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森の匂い 〜月の乙女の謎と、逆魔術の呪い〜  作者: 静寂
第5章 建国祭
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タブラの城下3

 レストランは、大通りから少し奥まったところにあった。

 入り口に入るよりも先に、風が実季子の体を包むように、薔薇の柔らかい香りを運んでくる。

 その香りの元であろう薔薇のアーチをくぐると、小規模だが趣味の良い可愛い前庭が現れる。

 煉瓦敷きの小道の先にポーチがあり、飴色の重そうな扉に続いている。

 左右対称に配された腰高窓は、扉と同じ飴色の建具が、ベージュの煉瓦の壁にアクセントを添えていて印象的だ。

 ここの建物も玄関の両サイドに薔薇の蔦が絡み玄関ポーチの雨除けの庇の上まで伸びていた。

 庭にはミントやセージ、ローズマリー等のハーブが植えられており、清涼な空気を作っている。

 大きく息を吸うと、体の中にハーブの香りの空気が入ってきて清々しい気分になる。

 実季子は、アルカスの方を見て、微笑んだ。

「気持ちが良いね」

 アルカスは、自分の腕に絡ませている実季子の手を、ポンポンと軽く叩いて返事をした。


 アルカスが、重い扉の前に立つと、内側から扉が開かれ、支配人がにこやかに出迎えてくれる。

「ようこそお越し下さいました。お庭はご堪能頂けましたか?

 お席にご案内致しますので、此方にどうぞ」

 彼も、人狼族ではないのだろうか?

 元は、栗色だったのだろうか?白い毛が交じり灰白色に見える髪を丁寧に後ろになでつけた壮年の男性は、奥の部屋の扉を開けて、実季子達を個室に通した。


 大きな掃き出し窓から主庭が眺められる席に着くと、支配人は、実季子に訪ねた。

「お嬢様は、お腹は空いていらっしゃいますか?

 当店は、デセールもとても好評を頂いておりまして、本日はソルベやジュレの盛り合わせや季節のフルーツをふんだんに使ったケーキ、焼き菓子などもご用意して御座います。

 デセールを召し上がるために、お食事の量を調整することも出来ますが、如何なさいますか?」

「良い。ミキコが食べられないなら、私が食べる。問題ない」

 気持ちが良いほどキッパリとアルカスが答える。

 一瞬、時間が止まったような気がしないでもないが、実季子の勘違いだったか、支配人はまたもや上品に微笑むと、丁寧に礼をする。

「畏まりまして御座います。直ぐにご用意いたします」


 料理は、とっても、とっても美味しかった。

 デセールも、シャーベットに、ジュレ、フルーツのケーキ、マカロンみたいなコロンとしてサクサクの焼き菓子がこれでもかと出てきた。

 アルカスは、相変わらず実季子の3倍くらいの量をペロリと平らげ、更に、実季子がお腹いっぱいで食べられない様子なのを見ると、実季子の分までパクパク食べた。


 これだけの量をこの短時間で食べるのに、所作はとっても上品ってどうしてなんだろう?


「ミキコは、剣術や武術を何処で習ったのだ?」

 食後のお茶を飲みながら、アルカスが、実季子に尋ねる。

「うちは、実家が剣術や武術を教える場所を営んでいるんです。

 父が剣術を。3人いる一番上の兄が、武術を教えています。

 下の2人の兄も、幼い頃から鍛錬を重ねていたので、2番目の兄は仕事をしている組織(会社)と(スポンサー)契約を結んで、大きな大会オリンピックの出場者候補(強化選手)になってます。

 3番目の兄は、自警団?警備隊?(警察)に所属しています。スッゴく強いので、力を使う危ない事件にばかり回されていると聞いてて、心配しているんですよねぇ……」

 そう話しながらも、家族のことを思い出して、クスクス笑いが溢れる。

「そうか。ミキコの家族は仲が良いのだな」

「エラトス殿下は、弟君ですよね?他にご兄弟はいらっしゃらないのですか?お父様やお母様は?」

 そう質問した実季子に、アルカスは淡々と答えた。

「兄弟は、エラトス一人だ。母は、私が7つになる前に亡くなった。病気だった。

 父は、先の大戦で毒矢を受けてな。今は、離宮で治療を受けて入るが、もうベッドからは起き上がれない」

 何でもないことのように言うアルカスが、返って悲しげに見えて、実季子は飲んでいたティーカップを降ろすと、大きなアルカスの手をキュッと握った。

 フッと息を吐くような、気配がしてアルカスの顔を見上げると、苦いような顔でアルカスが笑っていた。

「良いのだ。王族とは、国を守るために存在する。

 戦で傷を負い、それによって命がつきるのもまた、定めなのだ」

 そして、一つ息をついて、続ける。


「それよりも、イリニの件では、すまなかった。

 あの時私は、イリニが犯人でないことは分かっていたが、刑を回避するには、多くの根回しが必要で、それをするために百戦錬磨の狸どもを相手にするのに躊躇した。

 そのため、対応が遅れ、気が付いたときにはイリニの処刑が決まってしまっていたのだ。

 決定された刑を覆すのは、皇帝として法を破ることに等しい。

 悩んでいるところを、ミキコに指摘されて、返す言葉もなかった。全く情けの無いことだと思う」

 更に握っている手に力を込めた実季子の手を、剣だこの出来た硬い親指で触れながら、アルカスが謝罪してくる。

 実季子は、頭をぶんぶん降って否定した。

 黒い天然の巻毛が宙をふわふわ舞っているようだ。

「私こそ!……私の方こそ、陛下はちゃんと分かってくれてて、でも、陛下自身が動くのは簡単なことではないことくらい理解していたのに、あんなに責めるように生意気なことを言って。

 しかも、皆の前で詰ってしまって、凄く、凄く、後悔しているんです。本当に、ごめんなさい」

 握っている実季子の手を大きな手が握り混んだ。

「私を相手に、ひるむこともなく声高に正しいことを主張するミキコは、とても輝いて見えた」

 実季子を見つめる目は、ほんの少し目尻を下げ、緩く顔をほころばせる。


 レストランを出て、馬車を止めた場所まで大通りを二人で歩く。

 通りは、煉瓦で舗装され、噴水がある広場には子供達が集まって遊んでいる。

 路面で店を構えている商店の他に、お菓子や軽食の屋台も出ていて活気がある。

 行き交う人々は、笑顔で幸せそうで、この人達の生活を、アルカスは守っているんだなと実季子は感じた。

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