれば胸元は乱れるし、着替えだって、男共は何処ででも脱ごうとする。

 家に居ても、兄達は常に裸でいようとするので、裸なんてへっちゃらのはずなのだ。

 なのに、アルカスのガウンの胸元がちょっと開いてるだけで、ドキドキした実季子は、部屋の中に入ったは良いが、扉の前から動けなくなってしまった。

 何も言わずに突っ立っている実季子に、アルカスは、優しく声をかけて、手招く。

「ミキコ、おいで」

 ソファの自分の隣をポンポンと叩くと、実季子は、トコトコ歩いてきて、ポスンと腰掛けた。

 

 何だか、小さい動物みたいだな

 このままこの部屋で飼ってしまいたい


 そう思うと、ついつい笑いがこみ上げる。

 ニヤニヤしていると、実季子が不思議そうに首を傾げたので、何度か咳払いして、自分の不埒な考えを頭の中から追い払った。

「今日は、ありがとう。

 ケーキも何度も試作して、ミキコが試食したんだと、シメオンに、聞いたぞ。

 酒が効いてて、美味しかったよ。

 シメオンは、早速、城下でバースデーケーキを流行らせると、シェフにケーキのレシピを書かせていたぞ。

 で、どうした?ミキコが、私の部屋に来るのは始めてだな」

「そうだね。いつも、アルカスが来てくれるもんね。

 シメオン、仕事が早いね。

 私のところにも、明日、歌の譜面を起こすのを手伝ってって、伝言が来たよ」

 そう、シメオンの事を話しながら、実季子は、持ってきた袋の口を開けて、プレゼントの包みを取り出す。

「あのね。いつも、アルカスが私に色々くれるから、私も、アルカスのお誕生日位は、何か形になるものをあげたかったの。

 マダム・マリナにも凄く協力して貰ったの。

 アルカスが気に入ってくれるか分からないけど……」

 そっと箱をアルカスに手渡す。

「アルカス、お誕生日、おめでとう」

 アルカスは、今度こそハッキリと驚いた顔をし、実季子が差し出した箱を大事そうに受け取ると、そっとリボンを大きな手で撫でた。

「開けても?」

 実季子がコクリと頷くと、結んであったリボンをシュルリとほどいて、箱を開けた。

「ミキコ、凄いな……」

 箱の中から、銀色と瑠璃色に彩られた組紐に通されたブラックダイヤモンドの首飾りが出てくる。

 アルカスは、それを部屋の灯りにかざしてみていたが、サッと首に通した。

 アルカスの胸元に、精密にカットされたブラックダイヤモンドが輝いている。

 実季子の頬をアルカスの手が覆って、親指が滑るように顔の輪郭を撫でた。

 くすぐったくて、少し首をすくめると、赤くなった頬を人差し指の裏で一撫でして、嬉しそうに笑う。

「ミキコ、ありがとう。大切にするよ。

それと?これは?」

 箱の中にもう一つあった小さな飾りを指にかけると顔の前で揺らしてみている。

「それはね、オマケだよ。

 組紐を作った余りの糸で、タッセルを作ったの。

 マントを留める飾りに使えるかな?って」

「オマケ……?」

 どうも、オマケが良く分からないようだけど。

 実季子の言葉を聞いたアルカスは、大きく目を瞠ってタッセルと首飾りを持ち上げてもう一度まじまじと見る。

「ミキコが、作ったのか?これも?この紐もか?」

 実季子は、ちょっと照れくさそうに、コクリと頷く。

「そうなの。そのダイヤモンドを通してる紐は、組紐って言うの。

 昔編んだことがあって、ソフィアに糸を用意して貰って、編んだの。

 強化魔法がかけられてて、簡単には切れないんだって。

 それから、ブラックダイヤモンドは、ヴロヒ湖の洞窟で拾ったものなんだよ。

 マダム・マリナにお願いして、加工して貰ったの。

 で、加工したときに出たダイヤの欠片をビーズにしてくれたから、タッセルの頭を巻いて留める飾りにしたの」

 実季子が説明する間も、ずっと組紐を眺めていたアルカスは、大事そうに紐を撫でると実季子の顔を覗き込んだ。

「まさか、ミキコが作ってくれたものだとは思い至らなかった。

 それで、ソフィアが私が実季子の部屋に行くと警戒していたのだな。

 やっと、なぞが解けたぞ」

 実季子の髪を一撫ですると、その時のソフィアの様子を思い出したのか、おかしそうに笑う。

「実季子、ありがとう。今までで一番の贈り物だ」

 目を細めて、礼を言うアルカスに、実季子も嬉しくなって頬が染まったが、ふと何かを思い出したように姿勢を正して向き合った。

 本当は、グラシディの森の天幕の中で聞きたかった。

 でも、気が緩んで泣いてしまったり、キプスがやって来たりして、聞けなかったのだ。

「あのね……。

 お誕生日の日にする話しじゃないなって悩んでたんだけど、でも、中々アルカスと二人で話す機会がないから……。

 その……、聞きたいことがあるの」

 そう切り出した実季子に、アルカスは小さく一度、目を伏せて先を促した。

「洞窟の中で、アルカスが狂狼化の兆候が見えたよね?

 その時……、アピテに……斬れって。

 頼んだぞって、言ったよね?その意味を、教えて欲しいの」

 アルカスは、深く息をつくと暫く目蓋を閉じた。

「……聞こえていたか。

 あの時は、実季子が血を流しているのを見て、正直、かなり動揺した。

 しかし、実季子が力を送ってくれたな。それで落ち着いたのだ」

 1度、言葉を切ると口角をほんの少し上げて、実季子を見つめながら、苦く笑った。

「そうだな。

 もしも、私が狂狼となってしまえば、甚大な被害を及ぼすだろう事は想像に難くない。

 そのため、エラトス、アピテ、シメオンの3人には、狂狼の兆候が現れた場合、早々に私にとどめを刺して狂狼を止めろと厳命してある」

 何となく分かっていた。

 今まで、ハッキリと聞いたわけではないけれど、アルカスなら、そうするだろう事は考えなくても良いくらい簡単な事だ。

 けれど、最終的にソレになってしまったときにどうするかを知るのは怖くて避けていたのだ。

 広大な帝国を治め、日々その勤めを怠らないアルカスが、考えていないはずがないのに。


 実季子が此方にいれば、アルカスの体調は落ち着いていて、狂狼化することなど心配しなくても良い。

 だけどアルカスは、自分のことなど後回しにして、実季子が帰る手段を調べてくれたというのに、実季子は、自分のことばかりを優先して、元の世界に帰ることばかり考えていた。 

 洞窟でも、季子やゼスターに帰ることを言及されて、始めてその事を認識したように胸が痛んだ。

 

 なんて、なんて自分勝手なんだろう!

 

 そう思うと、いつの間にか涙は溢れ、しゃくり上げていた。

 アルカスが、困ったように笑いながら、親指で実季子の頬を拭ってくれる。

 キョロキョロと辺りを見回していたアルカスは、急いで隣の部屋に行ってしまう。

 そして、何かをひっくり返すような音がして、また戻ってきた。

 白い大きな布を引きずりながら、実季子の隣に座ると、その大きな布で実季子の涙を拭いてくれる。

 ボロボロと零れ落ちる涙は止まらないけれど、実季子は、疑問を口にのせる。

「あの、……ありがとう。

 ところで、その布は何?」

「これか?これは、シーツだ」

「シーツ?」

「そうだ。シーツだ」

 実季子の疑問は、解消されたが、また、新たな疑問が浮かんでくる。

「何故、シーツを?」

「ミキコの涙を拭いてやるためだ。

 この部屋にある布地は、どれもこれも装飾が多い。

 そんな物で、実季子の柔らかい肌を擦れば傷が付いてしまうだろう?

 これならば、装飾もないし、肌触りが良いのは分かっている」

 ドヤ顔をするアルカスが、おかしくて実季子は吹き出してしまった。

 ホッとした顔をしたアルカスが、優しく微笑みながら大きな手で実季子の頬を撫でた。

「そうだ。笑っていてくれ。私のことは心配しなくても良い。

ミキコには、いつも笑っていて欲しい」

 そう言われて、また新たに涙が零れた。

 いつも、いつも実季子を優先してくれるアルカス。

 実季子だって、アルカスの事を考えて、アルカスの役に立ちたいのに、ほどなく近い将来に自分はアルカスの元から居なくなってしまう。

 アルカスが実季子にいつも笑っていて欲しいと願うように、実季子もアルカスにその肩にのし掛かっている重い荷物を降ろして、少しの間で良いからリラックスして欲しいと思っている。

 本当は、今日の夜だってタッセルをアルカスのマントの留め具に付けたり、首飾りの紐の調整をしてあげたりしたかった。

 アルカスと一緒に、少しお酒を飲んだりしてみたかった。

 それなのに、自分のしたことは胸の中でモヤモヤしていた疑問を口に出して、アルカスに何度目かの酷い現実を突きつけて、更にそれがショックだからと泣くだけ。

 そんな、子供じみた自分の行動にほとほと嫌気がさして、早く泣きやみたいのに上手くいかず、更に涙が溢れる。


 アルカスは、そんな実季子を嫌がることなく、やっぱり少し困ったように笑いながら、

「この布は大きいから、幾ら泣いても大丈夫だぞ」

と言いながら、寝室から持ってきたシーツで涙を拭ってくれた。

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