タブラの城下2
アルカスにエスコートされて馬車を降りると、お店の前だった。
ミントグリーンの扉に、窓枠もミントグリーン。
壁は、薄茶けた煉瓦を積んであり、扉の上には、同じくミントグリーンの庇がつけられている。
その上に外灯と看板が出ていた。
針とハサミがクロスされた意匠で、 “マリナ ドレス“と書かれてある。
扉と窓の間には野薔薇が植えられてあり、壁を伝って庇の上にも伸びていて、白い花が芳しい香りを放ちながら咲いている。
扉を開けるとチリンチリンと、澄んだベルの音色が鳴り、奥からメジャーを首に提げた若い女性が出てくる。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。奥のお部屋にどうぞ」
彼女は頭を下げると、店の奥に案内してくれた。
「マダムが参りますまで、お掛けになってお待ちください」
ソファを進めてくれた彼女は、礼をすると下がった。
若い女性と入れ替わりに、栗毛の少々恰幅の良い女性が入ってきた。
身長は、160センチほどで、40歳位にみえる。
久々に目線が合う人に会って、実季子は親近感を抱いた。
「お待たせ致しました。陛下、お久しぶりで御座います。
わざわざ足をお運び下さり、ありがとう御座います。」
彼女はサッとスカートの裾を摘まみ礼を取ると、実季子に向かってニコニコと笑いかけた。
「まぁ、此方が今まで城にドレスをお届けしていたお嬢様ですね。
陛下は、お嬢様には会わせてくださらないし、でもドレスは作って届けろと言うしで、今までかなり難儀しておりましたのよ。
お会いできて、とても嬉しゅうございます。
これで、想像しながらドレスを作るなんて難題から解放されますわ」
彼女は、チラリとアルカスに目をやりながらそう言うと、カラカラと豪快に笑った。
「マリナ、そう言うな」
アルカスは、眉をひそめながら嫌そうにマダムを見る。
「お初にお目にかかります。私、マリナ・アンドレと申します。
私は、人狼ではなくて人間なんですのよ。ですから、背が低いでしょう?
うちのお店はドレスだけで無くて、ジュエリー等の宝飾品も取り扱って御座いますの。
後でご覧に入れますわね。
さぁ、先ずは採寸から始めましょう」
陽気に喋りながら、部屋の奥に実季子を促すと、サァーっとカーテンを引いて間仕切りをする。
着ている服を脱ぐように促され、下着姿になるとマダムのお針子達がやってきて、流れるように作業を始める。
頭囲から始まり、足の長さや幅まで体の至る所を図られ、正直それだけで結構疲れた。
既製服しか着たことのない実季子には、服を仕立てると言うことがピンと来ないのだ。
やっと採寸が終わってノロノロとアンダードレスを着ていると、アシスタントの女性が飲み物を持ってきてくれた。
冷たいハーブティーだ。
何だか、のぼせそうだったので有難くゴクゴク頂いた。
そのまま、着付けを手伝って貰いドレスを着終わってカーテンの間仕切りから出て行くと、アルカスとマリナがドレスのラフ画を見ながら真剣に話し込んでいる。
「ミキコ、此方に来てご覧。
建国祭のドレスの他にも、ミキコが欲しいドレスを作ろう。ミキコは、どんなデザインが良い?」
実季子を認めると、アルカスが手招きした。
「陛下、ドレスは沢山ありますから、建国祭の折に着る分だけで構いません。
私には、充分すぎるほどの量です」
実季子が、眉尻を下げながら答える。
「あら、今までの物は全て私の想像で作った物ですから、引き上げさせていただきますわ。
仕方が無かったこととは言え、お客様にキチンと合った物を着て頂かないと、店の名折れですからね。
大丈夫。
引き上げた後のドレスは、リメイクしてうちのアシスタント達に払い下げたり、孤児院の子供達に寄付したりしますからね。
無駄になったりしないんですのよ」
マリナにそう言われて、実季子は渋々アルカスの横に座りデザイン画を眺めた。
マリナのデザインするドレスは素晴らしかった。
これから暑くなる夏に向けて、何枚も重ね着するのではなく、アンダードレスとオーバードレスが一体になっている物や、袖が肩から何枚もの布を重ねて花びらのようになっているデザインの物もあった。
「ミキコさま、ドレスを着るにあたってご要望はありますか?」
マリナがそう訪ねてくれたので、困っていることを正直に答える。
「裳裾を裁くのが大変です。
正直、今まで余り裾の長い服を着ていなかったので、上手く裁くことが出来ないんです。
後、コルセットも窮屈で苦手です。
私は、今まで胸のアンダーウェアは、こんな感じの物を付けていたんです」
実季子は、ラフ画を描いている紙を一枚貰うと、簡単にブラジャーの絵を描いて見せた。
暫くその絵を見ていたマリナは、1つ頷くと、実季子に質問した。
「これは、後ろはどのように止めますか?」
「ホックと言って、金具を曲げて片方が引っかけるようになっていて、もう片方の穴に引っかけて止めます」
マリナは、ウンウン頷く。
「良さそうですね。上手くいくと、他の女性も欲しがるかも」
ニンマリ笑った彼女の笑顔は、なぜか怖かった。
「正式な場でのドレスは、決まり事が沢山あるので、それに乗っ取って作られます。
なので、あまり冒険が出来ないのですが、普段お召しになるドレスは、ミキコさまが着やすいように工夫いたしましょう。
裾は、何枚かの薄い生地を八重の花びらが重なるように合わせてスカート部分を作れば、長さがあっても裾捌きがしやすくなりますので、歩きやすくなるかと思います。
また、コルセットを締めなくとも、お胸の部分に生地を重ねて、胴部分のみが体にフィットするようなデザインにしてみましょう。
ミキコさまが先程仰っていたアンダーウェアも作ってみますので、出来たら御意見をお聞かせくださいな」
自分の意見を聞いて貰えて、工夫してみると言って貰えて、実季子は安心して何度も頷き返した。
「では、ドレスの生地をお選びください」
そう言われて、実季子は固まってしまう。
服を仕立てたことなど無い実季子には、生地を選ぶのは難易度が高い。
それを察したマリナが、
「ミキコさまが、好きだなと思う生地を幾つでもお選び頂ければ、私がドレスのデザインに合った物をその中から選ぶことに致しましょう。
あまり、ここで時間をかけては、陛下との時間が無くなりますものね」
と、上手く誘導してくれた。
実季子は、またコクコク頷くと、生地見本を見せて貰い、コレが好きだ、あれが可愛いと、指を指して、それをアシスタントの女性達が横でチェックする。
テーブルいっぱいに並べられていたデザイン画と生地見本をササーッと片付けると、最後に、ブルーのベルベットが張られた四角い収納ケースにいっぱいに並べられたジュエリーが持ってこられた。
「ミキコ、欲しい物はあるか?幾つでも貰おう」
実季子は、アルカスを、 は? と怪訝な顔で見た。
何を言っちゃってるんだろう?
欲しい物?幾つでも??
いかん、サッパリ理解しかねる
実季子の頭の中を覗いたわけではないだろうが、マリナがジュエリーの中でも派手でキラキラしい物をササッと別のボックスに入れて、アシスタントに下げさせる。
そして、可愛らしくて、控えめなデザインの物を実季子の手前に並べた。
「ミキコさま、ミキコさまは陛下のお客様なのですから、何か指輪を右手の薬指にしておくと良いですわ。
この国では、右手の薬指に指輪をするのは、番にはなっていないけれど、決まった相手がいる証になります。
他にも、他国から招いたお客様は、招いた家の正式な客人であると言う証にも使われます。
家の者や、関係のある者達にも、丁重に扱われ、持てなされる、また、そうされていると言う証なのですわ」
マリナは、そう言うと実季子の前に、指輪を出してきた。
金の台座には、蔦の意匠がされており、無数の青いスターが見られる珍しいグレーのスターサファイアのカボションの石を中央に、石を取り囲むようにミル打ちがされ、石の両サイドには、小さなオレンジダイヤモンドが止まっている意匠の物だ。
「きれい……」
思わず実季子の口から、言葉が漏れる。
オレンジのダイヤモンドは、アルカスの瞳のように輝き、青いスターが入ったグレーのスターサファイアは、朝方馬車に乗るときに見た青白く輝くアルカスの髪のように見えた。
アルカスがその指輪をサッと取って、実季子の右手にはめると、目を細めてその行動を見ていたマリナが更にネックレスも出してきた。
「其方の指輪と対になっている物ですわ」
「では、それも貰おう」
トップが蔦のようになっていて、葉の部分にスターサファイアが填まっている。
一番上の葉の先端にオレンジダイヤモンドがついていて、金の鎖が通っている意匠だ。
言葉を発する間も無く、そのネックレスもアルカスがジュエリーケースからサッと取る。
「ミキコ、つけてあげよう。後ろを向いて。」
有無を言わさずつけられた。
「あっ……?えっと……」
なんて言ったら良いのか、言葉が出ないでいると、
「ミキコさま、陛下には、御礼を申し上げれば良いのですよ。」
と、マリナに言われ、
「あの……陛下、ありがとう……御座います……?」
と、御礼のようなものを述べる。
それを聞くと、実季子に贈った物を外されては困るとばかりに、アルカスはさっさと立ち上がって、実季子の手を取ると、さっさと店の扉に向かった。
「では、後はよろしく頼む」
「陛下、畏まりまして御座います」
マリナが深々と淑女の礼を取ったのを横目でチラリと見ると、実季子を伴って店を出た。
「あの……陛下。やっぱりジュエリーだなんて、私には分不相応です。マリナさんに、お返ししてきます」
ボンヤリされるがままになっていた実季子が、店を出ると目が覚めたようになった。
焦ってアルカスの手に縋るようにして言い募ったが、時既に遅しだ。
「ミキコ、ペラスギア家が1度買った物を返すなど、あってはならないことだ。
それに、私の資産はその程度で無くなったりしない。
寧ろ、金を使うことによって経済が回るのだから良いのだ」
アルカスに断言されて、眉をハの字にした実季子は、涙目になった。
「ミキコ、それよりもここから少し歩いて、昼食をとりに参ろう。
その店は、甘味も旨いらしいから、昼食をとった後、ミキコが食べれそうなら、甘味も注文すると良い」
甘味と聞いて、パッと表情の明るくなった実季子の手をポンポンと叩くと、そのまま通りを南下して店に向かうことにする。
勿論、護衛付きである。
が、お忍びの体を取っているので、近衛達も皆、制服を脱いで一般の市井の人と同じような格好をしている。実季子の見知った顔も何人かいたし、護衛の中には女性もいるようだ。
「ねぇねぇ、陛下。護衛の人の中には、女性も居るんですね」
大きな声で言っては、わざわざ変装してくれている護衛達がばれてはいけないので、小声でコソコソとアルカスに耳打ちする。
身長差があるので、実季子は、一生懸命背伸びして、アルカスは実季子に向かって体を傾けて腰をおとしてやっと内緒話が出来るのだが、その姿は傍目にはとても仲睦まじく見えるのだった。




