事件2
男が言葉を言い終わらない内に、飛びかかると、肩に噛みつき、顎を一振りする。
「ギャァ!!!!」
男は、派手に叫ぶとそのまま気を失ってしまう。
本当は、首に食らいついてやりたかった。
しかし、生きて捕らえないと、誰の指示でどんな目的で実季子を攫ったのかが分からない。
アルカスは、歯を噛みしめながら唸った。
実季子は、袋を被せられて、小さく肩をふるわせながら泣いている。
直ぐさま、人型に戻ると、首にかけていた小さな袋の中からマントを取り出し、
-狼になって、人型に戻ると何も着ていない状態になるのだ-
マントを体に巻くと、実季子を抱き寄せた。
「ミキコ、ミキコ、大丈夫か?」
被せられた袋を外し、体に巻かれた縄を解いてやる。
大きな黒い目が何度か瞬きをして、合わない焦点をアルカスに合わせると、弱々しくアルカスに抱きついてきた。
アルカスの口から長いため息が漏れた。
余程怖かったのだろう、ショック状態で何も言わずに、ただ泣いている実季子を労しげに見て、しっかりと抱きしめる。
「ミキコ、すまない。怖い思いをさせた。許せ、ミキコ」
アルカスは、実季子の肩や背中を何度もさすって実季子の耳元でずっと謝る。
実季子を攫ったこの男は、逆魔術師だ。
先ほど、逆魔術を唱えようとしたことからも間違いないだろう。
先の戦に負けたにも拘わらず、まだ裏でアルカスを付け狙い、コソコソと動いてこの帝国を手中に収めようとしているプレギアースの者に違いない。
この国の事情に巻き込みたくないと言いながら、こうやって実季子をむざむざ攫われ、危険にさらしたのだ。
アルカスは、我が身を呪いながら、繰り返し実季子の名前を呼び、すまないと繰り返した。
馬車は、男が気を失った頃からスピードを落とし、すっかり止まっていた。
エラトスとアピテは馬を止めることに成功したのだろう。
泣きながら、アルカスのマントにしがみついていた実季子は、緊張が緩んだのかアルカスの腕の中で眠ってしまった。
眠った実季子をしっかりと抱き、馬車の扉を乱暴に開けると、アルカスはアピテを呼ぶ。
「アピテ、この男を縛っておけ。
エラトス、御者台に座っていた男は捕らえたか?他には居なかったか?」
アルカスが馬車から降りるのと入れ替わりに、アピテが大きな体をしなやかに捌いて、馬車に乗り込んだ。
アピテも、首に提げていた小さな袋の中からマントを羽織り、同じ袋の中に入れていた縄で男を縛り上げている。
人狼族は、狼になると、皆一様に服が、変化の際に破れてなくなってしまう。
首元に小さな袋を携帯し、必要な物を小さくして入れておくのだ。
「兄上、御者は捕らえた。一応、息はあるよ。周りも確認したが、恐らく馬車に乗っていたのはこの二人だ。
馬車が向かった先に仲間が居るだろうが、この2人が来ないのを察して、既に潜伏していた仲間は逃げているだろう」
先程とはうって変わって、満天の星空が雲間から覗き、月が地上に光を注いでいる。
アルカスは、大事そうに実季子を抱え直すと、程なくして、シメオンと近衛兵の数人がアルカスやエラトス達の愛馬を率いてやってきた。
この国の馬は、体躯の立派な人狼族を乗せるので普通の馬よりも2周りほど大きい。
体高はゆうに180㎝を超えるのだ。
アルカスの愛馬は葦毛で、立派な体躯を持ち、普段は大人しく従順だが、戦場に出て一度敵に切り込み始めると、敵を灰燼させるまで走り続ける。
主人と同じ性質の馬だ。
「ジュピター、さあ、私とミキコを城まで運んでくれ。揺れないように、丁寧に頼むぞ」
アルカスが首筋を優しく叩くと、ブルブルと小さく嘶いて前足を踏みならした。
アルカスは、暫く考えていたが、嫌そうに眉をひそめて、実季子をシメオンに一旦手渡すと、直ぐにジュピターに跳び乗った。
「シメオン」
一言呼ぶと手を出し、シメオンが抱いていた実季子をサッと攫うようにして抱き戻す。
シメオンは、ジットリとした視線をアルカスに向けた。
全く、ちょっと預けるのに、そんなに嫌そうにするくらいなら、何故あんな意地の悪い、下品なことをミキコさまに言ってやったのだ!
-アピテからは、既に伝令で知らせが届いている-
そもそも、子供みたいな言動をするこの男が、もっと素直にミキコさまに気持ちを打ち明けていれば、こんなにややこしくならないのだ。
ミキコをこの帝国の事情に巻き込みたくないとか、ミキコの願いを叶えてやりたいとか、たいそうな理由を付けて痩せ我慢しているが、シメオンに言わせれば何故、胸の内を明かし、この帝国にとどまって欲しいと請わないのか皆目分からない。
残るかどうかはミキコさまの意思だ
そりゃあ、悩むだろうが最終的に自分が決めたことに彼女は責任を持つだろう
今までの彼女の言動からしても、間違いないと言える
そもそも28歳なのだろう?
-幼い子供のようにしか、見えないが-
彼女の世界ではどうだか分からないが、此方ではもう、
ー15歳で成人だからー
立派な大人だ
それを、何故にそんなに守りたがるのだ?
惚れるとそうなるのか?
今までの人生、上手いこと遊んでは来たが、心底惚れた相手がいないため、シメオンには分からなかった。
ブツブツ頭の中で文句をたれ、主人をジロリと見たが、大事そうに腕に抱え込んだ、実季子の顔に張り付いた髪の毛を払ってやっている。
エラトスが、兄に馬車を用意するから、それで帰ってはどうかと言っている。
「かまわぬ。ジュピターでゆっくり戻る」
顔も向けずに返事したかと思うと、馬首を翻した。
「後は任せたぞ」
一言、言い残して城に向かってポクポク帰って行った。
後に残された、エラトスも、シメオンも、アピテも、
エー……あんだけ大騒ぎしておいて、それだけ?
と思ったが、まぁ、良い。
大事な彼女は傷ひとつなく取り戻せたし、彼女が腕の中にいればアルカスはご機嫌だ。
後は、実季子が目を覚ませば説教するだろう。
そう思って、幾分か楽しそうにも見える後ろ姿に腰を折った。
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現実にいる狼よりも一回り、二回りほど大きいイメージで書いています。




