ヴロヒの洞窟1
朝が早いと、湖の周辺はかなり肌寒く、また、乳白色の霧が濃く立ちこめている。
森の魔女の家に行った翌朝、アルカスと実季子、アピテと護衛騎士の4人は、森の魔女と共に洞窟の入口に立っていた。
濃い霧が立ち込め、足元は全く見えない。
更にその霧は、意思があるかのように渦巻いて、洞窟に近づこうとすると体に纏わり付いてくる。
心なしか息苦しい。
それも、洞窟に近くなるほど酷くなる。
「大地と大気と水の精霊に告ぐ、我、森の魔女の名の下集結した力を返す。
地は地に、気は気に、水は水に、我が声を聞き還りたまえ。
エレフェロシ エテレイン」
森の魔女が、太い木の杖を頭上に掲げると、体に纏わり付いてきていた霧は、今までとは真逆に渦巻き、体から離れる。
一時の後に、辺りは嘘のように霧が晴れて、朝の太陽が差し込む爽やかな森が現れた。
「この辺りに張っておいた結界を解いたからね。さあ、行っておいで。
あんた達が洞窟に入れば、また結界を元に戻しておくよ。
誰かが入口に戻れば、アタシに知らせが来るようにしておくからね」
森の魔女に手を振って、実季子は今朝、ソフィアが持たせてくれた水が入っている革袋を手で撫でた。
薬や日持ちのする食事など必要な物は皆で分けて持っている。
-実季子が持っているのは、軽い物ばかりだが-
洞窟の中には、アルカスと実季子、アピテが行くことになった。
洞窟の途中まで護衛騎士の一人が付いてくるが、あくまでも途中までで、奥まで進むのはアルカス達3人だ。
彼は、何かあった場合のために待機し、不測の事態が起こった場合には、外との連絡係として動く役目だそうだ。
洞窟の入口は蔦が覆い、一見洞窟があるようには、ぱっと見分からなくなっている。
その蔦をアピテと騎士が剣で切って、人が入れるスペースを空けてくれる。
中はどうにかアルカス位の人が通れる広さで、
-実季子には充分だが-
荷物を持っている男性3人は、かなり窮屈そうだ。
アピテが先頭に立ち、地図を見ながら幾つかの分かれ道を選択して、ゆっくりと進む。
途中、かなり狭いところもあって、皆一旦荷物を降ろし、先に進んだアピテに荷物を渡してから、ほぼ腹ばい状態で進まざるをえなかった。
もう、彼等の着ている服はドロドロだ。
が、実季子にはそう難しいことでもない。
屈めばどうにか通れるし、その分体力も消耗されない。
「わっはっは。小さいのバンザイ」
この世界に来て、初めて小さいことを喜んだぞ
やっと広い場所に出たとたん実季子は、バンザイして喜んだ。
そして、周りの景色を見て奇声を上げる。
「うきゃあぁぁぁ!!!」
高いところから流れ落ちる水が、実季子達が居る場所よりも、更に下層に向かって流れ落ち、ザァザァと音を立てている。
白い水煙が舞い上がり、周りの空気を清浄にしていた。
実季子達が持っているランプの光が、周りの白い鍾乳石や、流れ落ちる水に乱反射してキラキラと眩しく光る。
洞窟の中なのに、空気が籠もった感じがなくて、大きく息を吸い込むと、肺の中いっぱいに、流れ落ちる水蒸気が含まれた酸素が行き渡って、体の中が綺麗になるような感覚に陥る。
「結構下まで潜ったようだな。
地表から染み入った地下水が、この空洞に流れ込んで滝のように落ちているんだろう。
幻想的だな」
本当に、そう思っているのか疑いたくなるような無表情で、アルカスが淡々と状況説明をしてくれた。
「陛下、ここで休憩しますか?ここなら火をたいても問題無いでしょうし」
「うむ。そうだな。火をおこすか」
アピテと騎士が火をおこしてくれ、持ってきた干し肉をあぶったり、水を汲んできて簡単なスープを作ったりした。
実季子は、お茶のお湯を沸かすために水を汲みに行く。
戻ってきたら、アルカスが何か白い物を練っている。
「それ、何?」
アルカスは、偉い人だから何もしないんだと思っていた実季子には、衝撃的だった。
「ん?粉を練っているのだ。これを小さく千切ってスープに入れれば腹持ちが良いだろう?」
「うん。そうだろうけど、アルカスが作るの?」
ポカンとした顔で聞き返した実季子に、良く分からないという顔をしたアルカスが聞く。
「そうだが。私が作っては駄目か?」
「ううん、そんなこと無いよ。ただ……、アルカスは皇帝陛下だから、何にもしないんだと思ってた」
「私は、皇帝になる前はずっと軍にいたからな。何でも一通りは出来る。
まぁ、帝位に就いてからは、皆の仕事がなくなると言われたから、大人しくしているがな」
ふっと息を吐き出すように微かに笑ったアルカスが淋しそうに見えて、実季子は、汲んできた水を火に掛けると、アルカスの横に腰掛ける。
練り終わった白い粉の固まりを、一緒に小さく千切ってスープに放り込んだ。
アルカスの作った、だんご汁は美味しかった。
母が作ってくれただんご汁を思い出して、味噌があれば良いのになと、思った。
食事が終わって一息つくと、アルカスとアピテが荷物を分け始める。
ちょうどこの辺りで騎士と別れて行動するらしく、ここで騎士の彼は待機だ。
薬や水、ロープなどの如何しても必要な物以外はここに置いておき、なるべく身を軽くして先を進む予定だ。




