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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第7章 ペロポソ領
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月の水1

 次にはっきりと目覚めたのは、寝台の上だった。

 どうも、天幕の中のようだ。

 目が回ってグラグラしていたが、今はスッキリして気分も悪くない。

 血が出ていた腕も包帯が巻かれていたがもう痛くは無い。

 

 アルカスは、何処に行ったんだろう?


 ゆっくりと起き上がって、周りを見回した。

 外は暗いようだ。


 一体何時なんだろう?


 そっと上掛けを捲って近くにあったショールを羽織ると、天幕の外を覗こうと入り口に手を掛けたときだった。

 実季子が手を掛けるよりも一瞬早く入り口の布が捲られ、フードを被った森の魔女が、のそりと顔を覗かせた。

「ひぃ!」

 まさか誰かが入ってくるとは思っていなかった実季子は、短く悲鳴を上げて後ずさった。

「ヒッヒヒヒ、なんだい?そんなにアタシの顔は怖いかい?」

 実季子の反応を愉快そうに笑いながら、森の魔女は、天幕の中に入ってくる。

「どれ?顔色は良いようだね。気分が悪かったり、吐き気がしたりはしないかい?……

 そう。……腕は傷むかい?」

 魔女のどの問いにも、首を振って答えた。

「あんた、魔力が枯渇して、更にあの銀狼の魔力の影響を受けて魔力酔いも起こしたんだよ。

 腕の傷は、治癒魔法をかけて、アタシが作った傷薬を塗っておいたからね。

 あっと言う間に治るよ。

 それと、魔力は回復魔法を掛けたからね。

 後は、滋養強壮の強いこの薬を、ぐっと飲んじまえば驚くほど回復するはずさ。

 キヒヒヒヒ。」

 森の魔女は、湯飲みのようなコップに、言葉では言い表せないような色合いの、凄まじい匂いを放つ液体が入ったものを実季子に渡した。

「魔力が枯渇?私が?」

 恐る恐る、その湯飲みを受け取りながら、話が飲み込めなくて、魔女に言われたことを、オウムのように繰り返した。

「そうだよ、魔力を使った覚えがあるかい?」

 

 良く分からない

 そもそも、自分には魔力などあったんだろうか?


 首をひねる実季子を見ながら、魔女は、湯飲みの方をチラリと見て、さあ飲めと顎でしゃくった。


 映画や、漫画で出てくる魔女の秘薬は、凄まじい味がすると表現されているが、現実に自分が飲む日が来るとは思わなかったな……

 “オイシクナーレ”とか、魔法を掛けてくれないだろうか?


 軽く現実逃避しながら、息を止めて湯飲みに口を付けるとクーッと一気に飲み干す。

 決して……、決して!美味しくは無かったが、嘔吐くほどじゃなかった。

 実季子が熱を出すと、母が同じように凄まじい味のする漢方薬を煎じて飲ませてくれていたからだろうか?何だか、懐かしいような気分にさえなる。

 実季子は、飲み終えた湯飲みを魔女に返しながら、礼を述べた。

 そんな実季子を見ながら、満足そうに笑って、魔女は言葉を重ねる。

「まぁ、話は後で良いさね。あんた達が帰ってきてから、もう二日目の夜だよ。

 腹は減ってないかい?」

「二日目!!そんなに、寝てたの?

 ……お腹は……減ってない……と、思います。

 あの、アルカス、アルカスは?大丈夫ですか?」


「ああ。あの銀狼なら、寝てるよ。

 奴も魔力の枯渇だね。それと、狼の力が不安定なんだろうよ」

「オオカミの……ちから」

「アタシには、誤魔化さなくっても良いんだよ。

 あの銀狼は、狂狼化してるんだろう?800年前と同じさね」

 800年前と同じ。

 そうだ!気になっていたのだ。アルカスに確認しないといけない。

「私、私、アルカスに会わないと!」

 短く叫ぶと、靴を引っかけて自分の天幕を飛び出す。

 アルカスの天幕は実季子の天幕の横にある。

 天幕の外には騎士が護衛に立ち、アピテが、その内の一人と話していた。

 そして、ソフィアが水が入った水差しを持って天幕に入ろうとしているところだった。


「ミキコさま、お気がつかれましたか?お体は大丈夫ですか?」

 天幕から出てきた実季子に気が付いたアピテが、問いかける。

「大丈夫。それより、アルカスは?

 森の魔女は、寝てるって言ってたけど、調子悪いの?」

 ほんの少し眉をひそめて、答えにくそうにしたアピテを見て、実季子は更に畳みかけるように言い募る。

「良くないのね。天幕に入っても良い?アルカスの様子を確認したいの」

 アピテは、何も言わず実季子を天幕の中に通した。

 中は薄暗く、実季子の天幕と同じように、上から紗の薄い布が垂らされ、その奥にアルカスが寝ているようだ。

 ソフィアが水の入った小さな桶を持って、紗の布をめくりあげてそっと出てきた。

 実季子と顔が合うと、ホッとしたような顔をして、近くまでやって来る。

「ミキコさま、目が覚められたのですね。ご気分は如何ですか?」

 アルカスを気遣ってか、小さな声で尋ねたソフィアに、実季子も同じように小声で答えた。

「うん、大丈夫。心配掛けてごめんなさい。アルカスは?」

「お熱が高いです。

 それに、うなされておいでのようで、時々何かを仰ろうとなさいますが、目を覚まされないのです」

「アルカスの近くに行っても良い?」

 ソフィアは、布を捲り上げて実季子を奥に通す。

 アルカスは、土気色の顔色で、浅い息を繰り返していた。

 熱のせいで吐く息もとても熱い。

 ソフィアに水の入った小さな桶と、濡れた布巾を貰うと、アルカスの近くに座って顔や額を冷たい布巾で冷やしたが、布は直ぐに温くなってしまう。

 このままでは良くない。

 幾らアルカスが体力があると言っても、二日もこんな状態だなんて。

 暫くそうして、アルカスの熱が少しでも下がるように、何度も濡れた布巾を取り替えていたが、音も立てずに、アピテと森の魔女が一緒に入ってきた。

「森の魔女、如何したら熱が下がって落ち着くのですか?」

 心配の余り、うわずった声で尋ねる実季子に、森の魔女は珍しく逡巡していたが、抑えた声色で答えた。

「アタシも、余り詳しくは無いがね……。恐らく、1番の理由は狂狼化だね。

 もう一度聞くよ。あんた達、洞窟の中で魔力が無くなるような何かが起こらなかったかい?」

 実季子には、魔力が無くなるような出来事にピンとこなかったが、草薙剣が納められていた木の内側で会った季子やゼスター、月読尊とのやりとりを簡単に説明した。

「それだよ!あんたにしろ、この銀狼にしろ、魔力量はかなりあるはずなんだ。

 それが、2人とも枯渇して倒れるなんてと、不思議に思っていたんだよ」

 森の魔女は、勢い込んで実季子に迫った。

「良いかい?

 季子とゼスター。

 800年前のその2人は、生きてないんだよ。ってことは当然魔力なんて無い。

 で、あんたの国の神様は、月読の力を剣に与えたって言ったんだろう?

 じゃあ、その木の内側に存在した別次元の空間は、誰の力で保ち続けられたんだい?

 ミキコ。

 あんたと、そこで寝転がってる銀狼の魔力でだよ」

 実季子は、森の魔女の話を聞きながら、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。

「そもそも、木の内側だけとは言え、別次元の空間を維持するなんて、魔女でもやらないね。

 更に、突風の魔術も使ったんだろう?

 私の憶測だがね、この男は、潤沢にある自分の中の魔力で、外に出てきそうになる狂狼の力を抑え込んでるんだよ。

 アタシも回復魔法は使ったけどね、どうもこの銀狼の魔力と、アタシの魔法は相性が悪いらしくてね。

 殆どの魔法が弾かれちまった。

 だから、今は少なくなった魔力で、どうにか狂狼の力を抑え込んでるのさ」

 実季子は、森の魔女の話を聞きながら、何かを忘れているような気がして、一生懸命記憶を掘り起こしていた。

 狂狼の力を抑え込む。


 そうだ!!ゼスターが言っていたではないか。

 草薙剣で月の光が注いでいるヴロヒ湖の水に円を描けば、月の水が出来る。

 それは、狂狼の力を抑えてくれるって。

 思い出した実季子は、アピテに向かって叫んだ。

「直ぐに、直ぐに草薙剣を持ってきて。狂狼の力を抑え込んでくれる水を作ってくる」

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