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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第5章 建国祭
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支度

 朝、ソフィアに起こされて、朝食を取ると、前日と同じように風呂に入れられ、マッサージが施され、香油を塗られた。

 抵抗しても疲れるだけだというのは、前日の支度で学習済みなので、大人しく揉まれたり塗られたりしておいた。

 ドレスを着るため、薄く胸元の大きく開いたシュミーズの上に、前開きの簡易なガウンを着て、昼食を取り終わると、早速ソフィアがドレスを運んできた。


 烟るようなグレージュの生地に、くすんだシャーベットピンクと、淡いオフホワイトの2色の糸で、腰から裾に向かって広がるように鳥の羽のようなデザインの刺繍が施されている。

 Vネックのネックラインで、胸元に沿って薄いレースが二段に重ねて縫い付けられており、デコルテ部分が空きすぎず上品に見えるようにデザインされている。

 上半身のオーガンジーには、刺繍された花々が立体的に縫い止められ、更に、沢山の小さな宝石も縫い止められていて、キラキラと銀色に輝いて、アクセントを添えていた。

 裾は、右側に大胆にスリットが入っているが、スカートの内側のとても薄いオーガンジーのグレー、シャーベットピンク、シャーベットオレンジの3枚の生地が重ねられたパニエがスリットから覗いていて、ボーリュームを出しつつも幻想的に見える。

 裾周りには、形状記憶の魔術が掛けられた細いワイヤーが巡らされているそうで、緩く波打った裾が動く度にフワフワと揺れて、まるで空気を纏っているかのようだ。

 が、実季子が思ったのは、これなら裾を踏まずにすみそうだと、密かに心の中でニンマリしたことだ。


 ドレスを着終わって、休憩を挟んだその後、ソフィアがブラシを片手に念入りに、念入りに髪をブラッシングし始める。

「ミキコさま、何かなさりたい髪型などありますか?」

 そう聞かれて、暫く悩んだが、働いている時もバレッタかゴムで簡単に纏めるくらいで、やや(?)女子力が低めの実季子には、答えにくい質問だ。

「えーっと、今日は、陛下と踊るから、髪はまとめておきたいかな。

 後は、ドレスとかに合わせて貰ったら良いです」

 結局、とっても無難な返答しか出てこなかった。

 しかし、ソフィアは力強く頷く。

「畏まりました。お任せ下さい。」

 そう言うと、前髪を斜めに編み込みし始めた。

 その上の髪も編み込んで2段にする。

 後ろの髪も捻ったり編み込んだりして、更にそれを緩めたり、ほぐしたりしていたが、暫くしてアップにまとまった。

 少し、後れ毛や遊び毛が出て、その髪がカールしてふんわりとした雰囲気を醸し出している。

「わぁ……スゴい。スゴいね!」

「ありがとう御座います」

 全くもって、ソフィアの仕事を褒めるのに、語彙が足らなさすぎる自分が恨めしかったが、実季子の言葉に満足げに頷いたソフィアは、ニッコリ笑う。


 御茶を入れて貰い、お茶菓子と一緒に飲んで、休憩し終わると、ソフィアが奥からベルベット地の四角い平たい箱を出してきた。

 箱を空けると、昨日アルカスがプレゼントしてくれた、オレンジダイヤモンドの蔦の葉の意匠のイヤリングと、対になった意匠のネックレスが出てきた。


「え?ナニコレ?」

 ネックレスを見るなり、実季子は固まってしまった。

 昨日、確かにイヤリングは受け取ったが、ネックレスは知らない。

 しかもこのネックレス、真ん中に大きなオレンジダイヤモンドが配され、そこから広がるように2本の蔦の葉が絡み合いながら輪を作っているデザインで、蔦の葉には全てオレンジからイエローのダイヤモンドが真ん中から、上に向かってグラデーションになるように埋め込まれている。

 更に、所々に付いている、淡くミルク色に光っている小さな丸い石は、真珠じゃないのか?


 一体、幾らするんだ?

 怖くて触れない……


 ネックレスを睨んだまま微動だにしない実季子に向かって、ソフィアがにこやかに言い放った。

「ミキコさま、大丈夫で御座いますよ。

 これはぁ……、マダム・マリナが本日のために貸して下さったものなので、陛下が購入された物ではありませんのよ」

 そう言いながら、イヤリングを付けてくれる。

「さ、ネックレスもお付けいたしましょうね」

 有無を言えない勢いで、付けられてしまった。


 借り物……か

 まぁ、それなら、まだ……

 一体いくらするのか、怖いところだけど、陛下がこの日のために買ったとか言うんでなければ……

 それに、胸元が空いているから、何もしないと寂しいよね


 無理やり、自分を納得させながら、そっとネックレスに触れてみる。

 大きな石は、ヒンヤリとして重かった。

 悶々と考え込んでいる実季子に、ソフィアが明るく声を掛けた。

「とてもお美しゅう御座いますよ。後は、靴を履けば、完成ですわ」

 いそいそと奥のクローゼットから、10㎝ヒールを出してきてくれた。

 履きたくないが、仕方ない。

 椅子に腰掛けて、恐る恐る足を入れて、立ってみる。


 あれれ?結構安定してる?


「ヒールを太くして、底全体を高く致しました。

 また、ミキコさまの足に合うように、マダムの贔屓の工房でミキコさまの足の寸法通りに作らせました」

「わぁ!この間の靴とは全然違う」

 実季子は、スカートの裾を持ち上げると、くるりと回ってみた。

 実季子の為だけの靴で、足に吸い付くようにピッタリと馴染む。

「陛下がミキコさまの足が痛そうだから、この日にどうにか間に合うようにと、マダムに言って、作らせたんですよ」

 嬉しそうに回ってみせる実季子を見て、ソフィアは満ち足りた気持ちで、淡いグリーンの瞳を緩ませた。


 コンコンコンと、扉をノックする音がする。

 『はい』と、返事をしてソフィアが応対するために扉に足を伸ばそうとしたが、それよりも早く、バーンと扉が空いた。

 アルカスだ。


「ミキコ。支度は出来たか?」

「はい、陛下」

 アルカスは、返事をした実季子を見るなり、薄らと口を開けて、固まった。

 そのまま動こうとしないアルカスにソフィアが、咳払いをする。

「陛下。扉の所にずっと立っていないで、お入りになられては如何ですか?」

 ソフィアに促されて、大きな体をスルリと扉から入れて、部屋の中に入る。

 アルカスは、それでも扉の前でチラチラと実季子を見てモジモジしている。


 何やっとんのじゃ?あの大きいのは!

 ミキコさまを見て照れているの……?


 ソフィアは、アルカスのおかしな様子を見て叫びたくなったが、ぐっと堪えササッと御茶の用意を調える。

「陛下。御茶のご用意が調いました。

 舞踏会ホールに入られるまでにまだ少しお時間がありますので、どうぞお掛けください」

「あ?ああ……」

 ソフィアに生返事をしながら、目線は実季子に張り付いたままだ。

 グレージュ色のドレスは、シャーベットピンクの刺繍を施されているため、光の加減でほんのりピンク色にも見え、淡くくすんだ色が実季子の象牙色の肌に馴染んで、きめの細かい肌の質感を際立たせている。

 そこにオレンジダイヤモンドが差し色になって全体を引き締める役割をしている。

 軽く柔らかい生地が、実季子が少し動く度にほのかに揺れて、実季子が纏う空気を、目にみえるように浮かび上がらせているようだ。

「ミキコ、綺麗だ……」

 自然と口から言葉が出てきて、それを聞いた実季子は、恥ずかしそうに俯く。

「ありがとう」

 小さく答えた実季子は、顔だけではなく、ドレスから出ている首や腕もほんのりとピンク色に染まっている。

 途端に喉が渇いて、アルカスは、椅子に腰掛けるとソフィアが用意してくれたお茶をガブガブ飲んだ。

 アルカスは今宵は、ペラスギア帝国の色、夜明けの青色のジュストコールに、共布で作られたブリーチズを着ていた。

 高い襟で、金のモールで装飾されたジュストコールの間からは、シルバーグレーのウエストコートが覗いている。

 その艶やかな色合いと、体に美しく沿ったラインが、アルカスの引き締まった体躯を包んでいる。

 眩く光るシルバーの髪は、こめかみの辺りの髪を、ほんの少し編み込んで金の飾りで留められており、珍しくおろされていた。

「陛下も、瑠璃色がお似合いです」

 言葉少なに褒めた実季子も、同じくティーカップを手にゴクゴク御茶を流し込んだ。


「後どれ位で、ホールに入れば良いの?」

 実季子もドレスの裾をソフィアに手伝って貰いながらさばき、向かいの椅子に腰掛けた。

「ホールにはもう半分くらいは入っているだろうな。

 ただ、私が出ていくのは最後だからな。ミキコも私がエスコートするからな」

「え?」


 陛下と一緒?

 陛下って皆がホールに入り終わってから入場するんだよね?

 その時に私も一緒に入場?

 良く映画とか漫画とかでみる、赤い絨毯が敷かれた大階段を優雅に降りてくるってやつだよね?

 ガー!!!ムリ………


 アルカスの方を向いてはいるものの、固まってどこか別の場所に行ってしまっている実季子に、そっと問いかけてみる。

「ミキコ?……駄目か?」

 アルカスに話しかけられてやっと元の場所に戻ってきた実季子は、暫くこぶしを握ってプルプルしていたが、

「分かりました。やりましょう」

 と、力強く答えたのだった。

 昨日のこともあってか、アルカスは大きな体をなるべく小さくして実季子の顔を覗き込んだ。

「……私は別々に入場でも良いかと思ったんだが、シメオンにミキコの顔を知らない貴族達に、私の大事な客人だと知らしめるのに、一緒に入場するのはとても効果的だと言われたのだ。

 確かに、私がエスコートするほどの客人であれば、この国の人間は簡単にミキコを害したり出来なくなるからな。それで……」

「分かりましたよ。ヘ・イ・カ!エスコート、よろしくお願いします」

 何やら煮え切らない理由を並べて、ぶつぶつ言っているアルカスの言葉を途中でぶった切って、実季子は、覚悟を決めたようにニッコリ笑った。

 アルカスには、笑顔に見えなかったが。


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