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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第5章 建国祭
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ファーストダンス

 扉をノックする音が聞こえて、ソフィアが対応に出ると、侍従が姿勢良く扉の前で直立不動で立っていた。

「陛下、ミキコさま、ご入場の用意が調いまして御座います」

 アルカスは、組んでいた長い足をほどくと、実季子に向かって手を差し伸べた。

 その手を取って、舞踏会ホールに向かう。

 陛下と一緒に入場すると聞いて、途端に余裕の無くなった実季子は、今までアルカスの方をまともに見ていなかったが、ここにきてようやく、今宵のアルカスが色気と精悍な空気を纏っている事に気がついた。

 実季子をエスコートしながら、真っ直ぐに前を見据える目は力強く、この広い帝国を治める自信が漲っている。

 近い未来に、この国を離れるとしても、こんな体験をすることは自分の人生において、きっともう二度とない。

 折角だから楽しもうと、気持ちを切り替えた。


 舞踏会ホールの2階にあたる扉を開けると少し開けた場所がありその奥に厚いカーテンが引かれている。

 侍従が先導して、

「どうぞ此方でお待ちください。」

と言って頭を下げて下がった。

 程なくして、派手なラッパのファンファーレが聞こえると、案内係の声がホールに響く。

「ペラスギア帝国 アルカス・リュカ・ペラスギア皇帝陛下

 そのお客人 ミキコ・ツキモリさま」

 目の前の重そうなカーテンがサーッと開くと、燦めくシャンデリアの光が眩しくて目がチカチカした。

 返ってそれで緊張が解けたのかもしれない。

 アルカスがエスコートしている実季子の手をそっと撫でたのが合図になり、ゆっくりとバルコニーに向かって足を踏み出した。

 舞踏会ホールには、沢山の貴族が詰めかけ一斉に此方を仰ぎ見ていた。


 二階からの階段は、バルコニーの左右から曲線を描いて真ん中で一つになり、ホールの一階に繋がっている作りになっていた。階段には、赤い絨毯が敷き詰められている。

 左右の手摺りには、其れ其れ王冠を被った狼が前足をあげた銅像が置かれ、その上には一対のシャンデリアが燦めいている。

 アルカスは、実季子を伴って階段の交差した踊り場まで降りると、建国祭に向けての言祝ぎを述べた。

「皆、今宵はよくぞ集まってくれた。

 我がペラスギア帝国も今年で建国から834年がたった。

 長きにわたり国が栄えてきたのも、ペラスギアを築き上げた先人の努力と皆のペラスギアへの献身があってのことだ。

 我が治世においても変わらぬ繁栄を築くことを約束しよう。

 今宵は年に一度の建国祭の舞踏会だ。どうか楽しんで欲しい」

 よく通る声がホールに響き渡ると、集まっていた人々の拍手が巻き起こった。

 そして、アルカスが階段をゆっくりとした足取りで実季子をエスコートして降り始めると、控えていた楽隊が静かに音楽を奏で始める。

 一階ホールに降りたアルカスは、そのまま実季子の手を引いて、開けた中央ホールへと誘う。

 ファーストダンスが始まるのだ。



 アルカスが実季子の腰に手を回すと、新たな曲が始まり、2人は軽快にステップを踏み始める。

 アルカスが作ってくれた靴は、ヒールは高いが実季子の足にピッタリと馴染み、まるで10㎝のヒールなんてないかのように、軽くダンスを踊ることが出来た。

 アルカスにリードされて、実季子がくるりとターンする度に、ドレスの裾がフワリと翻り、スカートの下のパニエがヒラリ、ヒラリと覗いて実季子達が起こす小さな風の軌道が見えるようだ。

「ミキコ、良いな。とても上手だ」

「陛下が頼んでくれた靴が、素晴らしく履き心地が良いからです。ありがとう」

 見つめ合い、微笑み合いながら、何かを囁き合う2人は、ホールの周りにいる人々の目には、とても親密に映った。


 かなり身長差のある2人だが、堂々と踊る姿は一枚の絵を見ているように美しい。

 曲が終わり、アルカスと実季子がホールから捌けると、次々に人々がホールに入り、次のダンスが始まる。

 実季子が、気持ち良く踊りきった充足感を味わっていると、シメオンが2人にシャンパンを持ってやって来た。

「陛下、ミキコさま、お疲れ様でした。

 とても美しく踊れておりましたよ。レッスンの成果が出ましたね」

 3人でグラスを合わせて、アルカスと、シメオンがクイッとグラスを空にすると、給仕がやって来て空のグラスを受け取る。

 そして、アルカスがもう一杯グラスを受け取ろうとしたのを、シメオンが申し訳なさそうに止める。

「陛下、申し訳ないのですが、お顔を繋いで頂きたい方々がいらっしゃいます。

 お酒は、その後で」

「何だ?もうか?ミキコ……」

 そう言って、ミキコの手を取ろうとしたその手を、実季子は、やんわりと押し返した。

「陛下、大丈夫です。お腹も空いたから、あっちで軽食でも摘まんでいるので。

 お話が終わったら、また迎えに来て下さい」

 そう言って、頬に笑みを浮かべると、アルカスは名残惜しそうに、押し返した実季子の手を握っていたが、もう一度シメオンに促されて、部屋の奥に向かっていった。

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