アウゲ・ミューシア
実季子が、銀の髪を目で追っていると、後ろから誰かに声を掛けられる。
「ミキコ、こんばんは。そのドレス、貴女の白い肌にとっても似合っていますね」
スルッと実季子の前に現れ、恭しく手の甲にキスをされる。
「はぇ?」
実季子は、
-アルカスを目で追っていたので-
突然で驚いて、変な声が出た。
「アウゲ・ミューシアです。昨日お会いしましたが、お忘れですか?」
実季子の手を取り、ニッコリと上品に笑った彼は、濡れたように光る深い緑色の瞳で実季子を見つめながら、自己紹介した。
光が当たるとグリーンにも見える濃いアッシュグレーの髪を耳の横で一つに束ねて、流している。
背は、皆より珍しく低い。
-実季子より、ずっと高いが-
180センチくらいだろうか?
光沢のあるピーコックグリーンのジュストコールには、淡い黄色の糸でシダ植物の刺繍がされていて、グレーのモールで縁取られている。
淡い黄色のウエストコートが合わせられ、優しく上品だ。
首元は、緩くクラバットが巻かれ、彼の雰囲気に良く合っていた。
返事をしない実季子をそっと首を傾げてアウゲが覗き込んで来る。
ハッと我に返った実季子は、慌てて首を振った。
「いえ、ちゃんと覚えています。アッティーハーの大公閣下」
どうにか、口角を上げて笑みを作り、アウゲをじっと見ていたのをごまかした。
何だか、使い古された口説き文句のようだけど、彼とは初めて会った気がしない。
まぁ、そんなことあるはずがないんだけど……
実季子よりも、少し年上だろうか?穏やかに微笑むこの美しい青年を、もう一度眺めた。
「もし、宜しければ、ダンスにお誘いしても?」
握ったままだった実季子の手をクッと軽く引っ張って、ホールの方に促された。
困った
ダンスは、陛下と踊れば終わりだと思っていた
でも、アウゲは、帝国を支える4大公の内の一人だし、断ると失礼に当たるかも
そう考えて、
-日本人なので-
曖昧に微笑み返してしまった。
それを、是と受け取ったのか、そのまま手を引かれてホールに連れ出されてしまう。
仕方が無い。こうなっては踊るしかない。
おかしいなぁ……
私、Noと言える日本人なのにな
的外れなことを心の内で呟き、踊り始めた。
驚くことに、アウゲとのダンスは、踊りやすかった。
アウゲのリードは的確で優しく、気遣いに満ちている。
しかも、身長差が他の人に比べればだけれど、ないのだ。
気がつけば軽やかにステップを踏んでいた。
アウゲの髪にライトがあたってグリーンに見える。
実季子が手を添えたアウゲの左手に、ふと目をやると、袖から出る手首から手の甲にかけて、蔦の模様?が見えている。
実季子の目線を察したアウゲが、踊りながら答えた。
「この左手のタトゥーは、蔦です。
我が種族はアッティーハー地方を治めていた先住民族で、森の民と呼ばれています。
地を治めていた古より、土と、植物に関わる魔術を使う事が出来、15の歳には心臓から左上半身に蔦のタトゥーが入れられます。
それにより詠唱なしで、魔術を繰り出せるのですよ。
因みに、我らは人間なので、陛下やエラトス殿下方と比べると小さいのです。謎が解けましたか?ミキコ」
深い緑色の瞳で、じっと見つめられる。
心の内を見られたようで恥ずかしくなり、少し俯いて、ステップを踏む足先を見る。
「ごめんなさい。不躾にジロジロと見ちゃって。
あの、何だか閣下とは初めてお会いしたような気がしなくて」
「偶然ですね。僕もです。何だか、懐かしいような気さえして」
アウゲにそう言われて、実季子は嬉しくなった。
「ミキコ、ある程度貴方の事情は分かっているつもりです。
しかし、ずっと城内にいるのもつまらないでしょう?
良かったら、明日は庭を散歩しませんか?土魔術を見せますよ。」
「本当ですか?楽しそうですね」
実季子は、はしゃいだように笑う。土魔術、見てみたい。
それに、歳の近い友達が出来たような気分になったのだ。
思えば、此方の世界に来てから、友達と呼べる人は少ない。
いろんな事情が複雑に絡まり合って、仲良くなっても全てを話し合える間柄にはなれない。
誰も彼も親切にはしてくれるが、アルカスは、保護者のようだし、エラトスは、最近でこそ態度は軟化したが、最初は嫌われていた。
シメオンも、イリニもソフィアも、アピテも一線を引いた態度を崩さない。
クレオンは、仕事の話しかしないし、唯一仲の良いペトラも話せないことが多くて、どうしても気を使わせてしまっている。
お世話になっているのに、文句を言ってはいけないと思ってはいるが、気負わずに話せる相手に餓えているのだ。
「子供の頃は、土で小さな人形を作って動かして遊んでいました。草や木でお城も作れますよ」
いつの間にか3曲も踊っていたようで、曲が終わりホールから離れて、アウゲは実季子をエスコートしながら壁際に並べられた椅子に向かった。
「見てみたいです。明日、閣下のお時間があるのなら」
「閣下などと呼ばずに、アウゲと呼んでください。
ミキコ、喉が渇いたでしょう?飲み物を取ってきますよ」
そう言ったアウゲの言葉を、低い声が遮った。
「かまうな。ミキコの飲み物は私が用意しよう」
椅子に座ろうとしていた実季子の肩を掴んでアルカスが大きな影を作った。
「アウゲ、ミキコの側に居てくれたようだな。礼を言うぞ」
そう言うとアウゲから実季子を隠すように腰を抱き、扉に向かって足を踏み出した。
「あ……ご挨拶を」
「よい!」
アウゲに辞去の挨拶をしようとしたが、アルカスの声に遮られた。
そのまま、アルカスに引きずられるように強引にホールを後にし、薄暗い廊下に出る。
「陛下?もう出てきても良いのですか?まだ、舞踏会は終わっていないんじゃ?」
実季子がアルカスを見上げながら話しかけると、アルカスは足を止めて実季子を見下ろした。
「なんだ、まだ踊り足りないのか?」
その顔は無表情で、目だけがジロリと実季子を見ていた。
実季子は、首を上向けてアルカスの表情を窺い見る。
等間隔に灯りは付けられているが、廊下は薄暗く良く分からない。
いつもなら、少し腰をかがめて、更に首を曲げてくれるから、アルカスの顔が見えやすいのに、今夜は目線だけをジロリと寄こすだけだ。
「アウゲと3曲も踊っていたではないか。
まだ、奴と踊りたいのか?明日、土魔術を見せると約束したのであろう?
それとも、奴の部屋に行って、仲良くする約束もしたのか?」
部屋に行く?
仲良く?
それって、どういう意味?
…………
アウゲ大公と一晩過ごすってこと?
頭の中でアルカスに言われた言葉の意味が分かると、カッと頭の血が沸き立つようになり、視界が赤く染まった気がした。
握ったこぶしが震え、アルカスをギッと睨み付ける。
「陛下なんて、………大っ嫌い!」
アルカスに向かって怒鳴ると、耳に付けていた
-舞踏会の前にアルカスに贈られた-
オレンジダイヤモンドのイヤリングを引っ張って外すと、アルカスに向かって投げつける。
イヤリングは、眉をハの字に寄せて、口に手を当てていたアルカスの胸に当たると足元に落ちた。
実季子は、踵を返すとそのまま走り去る。
後ろで実季子を呼ぶ声が聞こえたが、振り返らずに必死で走った。
途中で、ヒールが片方脱げたので、もう片方も足を振って脱ぎ飛ばした。
アルカスと踊るためにわざわざ高いヒールを履いていたのに、馬鹿らしくなった。
そうしたら、裸足の足がジンジン痛くて泣けてきた。
非道い!
今日のために
陛下のために
色々と頑張ったのに
それを本人に、あんな風に侮辱されるなんて
そのまま泣きながら、階段をドンドン駆け下りて、庭の前まで来たときに俯きながら走っていた実季子は、立っていた黒い男に当たってしまった。
「あっ!スミマセン」
蹌踉けながら、当たった人物に謝ろうと相手を見ようとしたその時、その人物に頭から黒い袋を被せられ、荷物のように担ぎあげられる。
担がれたまま、庭を走っているようだ。
ザクザクと土を踏みしめる音と、体が揺さぶられる。
訳が分からず、パニックに陥りそうになっていた実季子は、
「キャーーーー!!!誰かーーーー!!!」
と、声を限りに叫んだ。
「陛下!!!!助け…」
続けて、アルカスに助けを求めようと叫ぼうとした。
「ホスィイ」
実季子を担いでいた男が、短く何かを呟いた。
途端、実季子は口をパクパク動かすだけで、声が出せなくなった。
頭の中では、助けを必死で叫んでいるのに、全く音が出ない。
ヒューヒューと、空気が漏れる音がするだけだ。
なぜ?
それでも、どうにかこの状況から逃れようと、必死で手足を動かして暴れたが、男も必死で押さえ込んできて身動きが取れない。
そのままどの位走られたのか、距離も掴めないままゼーゼーと荒い息をしながら、実季子を担いでいた男が止まる。
男は、担いでいた実季子を一旦降ろした。
「おい!やったぞ!早く乗せろ!」
誰かに話しかけている声が聞こえる。
そして、被された袋のまま実季子をグルグルと縄で縛った。
「おう!直ぐに出るぞ!」
違う男の声が聞こえる。
どうしよう!
これって、誰かに攫われてるのかな?
不安で胸がいっぱいになり、恐怖で涙が零れた。
お読みいただき、有難うございます。
本日は、これで終わりです。
明日も、投稿いたしますのでお付き合いいただければ幸いです。
宜しければ、評価も頂ければ、喜びます。




