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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第5章 建国祭
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晩餐会2

 アルカスがテーブルの上座に立ち、顔を上げると、皆がアルカスに向き直り、頭を垂れた。

「大義である」

 隣のアルカスから、低く良く響く声が聞こえてくる。

「今年も皆がこの席に揃って付けることを喜ばしく思う。

 先ずは、私の客人として滞在しているミキコを紹介しよう。彼女は、月の乙女である」

「おおぉ!!」

 4大公から、驚きの声が上がった。

 今度こそ、固まった。

 どうにか、皆の方を向いて口角を上げて微笑む表情を作った実季子だが、そのまま体が動かなくなってしまったのだ。


 一言、前もって言っておいて欲しかった。

 実季子は4兄弟の末っ子だ。

 挨拶をしたり、前で何かを発表したりする役は実季子には回ってこなかった。

 つまり苦手なのだ。

 アルカスは、微笑んだまま固まってしまった実季子を見て、優しく微笑むとそっと実季子の手を取って実季子の顔を覗き込むと、呼びかける。

「ミキコ」

 アルカスと目が合うと、何度か瞬きをして、やっと現実に戻ってこれた。


 はぁ〜

 どっか違うところに行ってたなぁ……


 頭の片隅で思いながら、皆の方に向かって、もう一度ゆるりと微笑みを作り、ドレスの裾を摘まむと(出来る限り)優雅にお辞儀をした。

 出来ていたかどうかは、正直分からない。

 なるほど、頭の中が真っ白になっても、体が動く様に、あんなに何度も練習させられたわけか。

「皆様、ただいま皇帝陛下からご紹介頂きました、ミキコ・ツキモリで御座います。

 どうぞ、よろしくお願い致します」

 アルカスに片手を取られ、カーテシーをして礼をとった小さな黒髪の月の乙女は、大公達の目にとても優美に映った。


「ミキコさま、私はラキアの大公を務めております。

 カラノス・ペラスギアと申します」

 ラキアの大公は、先帝陛下の弟、アルカスの叔父だ。

 元は、栗色であった髪に、白い髪が交じりミルクが混ざったようなベージュ色になっている。

 少々小太りな体を上手く折りたたみペールグリーンの瞳を緩やかに細めて、実季子に礼をとったカラノスは、優しげに微笑んだ。


「ミキコさま、私はウピロス領を治めております。

 エケモス・クセナキスと申します」

 ウピロスを治めている、エケモスはアルカスの母の兄だ。

 細身の体に、アルカスと同じように黒いジュストコールを纏っているが、恐ろしく姿勢が良い。

 暗い金が混じった長いプラチナブロンドを後ろで一束にまとめて、濃いグリーンの瞳で実季子をじっと見つめ礼をとったエケモスに対して、実季子も緊張しながら、お辞儀を返す。


「私は、ペロポソ領のキプス・パパドプロスです」

 ペロポソの大公であるキプスは、海の民族の子孫だ。

 海の民族はその昔、海から陸に移り住んだと言われており、首筋の皮膚には、硬そうな鱗のような模様がチラリと見える。

 肩も広く、分厚い筋肉がシャツと、ジュストコールを押し上げている。

 40代半ばくらいだろうか?

 長いダークグレーの髪色だが、光が当たるとダークネイビーにも見える。

 耳の後ろの髪に1房、周りよりも更に青く見える髪がメッシュのように生えている。

 また、深い青色の瞳が本当に海の中を思わせて、じっと見入ってしまいそうになるほど美しい。


「ミキコさま、私はアッティーハー領を治めております。

 アウゲ・ミューシアと申します。以後、お見知りおきを」

 リュカリオンの時代の4国の対戦の際に、1番に戦線を離脱し、リュカリオンに忠誠を誓う代わりに、自治を許された、アッティーハー地方の先住民族。

 森の民と呼ばれているアウゲは、先代大公(アウゲの父)から、大公職を1年前に譲られたはずだ。

 4大公の中でも1番若い。恐らく30歳くらいだろう。

 シャンデリアの光が当たってグリーンにも見える髪に、深い緑色の瞳。正しく森の民だ。


 4大公全員に挨拶をされ、緊張しながらもどうにか挨拶を返し終わると、やっと皆が席に着いた。

 それを皮切りに、グラスに膨よかに香るワインが注がれ、アルカスが軽くグラスを持ち上げると、皆がそれに倣ってグラスを持ち上げて、その後一気に飲み干した。


 えぇ-!!!一気に空けるの?

 私も、倣わないといけない?


 そう思ったが無理をするのはやめておいた。

 お酒は嫌いではないが、皆に倣ってグラスを空にして酔っ払って醜態をさらすのは控えたい。

 空になったグラスには、給仕のメイド達が直ぐさま並々とワインをつぎ足している。

 あんなのをカパカパ飲んでたら、早々に酔っ払いが出来上がってしまう。

 今まで、ひどく酔っ払ったり、記憶を無くしたことはないけれど、そこまで飲んだことがないからこそ、自分の許容量がよく分からない。

 家族や親しい友人と一緒の席ならばまだしも、こんな場で醜態を晒すのだけは避けたい。

 実季子がそう思っているのが分かったのか、アルカスが給仕のメイドに、実季子のグラスには果実水を入れるように指示してくれる。

 ほんのり甘い香りがする水を飲みながら、実季子はアルカスの横顔を見つめた。


 挨拶が終わるまでの間こそ、緊張した空気が漂っていたが、食事がどんどん運びこまれ、お酒も入ってくると砕けた空気になった。

 どうも、顔合わせが目的だったようで、最初の挨拶以降は、特に突っ込んで実季子に質問がくる事はなかった。

 おかげで実季子も、緊張を解いて食事を味わうことが出来た。

 ちゃんと、量も加減してくれているらしく、いつも実季子が食べている量が出てくる。

 アルカスやエラトスの前には、相も変わらず凄い量が盛られた皿が次から次へと運ばれている。

 それを、各大公と談笑しながらも、上品に口に運び、次々と皿を空にしていくアルカス。

 デザートまで綺麗に平らげ、皆がグラスを片手に隣の部屋に移ったタイミングで、実季子は暇を告げ部屋に戻った。


 部屋に戻って湯浴みをすませ、ソフィアが淹れてくれた御茶を飲みながら、外を眺めていると扉がノックされる。

「はい」

 返事をして扉を開けようと、扉の方に足を向けると、ほんの少し扉が空いた。

 チラリと子供が中を覗くようにアルカスが、此方を伺っている。

「陛下?どうかなさいましたか?」

 訪ねた声がちょっと尖ってしまった。

 どうにも、先程の席で前触れもなく4大公達の前に引っ張り出されたのが気に食わないのだ。

 そっと扉を開けて大きな体を滑り込ませると、困ったように眉尻を下げたアルカスは、実季子の顔を覗き込んでくる。

「ミキコ、怒っていないか様子を見に来た」

「ええ!怒っていますとも。

 どぉぉして、前以て言ってくれなかったんですか?」

 目をつり上げた実季子を見て、更に弱ったような顔をしたアルカスは、眉を下げながら答えた。

「いや……、ミキコに言おうとはしたのだ。

 ところがシメオンに、前以て言うとミキコは尻込みして、折角進んでいる勉強もプレッシャーで進まなくなると反対されてだな。

 それに、ミキコは本番に強いから、先に言って緊張させて動きが悪くなるよりも、その場で対応して貰う方が良いだろうと言う話になって、まぁ……その、私も一理あるなと思ってだな……。

 それに、4大公に隠し事は出来ん。

 確かに私はこの帝国の皇帝だが、実際には4大公と共に治めているのだからな」

 それを聞いて、実季子は、深くため息をついた。

 アルカスの言うとおりだ。

 帝国を治める上で、4大公の事は無視できないだろうし、4大公が集まるこの機会に、お互いに顔合わせが出来て良かったと思うべきだろう。

 それに、シメオンが言うように、慣れないことをするのに、最初からプレッシャーを掛けられると失敗できないと、更に自分でプレッシャーを掛けてしまったかもしれない。

 自分は本番に強いタイプだから、今日のようにいきなり連れ出された方が腹が据わって良かったかも。

 実季子の表情が柔らかくなったのが分かったのか、アルカスはポケットから、ベルベットの小箱を取り出した。

「明日のドレスに合うかと思って作らせたのだ」

 小箱を開けて実季子に見せた。

 中には、楕円形のオレンジダイヤモンドが幾つも集まって、蔦の葉が揺れているようなイヤリングが一対入っていた。

「キレイ……。指輪や、ネックレスと同じ石ですね。

 光に当たると金色に輝いて、陛下の瞳の色と同じ」

 イヤリングを手に取って灯りに透かせて眺めている実季子の口角が自然と上がる。

「機嫌は直ったか?明日は、これを付けて欲しい。ミキコと踊れるのを楽しみにしている」

 ベルベットの小箱を実季子の手に渡すと、

「おやすみ」

と言って部屋を出ようとしたアルカスを、実季子が呼びかけた。

「あっ、陛下。ありがとう御座います。私も、明日、陛下と踊れるのを楽しみにしています。

 おやすみなさい」

 明日は、舞踏会だ。

一気に登場人物が増えましたが……。彼らは、後にもまた出てきます。

よろしくお願いします。

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