ダンスレッスン
実季子が楽しそうに、剣の稽古をしているので、ソフィアはなるべく口出しせずに居てくれていたようが、とうとうストップが入った。
「ミキコさま、暫く剣の稽古はお控えください。
万一お怪我でもなさったら、出席予定の宴にも影響が出ますし、何より陛下がご心配なさいます。
本日は、ドレスの最終調整のために、マダム・マリナがいらっしゃいますし、午後には、陛下がダンスの練習のために御出なされます」
「あれ?私って、ダンスしなくても良くなったんじゃなかったんだっけ?」
聞き返した実季子に、ソフィアが頭を振る。
「いいえ。ミキコさまは、陛下のお客様ですので、陛下とは踊っていただきます。
もっと早くに、陛下の時間が取れる手はずだったのですが、どうしても4大公家との協議会の準備に追われてお時間が取れなかったようで。
ギリギリになってしまいましたが、午後はみっちり練習して頂きます」
鼻息荒くソフィアに言われて、実季子はゲンナリした。
また上手く踊れないのに
しかも、アルカスと実季子の身長差は、50センチ近くあるのだ。
全く上手く踊れる気がしない。
けれど、ここ数日は、アルカスが忙しすぎて、一緒に食事も取れず、城の中で4大公や大勢の部下達に囲まれて歩いているのを遠目に眺めるだけで、挨拶さえもしていない。
会えるのは久しぶりだ。
何だか心の中がフワフワして、知らずニマニマと笑ってしまった。
「ミキコ、変わりないか?なかなか時間が取れず、ほったらかしにしてしまったな」
ダンスの練習は、ピアノ室で行うと言われて、ソフィアに付き従われて待っていると、ノックもなしに扉をバーンと開けてアルカスが入ってきた。
「陛下、お忙しいのに、ありがとう御座います」
建国祭に向けて、毎日、毎日、今まで使ったことがない筋肉ばかりを使って、カーテシーの練習をさせられている実季子は、なかなか様になってきたお辞儀をチョコンとする。
「ダンスはしなくても良いと言ったが、そうもいかないらしい。私にはパートナーがいないのでな。
ファーストダンスを踊る相手が必要なんだ。だから、ミキコに付き合って欲しい」
なる程
皇帝なのだから、ファーストダンスは踊らなければならないのか
しかし、ファーストダンスって一体何の罰ゲームなんだ……
よりにも寄って一番目だつ最初のダンス……
と、思う反面、パートナーがいないから実季子と踊りたいと言ってくれるのが、嬉しい。
50センチちかくある身長差を少しでも埋めるために、10センチのハイヒールの靴を履いている。
絶対に転ぶと言って、履くのを渋った実季子に、ソフィアは、断言した。
「大丈夫で御座います。
ミキコさまが陛下のおそばを離れない限り、ミキコさまが転ぶというようなことはありません」
仕方が無い、腹をくくるしかないようだ
アルカスは、苦笑いをしながら実季子に手を差し伸べ、腰を抱き寄せた。
「それと、ダンスの練習は口実だ。実は、ミキコに話があった。しかし、簡単に時間がとれないのでな。
まぁ、ダンスは適当に踊っておけば良い」
そう言ったアルカスにソフィアの厳しい声が飛ぶ。
「陛下!」
アルカスは、首をすくめると、実季子に向かって目線を合わせる。
「私と、踊っていただけますか?」
「はい」
実季子が応えると、ピアノがワルツを奏で始める。
踊り始めてみると、10センチヒールも、50センチの身長差も案外どうにかなった。
アルカスのホールドがとても心地良く、安定感があるので踊りやすいのだ。
途中、ターンで何度かふわっと実季子の体が宙に浮いたが、何だかそれさえも楽しかった。
気が付いたら、ケラケラ笑ってた。
踊りながら、こんな風に笑うなんてマナー違反なんだろうけど、楽しいのだ。
ダンスが。アルカスと、踊ることが。
そうして、続けて6曲も踊って、高いヒールを履いた足が、そろそろ痛いと自己主張し始める。
後で、ソフィアに靴にクッションを入れて貰おう……
「ミキコ、とても上手だった。
ダンスの講師から報告は受けていたが、ステップは完璧だな。
ただ、その靴は足に合っていないだろう?大丈夫か?」
アルカスは実季子をソファに座らせると、跪いて実季子の靴を脱がし、ソフィアが用意していた部屋履きの靴に変えてくれる。
「私達は身長差があるからな。無理をさせてしまっているな」
そう言うと、実季子の隣に座る。
ソフィアはお茶と焼き菓子を用意すると、さっと部屋を辞した。
いつの間にか、ピアノを弾いてくれていた人もいない。
アルカスは、フーッと、深いため息をつくとソファに深く身を沈める。
「陛下、疲れている?忙しいのでしょう?なのに、私のダンスに付き合って、大丈夫ですか?」
気遣わしげに言いながら、アルカスの顔を見上げると、アルカスの大きな手が、実季子の頬にかかったふわふわ揺れる黒髪を、優しく耳にかけてくれる。
アルカスの手の温もりが耳と頬に当たって、心臓がドキドキ音を立てる。
「そうだな、確かに忙しい。だから、もう少しだけここに居させて欲しい」
アルカスのソファに置いた手の小指が、実季子がソファについていた手の小指に当たる。
カーテンの向こうから、午後の柔らかい日差しが降り注ぎ、少し開かれた掃き出し窓から、そよそよと風が入ってくる。
ダンスでかいた汗が冷やされ、心地良い疲労を感じる。
微かに聞こえるメイド達が廊下を歩く足音も、庭から聞こえる鳥のさえずりも、何も聞こえなくなって、アルカスの呼吸する音だけが規則正しく聞こえるような錯覚に陥る。
「月の乙女の記述が新しく見つかってな」
アルカスの手が当たっている右手が熱い。
「その記述によると、月の乙女が強い力を持つ者に現れる副作用を癒やす儀式をしたと記されている。
儀式によって、強い力を持つ者も、この国の人狼達も幸せになったと。
ただ、その儀式を何度行ったのか、何処で行われたのか、どんな内容だったのか……。
儀式の後、月の乙女は如何したのか?何も書かれていないのだ。
何せ、この国に残っている文献や資料は膨大だからな。
現在は、私とシメオンだけで探しているから、中々思うように進まない」
実季子は、驚いた。
この国は、800年前に帝国となる以前から、ペラスギア家よる自治がなされていたそうで、その歴史は資料が残されていないためハッキリとは分からないと歴史の講師も言っていた。
が、文献や資料が残っている分だけでも膨大な量のはずだ。
それをたった二人で調べていた?
しかも、この国で1番と2番目に忙しい二人で?
無謀すぎる
幾ら人狼族の体力が底なしだからと言っても、何事にも限度というものがあるはずだ
アルカスは、実季子が一言も返さないのを不審に思ったのか、上体を傾げて顔を覗き込んできた。
「陛下、それって、幾ら国の機密事項が含まれるからって二人だけでしか出来ないこのなのですか?
私は一緒に探してはいけませんか?勿論、機密事項が含まれている資料には触れないと約束します。
このままでは、お二人とも倒れてしまうのではないかと心配です」
眉根を寄せて見上げる実季子の顔を見て、アルカスの左腕が、実季子の右腕にくっついた。
「そうだな……。考えておく」
頭の右上でモゴモゴしゃべっている、アルカスの吐息が聞こえる。
実季子の心臓の音が、アルカスの左半身を伝って聞こえてしまうんじゃないかと、実季子は余計にドキドキした。
お読みいただき、有難うございます。
パートナーと踊るダンスなんて踊ったことがないので、身長差がどのくらいだと、どんな感じなのかが分からず、調べまくりましたが、結局よくわからないまま……
しかし、どうしても実季子とアルカスは身長差がある設定にしたかったので、強引に書いてます。
辻褄が合わなかったりするんでしょうが、お許しください。
まだ、お話は続きますが、よろしくお付き合いください。




