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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第7章 ペロポソ領
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森の魔女

 投げられた石を、持っていた棒で叩き落とし、更に、怒鳴ろうとしたとき、続けて泥団子を投げられこれは避けられないなと覚悟した。

 しかし、大きな影が実季子の前に立ちはだかり、黒いマントを翻して、泥団子を遮る。

「アルカス」

 実季子を背に庇ったアルカスが、アピテに向かって手で合図を送ると、アピテと騎士達が、子ども達を捕獲した。

 その間に、ソフィアが黒いローブを着て、地面に伏していた人物に駆け寄る。

「離せ!」

「やめろ!」

 そう言って、暴れていた彼らも帝国の騎士に敵うわけはない。

 最後まで暴れていた年長の男の子も、アピテに、

「それ以上騒ぐなら、縄で縛るぞ」

と、言われてとうとう大人しくなった。

「おまえたち…」

 低くよく通る声を放ったアルカスを見て、子ども達は明らかにおびえた表情をした。

 そのアルカスの袖を実季子がチョンチョンと、引っ張る。

「あの、私が話を聞くね。

 その前に、ソフィア。その方が怪我をしていないか見てくれる?」


 実季子は、ソフィアに黒いローブの人物を任せて、子供達の前にちょこんと座った。

「ねぇ、あなた達。どうして、あんなことしてたの?」

 小さな子は、ぐずぐず泣き始め、年長の男の子達は膨れたまま目を合わせようとしない。

「理由があったから、そうしてたんでしょ?

 でも、理由を言わなければ此方は分からないし、理由を言わないことによって、あなた達の言いたいことも伝わらないんだよ。分かる?」

 そう言った実季子に、恐らく1番の年長者であろう男の子が、ボソリと口を開いた。

「あいつ……、魔女なんだ。魔女……は、子供を攫って……食べてしまうんだ。

 だから、俺たちやっつけようとしたんだ」

 元の世界にもあった話だ。15世紀にあった魔女狩りだ。

 その時も、魔女は、子供を食べると言って多くの魔女だと言われた人が犠牲になった。

 この世界でも、魔女は魔術師とは異なる。

 魔術ではなく、魔法を使う。

 魔術師とは、魔力があれば、魔術を学び修得しなければならないが、魔力量に比例して大きな魔術を使うことが出来る。

 しかし、魔女は魔女の血筋の女性だけが継承して受け継ぎ、その方法は魔女しか知らず、魔女しか魔法は使えないとされている。

 薬草などで薬を作り、薬剤師のような立ち位置の魔女もいるが、その方法も魔女の秘匿とされ、その機密性の高さから誤解されたり、気味悪がられたりするのだ。


「そう。で、あの人が魔女だとして、子供を食べるって言うのは本当なの?

 もう、誰かが食べられちゃったの?」

 実季子が聞くと、年長の男の子は小さく答えた。

「いや、まだ……」

「じゃあ、誰かから魔女は、子供を食べるって聞いたの?」

 男の子は、堰を切ったように大きな声で訴えた。

「俺の父ちゃんも、となりのおじちゃんも、こいつらの家の大人達も皆言ってる!

 魔女は、怖い奴だって。

 怪しい実験をして、作った薬で、子供を惑わせて何処かに売ったり、食べたりしてるって。そんで、金を稼いでるって!」

「そっか。その話を聞いて、誰かが攫われて食べられてしまう前にやっつけようとしたんだね?

 で、誰がそれを見たのか知ってる?

 どの子が攫われたのか、聞いた?

 誰に子供を売ってるんだろう?

 誰が子供を買ってお金を魔女に渡したんだろう?

 ……あなたが言う事が本当のことなら、それは大変な罪だよ。

 魔女だけじゃない、魔女から子供を買っている人も大きな罪になる。

 まずは、あなたに言った大人達に聞いてみないといけないね。

 ちゃんと、調べないといけないね」

 実季子は、その子の目をまっすぐに見て話をする。

「で、あなたはそこの魔女に子供を攫っているんだろうって、聞いたんだよね?

 魔女は、なんて言ったの?大事なことだから、教えて」

 実季子に、優しく言われて、男の子は戸惑う。

「あ……、えっと……、その」

「遠慮しなくて良いんだよ。

 悪い魔女だから、あなた達を脅したり、何か悪い魔法を使おうとしたりした?」

「いや、俺たち……、あいつのこと見かけて、魔女がいたと思ったから、それで……、それで……、兎に角やっつけなきゃって……」

 もう、最後の言葉は口の中で呟かれるだけの小さな音にしかなってなかった。

 実季子は、それを聞いて深いため息をつくと、ずっと話していた男の子だけじゃなく、他の子達の顔も見た。

「ねぇ、考えて欲しいの。あなた達が逆の立場なら如何かな?

 ただ、道を歩いていたら、いきなり周りを囲まれて、気持ちが悪いだの、悪知恵が働くだのと罵られて、石や泥を投げられたらどうかな?

 あなた達だけじゃなくて、あなた達を大事に思っている人達は、あなた達がそんな目に遭ったらどう思うかな?」

 子供達は、じっと話をする実季子を見つめている。

「力があると言うことは、大事なことだけど、何も考えずに振るう力はただの暴力だよ。

 暴力とは、相手の気持ちを無視して、自分の思い通りにさせるために振るう卑怯な力だよ」

 実季子は、言葉を一旦切ると子供達に向かって、困ったように笑いかけた。

「もう一つ大事なのは、あなた達だけで、問題を解決しようとしないで。

 今日、悪い魔女に捕まって、薬を飲まされたり、何処かに売られたり、食べられたりしたらどうするつもりだったの?

 力を振るうことだけが全てじゃないよ。

 先ずは、どうしたら良いのか考えて、誰かに相談しようね。

 あなた達の最初に思っていた、大事な物を守りたいって言う気持ちを忘れずに、大事にしてね」

 実季子が静かにゆっくりと言うと、シクシク泣いていた子は勿論、1番年長の男の子も声を上げて泣き始める。

 子供達は、アピテと、もう一人の騎士に連れられて、家に送り届けられることになった。

 魔女の話も聞いてくるそうだ。


 魔女と呼ばれていた人物は、かすり傷程度だったようで、ソフィアが薬を塗り手当を終えたようだ。

 実季子は、魔女に歩み寄り腰をおとして挨拶した。

「初めまして。森の魔女さま。

 私は、ミキコ・ツキモリと申します。お会いしたいと思っておりました」

 丁寧に挨拶をした実季子を暫く黙って見ていた魔女は、フードを深く被ったままでクックックと喉の奥で笑い、しゃがれた声で実季子に言った。

「なんだい、アタシが誰だか分かっていたのかい。で、あんたは、月の乙女だね」

 自分のことを言い当てられて、ちょっとたじろいだが、なるべく表に出ないようにして森の魔女に問いかけた。

「……なぜ?と伺っても宜しいですか?」

 フンと、鼻を鳴らして笑うと、チラリとフードをあげて顔を見せた。

 ミルクティーのような白いものが混じった、ベージュ色の髪が一房フードからこぼれる。 

 そうして、ジロリと実季子を品定めするように、菫色の眼球を動かした。

「匂いさね。あたしの知り得ない世界の、でも特別な匂いがあんたからはするよ」


 臭い?

 匂い?

 私臭いのかな?


 そう思った実季子は自分の袖口をクンクン嗅いでみた。

 正直、分からない。

 自分の臭いって鼻がその臭いに慣れてしまってるから分からないんだよね……。

 困ったように眉をひそめる実季子を見て、魔女は、ハハハハと声を上げて笑う。

 ますます分からなくて首を傾げる。

「いや、別に臭かぁないから、安心おしよ。

 魔女の感覚ってのはね、説明できるもんじゃ無いんだよ」

 喉の奥でクツクツと、可笑しそうに笑いながら、チラリとアルカスの方を見た。

「ミキコと言ったかい?それじゃあ、その後ろにいるデカイのがこの帝国くにの皇帝陛下だね。

 まさか、お会いできるとはね。光栄だねぇ」

 口角をゆっくりと上げて皮肉そうにニンマリと笑った魔女に向かって、至極冷静に抑揚のない声でアルカスが応える。

「思ってもいないことを、口にせずとも良い。

 なぜかは知らんが、そなたは、私のことが気にいらんのだろう?」

「まぁね」

 短く、アルカスが気に入らないと肯定した魔女とアルカスを交互に見て、更に眉を八の字にした実季子に、魔女は意外にも優しげに話しかける。

「月の乙女よ。さっきは助かったよ。

 あんな子等でも、無闇に害するわけにもいかないし、下手を打つとあの子等の親が出てきて、更に話がややこしくなる。

 かと言って黙ってやられるがままになってると、コッチも結構な怪我をしそうでね。

 地べたに這いつくばりながら、どうしたもんかと思ってた所に、あんたが来てくれて、助かった。

 礼を言わせて貰うよ」

「いえ、そんな。お礼を言われることなど何も。

 それよりも、森の魔女さまの怪我が大したことなくてホッとしました」

「そりゃあね。一応、緩くだけど結界を張っていたからね」

 また、ニンマリ笑った魔女を見て、実季子は、慌てた。

「では、わざとやられていたのですか?

 私は、止めに入らない方が良かったのでしょうか?」

 アワアワする実季子を見て、また魔女は、愉しげにクツクツ笑う。

「いや、さっきも言ったが、如何するか考えあぐねていたんでね。

 それに、あんたの子供等への説教は中々見事だったよ。

 後ろのデカイのに任せていたら、こうはいかなかっただろうよ」

 アルカスは、苦虫をかみつぶしたような顔をしてはいたが、魔女の意見には賛成とばかりにひとつ頷いた。

「うむ。魔女の言うとおりだな」

「そうですか。お褒めいただき、ありがとうございます。

 あの、良ければ少し早いですが、昼食を一緒に如何でしょうか?

 出来れば、お話をお聞きしたいのです」

 丁寧に頼んだ実季子をまたもジッと見ていたが、ひとつ頷く。

「良いだろう。でも、あんたらの天幕はちょっと離れているだろう?

 あたしの家の方が近いからね。家においで。アタシもこのローブを着替えたいしね」

 これには、皆が驚いた。まさか、魔女の家に招待されようとは。

「はい、是非に伺いたいです」

 実季子は、何度も頭をコクコク上下させて満面の笑みで応えた。

 が、実季子の背後から、低く不機嫌な声が魔女に話しかける。

「魔女よ、私も、行くぞ。実季子一人は駄目だ」

 魔女は、わざとらしくため息をつくと、おざなりに返事をした。

「ウザったいが仕方が無いね。あんた達、まとめて一緒においで」

 良かった。少しは受け入れて貰えたのだろうか?

 嬉しくなって、アルカスの手をギュッと握ると、花が綻ぶようにアルカスを見つめて笑う。

 アルカスは、そんな実季子を見て眩しそうに目を細めた。

 結局、騎士が一人アピテ達の伝言のために天幕に戻り、皆はゾロゾロと魔女の後について歩いた行った。

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