ヴェーレーの街
アルカスが実季子に今後の説明をした二日後には、ガレーネーの街を発って、アッティーハーのヴェーレーに向かう馬車に乗り込むことになった。
本来ならば、アルカスは騎馬で向かうそうなのだが、今回は実季子と馬車に乗って移動するようだ。
昨日の今日で?と、驚いたけれど、ウピロスに集まっていた各領地から集まっていた軍隊は、ラウル公国に参戦の打診をした時点で徐々に移動していたそうだ。
ウピロス領ガレーネーの街から、アッティーハーのヴェーレーの街までは、馬車で三日半ほど。
タブラから連れてきていた軍隊もかなりの数が既にアッティーハーに入っており、護衛を含めた少人数でのためスムーズに移動が出来るようだ。
アッティーハーに入っている軍の幾つかは、ラキア領との領境でプレギアース軍の侵攻を止めている。
ラキアを占領された当初、勢いのあったプレギアース軍が、そのままアッティーハーに侵攻してくるのを食い止めるのに、アッティーハーの先住民族である森の民が、土と植物の魔術を使い、防御壁を築いて足止めをしていた。
最初は、限られた人数での防衛に悪戦苦闘気味だったらしいが、アルカスが兵を向けてからは楽になったようだ。
今では、できる限り東側にプレギアース兵を留めおくため、適度に力を抜きつつ、のらりくらりと躱していると報告が上がってきている。
実季子達が、アッティーハー領のヴェーレーの街に入ったのは、日も高くなった昼過ぎのことだ。
アッティーハー領は、ペラスギア帝国の北側に位置する領地で、4領地の中でも一番面積は広いが大部分を森と湖、川などの自然が占めているため、古からこの地に住う森の民の他は、ヴェーレーの街やその周辺に人口の3分の1以上が住んでいる。
林業や養蚕業、またその二次産業である建築業や家具製作、織物や染色が盛んで、その技術も高いため、ペラスギア帝国内だけでなく、周辺諸国からも需要が高い。
先住民族である森の民は、そのほとんどが林業に従事し、ユニオン(組合)を作って森の木の伐採や植樹も管理して森を育てている。
そのため建築業者や家具製作者などは、ユニオンから木材を買うことになる。
森の民は、土や植物を操る魔術に長けており、成人(15歳)を迎えると心臓の上から左手に向かって左上半身に蔦のタトゥーが入れられ、タトゥーよって、詠唱なしで魔術を繰り出すことが出来る血筋である。
大公家にもこの血筋は受け継がれており、大公家の人間も幼少時から森の民の集落に赴き、魔術の訓練を受ける。
彼らは、いくつもの部族に分かれていて、その魔術は部族ごとに細かく異なり、魔術の使い方や伝承方法も秘匿とされている。
森の奥深くに集落を構え、場所は地下や、高い木の上、滝の裏や、深い洞窟の中など多岐に渡る。
また、道はなく濃い霧が常に辺りを覆っているため、部外者は行き着けず、彼らの集落には、その部族の森の民しか入れないと言われている。
かなり神秘的な土地柄だが、ヴェーレーの街やその周辺は、比較的開けている。
木材を加工する加工所や、家具を制作する工房、機織りや染色の工房などや立ち並び、木を切ったり削る音、機を織る規則的な音などが聞こえてきて、賑やかだ。
街の中心に入ると、作られた家具や、端材で作られた木工細工を売る店、織られた反物や染められた生地、またそれらで作られた小物などを売る店が軒を連ねている。
あまり、戦の殺伐とした雰囲気はこの街には伝わってきていないようだ。
実季子は店の様子を馬車の窓越しにキョロキョロ眺めた。
マリイも興味深そうに、実季子の周りをふわふわ浮遊しながら、窓から外を眺めている。
「ミキコ。気になるなら、どこかで時間をとって出かけるか?」
窓に齧り付いている実季子を、微笑ましそうに眺めながら、アルカスが声をかけた。
「え?でも、プレギアースとの戦は?アルカスは忙しいんじゃないの?」
「そうだな。執務は相変わらず山のようになってるし、何より戦の指揮を取らねければならないが、ここまで来れば後は決まった通りにことを運んで、その通りにならなければ臨機応変にやるしかないからな。
大切な私の番のために少しの時間くらいならば都合するさ」
そう言って、優しく実季子の頬を撫でる。
そうしながらもアルカスは、ずっと気になって頭の片隅から離れないことを考えていた。
ずっと、そのことを考えている。
何故なのか?分からない。
プレギアースは、なぜ攻め入ってきたか?
それが分からないのだ。
影と呼ばれる一級の諜報員達も投入して調べさせているが、なかなか有効な情報が得られない。
カラノス叔父が手を貸してラキアに簡単に攻め入れたとしても、その後それまでと同様に、簡単に事が運んだりはしないことくらいは、プレギアース側も承知のはずだ。
我が帝国は、キリル大陸でも類を見ない大帝国だ。
簡単に攻略できるなどと思ってはいまい。
ならば、何か秘策があるはずだ。
それが何なのかが分からないのだ……




