表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第5章 建国祭
32/149

建国祭の終わり

 城に戻ると、待ち構えていたソフィアに実季子を委ね、アルカスは湯浴みをするために自室に戻った。

 何せ、裸の上にマントを一枚巻いただけなのだ。

 いくらアルカスがこの国の皇帝であろうとも、その格好でいつまでもウロつくのはいただけない。

 ただの変態だ。


 部屋に戻り、舞踏会の途中でほったらかしにしていた4大公に簡単に説明をするため部屋に使いをやった。

 アウゲからは、直ぐさま返事が来て、実季子の様子が見たいと言われたが、明日にしろと突っぱねた。

 机の上の急ぎの書類に目だけ通して、全部明日に回すと言う旨を言付けてシメオンに使いをやると、部屋の奥にある浴室に入り用意されていた湯で、バシャバシャ大急ぎで体を清める。

 濡れた頭を雑にガシガシと拭いて、簡単に白いシャツとブリーチズを履くと、実季子の部屋に向かう。


 小さくドアをノックすると、中からソフィアが顔を覗かせ、アルカスを見やると驚いたように目を瞠る。

 そのすぐ後に、彼女のペールグリーンの瞳が剣呑な色合いに変わった。

 きっと、アルカスが実季子に言った言葉が伝わっているのだろう。

 避難の色が交じる小声で話す。

「ミキコさまは、お休みですよ」

「良い」

 何かを言いたげに、じっと見ていたソフィアだが、そっと内側からドアを開いて、中に招き入れる。

 彼女は、後ろでアルカスに向かって静かに頭を下げると、部屋を出て行った。


 実季子のそばに椅子を持ってきて、彼女の顔を覗きこむ。

 疲れたように眠る実季子の顔を見ていると、無事で良かったと安堵する気持ちと、帝国(くに)の事情に巻き込んでしまったという罪悪感の2つの思いに苛まれた。

 月の明かりが窓から差し込み、実季子の顔を青白く照らしている。

 深いため息をつくと、ベッドに寝ている彼女の手をそっと握った。

 その手にひっそりと唇を落とすと、実季子の眉が寄って手を振りほどこうとする。

 頭を振って、イヤイヤすると、瞑った眦から涙が流れ落ちた。

「いや……離して。誰か!陛下……へいかぁ!」

 攫われた夢でも見ているのか?うなされている。

「ミキコ……ミキコ、大丈夫だ。私はここにいるぞ」

 実季子の手をギュッと握ると、アルカスは実季子に呼びかけた。

 零れ落ちた涙を拭いてやると、ゆっくりと目蓋が持ち上がり、パチパチと何度か瞬きをして、濡れた黒い瞳がアルカスを捉える。

「ミキコ、気が付いたか?」

「ヘイカ?」

 ぼんやり返事をした実季子の顔にかかった黒髪を払ってやる。

「そうだ、私だ。ミキコ、大丈夫だよ」

 優しく返すと、涙をこぼしながらアルカスの方に腕が伸びた。

 その伸びた腕を軽く引きながら、アルカスは実季子を抱き寄せた。

 アルカスの体に手を回しながら抱きつく。

「ミキコ、覚えているか?馬車の中で助けに行ったら気を失ってしまったのだ。

 今は、城の中だ。安心して、眠って良いのだぞ?」

「陛下、良かった。廊下でぶつかった男に、急に頭に袋を被せられて真っ暗になって……

 助けを呼んだのに、何か呪文のような言葉を唱えられたら、急に声が出なくなって」

「ミキコ、大丈夫だ。やつは、捕らえた。怖い思いをさせたな。許せよ」

 そう言って、ギュウッと抱きしめてくるアルカスの高い体温に、ホッとして力が抜ける。

「どうして?陛下が謝るの?陛下は何も悪くないよ」

 アルカスの胸に体重を預けて、ボソボソ尋ねる。

「いや、私が悪いのだ。

 廊下でミキコにあんな風に言わなければ、ミキコは私から離れなかっただろう?」

 あんな風?ボンヤリした頭で、あんな風とはどんな風か考える。

「ア……アウゲさんの部屋に行く約束をしてるとかって話のこと?」

「ウッ……そ、そうだ」

 一瞬、低く呻いてアルカスが返事をした。

 実季子は、アルカスに体重を預けていたが、体を離してアルカスの顔を見る。

「私、アウゲさんの部屋に行くなんて言ってないよ。

 確かに、土魔術を見せて貰う約束はしたけど、土でお城が作れるとか言うから楽しそうだなって思っただけだし」

「……っ、ミキコは、アウゲと3曲も踊っただろう?マナーとしては、3曲までだ。問題ない。

 しかし、通常は、同じ相手と続けて踊らない。アウゲと踊るのはそんなに楽しいのかと思った。

 その後、廊下で舞踏会が終わっていないのに戻らなくて良いのかと聞かれて、もっとアウゲと踊りたいのかと思ったのだ」


 え?


 言われたことが、今ひとつ理解出来ない。

「えっと、アウゲさんと仲良くしない方が良かったの?

 4大公の一人だし、ダンスに誘われて、お断りして良いのかどうか迷ってたら、手を引かれてホールに行っちゃったから踊ったんだけど。

 ごめんなさい。私、勉強不足で4大公家との関係性が今ひとつ掴み切れてなくて。

 お断りするよりは、誘われたらお受けした方が良いのかと思っちゃって。

 なのに、陛下のこと嫌いって言っちゃったし、折角貰ったイヤリングも投げつけちゃって。

 ごめんなさい」

 シュンとして謝られて、アルカスは大いに焦った。

「違う!違うのだ、ミキコ。ミキコは、何も悪くない。

 4大公家とは、良好な関係を築いている。だから、政治的なことではないのだ。

 ただ、私相手だと高いヒールを履かないといけないほど大変な思いをさせるのに、アウゲ相手だとそんな思いをすることもないのかと思ったら、腹が立った。

 ミキコはリラックスして、楽しそうに見えたし、それに……、アウゲのことを呼びすてにすると言っていただろう?

 私のことは、最初名前で呼んでいたが、もうずっと陛下と呼んでいるのに、アウゲのことは呼びすてにするのだなと思うと……」

 アルカスは、焦って色々と正直に口にしてしまった。


 実季子は、それを聞いて暫く目をパチパチ瞬かせていたが、眉間に厳めしい皺が寄った。

「へぇ?じゃあ、私がアウゲさんと仲良く踊ったのが気に入らなくて、部屋に行く約束をしてるのかなんて言ったんだ?」

 低い声で問い詰められて、背筋がヒンヤリとした。

「許せ」

 小さく謝ると、実季子の顔が見ていられなくて俯いた。

 実季子は、握りこぶしを作ると、思いっきりアルカスの胸を叩いた。叩き続けた。

「ひどいよ。

 私が、高いヒールを履くのも、勉強を頑張ったのも、アウゲさんと踊ったのも、陛下の客人として、陛下が恥ずかしい思いをしないように、頑張ったのに。

 それなのに……貴方は、私がアウゲさんと寝るのかって……聞いたんだよ?」

 実季子の声は、最後は涙声で震えていた。

 俯いていたアルカスは、顔を上げ実季子を見つめる。

 ミキコが、泣いている。

 自分の不用意な言葉がミキコを傷つけ泣かせたのだ。

 自分の胸を叩くミキコの手を掴むと、そのまま引き寄せ、そっと抱き寄せる。

「ミキコ、泣くな。私が、悪かった」

 実季子は、しくしくアルカスの胸の中で泣いている。

「ミキコ、泣かないでくれ。

 ミキコが、私のために頑張ってくれているのは、分かっていたのに、私のせいで傷つけてしまった。

 何でも、ミキコの言うことを聞くから、もう、泣かないでくれ……ミキコ、頼む」

「何でも?」

 鼻声で実季子が尋ねると、

「ああ。何でもだ。

 実季子の欲しい物があるなら、何処からでも取り寄せるし、ドレスも宝石も幾つでも買って良い」

 暫く、アルカスに抱きしめられたままジッとしていた実季子は、アルカスの胸に顔を埋めたまま答えた。

「ドレスも宝石も要らない。その代わり、月の乙女のこと、ちゃんと説明して。

 私も、一緒に調べる許可を頂戴。国の機密事項だって言って色々説明を省いてるよね?

 国の機密事項なら仕方が無いと思って黙って従ってたけど、やっぱりハッキリしないのはモヤモヤするし、陛下自身のことも何か誤魔化してるよね?」

 アルカスの胸から顔を上げると、アルカスを見上げて続ける。

「私、4人兄妹の末っ子だから、結構周りのこと見てるの。

 シメオンさんは、何だか陛下のこと心配してる様子だし、エラトス殿下も、アピテさんも同じような雰囲気を感じる。

 それに、一人でも手が多い方が調べごともはかどるし、どうせ私が元の世界に帰っちゃうなら私が知ってても問題無いんじゃない?」

 アルカスは、実季子にそう言われて、頭の中で言われたセリフがリフレインする。


 元の世界に帰ってしまう?

 問題ない?

 ミキコは、元の世界に帰ると言っているのか?


 分かっていたことなのに、本人からハッキリ言われて、こんなにショックを受けるとは思わなかった。


 自分は、帰さないつもりなのか?

 いや、勿論、帰してやる

 そう、約束したのだから


 アルカスの口元に苦笑が浮かんだ。

「分かった。月の乙女のことに関して、ミキコに全て話そう。

 それから、ミキコにも一緒に調べ物を手伝って貰う」

 アルカスは、ミキコの手を握り顔を覗き込んで視線を合わせた。

「それなら、ミキコ。私の願いも一つ聞いて欲しい」

「なに?私に出来ること?」

「そうだ。ミキコにしか、出来ない。私のことも、……名前で呼んで欲しい」

 不思議そうにアルカスの金の目を見つめていたが、ミキコはコクンと頷いた。

「アルカスさん……って呼べば良いの?」

「いや、アルカスだ」

 実季子は、少し恥ずかしそうに目元を赤くした。

「分かった。アルカス」

 実季子に名前を呼ばれることが、こんなに嬉しいと感じるとは思わなかった。

 胸に暖かい喜びがじんわりと広がるようだ。


「その名前も呼ぶ者は殆どいない。今では、父だけだ。

 その父も、日毎に儚くなっていき、最近では見舞っても眠っていることが多いのでな。

 滅多に呼ばれることもないのだ」

 アルカスの父が先の戦いで毒矢に倒れて、伏せっているのは聞いて知っていた。

 少し寂しそうに話すアルカスが可哀想に見えて、実季子は、アルカスに握られていた手を握り返す。

「私が、沢山呼ぶよ。アルカス」

 ニッコリ笑って言った実季子のことを、アルカスは眩しそうに見ると、実季子の頭を撫でながら、腰の辺りにたまっていた、うわ掛けを持ち上げて横になるように促した。

「さあ、もう夜も更けた。今日はもう寝ろ。

 明日、また月の乙女のことに関しては話をしよう。

 隣の部屋に、ソフィアを控えさせておくから、何かあったら呼ぶのだぞ」

 横になった実季子の肩までうわ掛けをかけると、座っていた椅子から立ち上がり、アルカスは足音も立てずに部屋を出て行った。

アルカスは、女性には宝石やドレスを買ってやれば、機嫌がなおるのだと思っています……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ