第40話 大義名分
第40話です。
「……その話は終わったはずだぞ、ドクトラよ」
「いいえ、終わっておりません。いつまでも申し上げまする」
「くどい!」
ドクトラの真剣な眼差しに顔を背ける国王を見て会議室の面々は全員同じ推測をした。これまでしつこくドクトラにこの戦争の正当性を問われてきたことがハンニル2世の態度で窺える。
「よいか、もうその話をするでない!……余の気分を害してそんな楽しいか?」
「そのようなことを仰られるのは甚だ心外です……!」
不敬極まりない目線でハンニル2世を射抜くドクトラに対して、大貴族達は物珍しく、国王の犬であるペテロは忌々しく眺めた。
「まぁまぁ、ドクトラ海軍本部長。陛下がお決め遊ばされたことに、臣下たる我々が口を出す所はござらん。控えられよ」
険悪な雰囲気を全身で感じたギュースがこれ以上の関係悪化を防ごうと2人の間に割って入り、カートも相槌を打ってなんとか空気を元に戻そうと働いた。
「……ドクトラよ。最後の警告だ。もう余に申すでない。分かったな?」
「……は」
怒りが爆発寸前の顔を隠そうともしない大胆な海軍本部長を見ていたレーネンスキー伯爵は、後の家族団欒の際にこう話していたという。
「あの時ほどハラハラドキドキした事はない。自領が焼き払われたリンドーの時と比べてもあれに勝る緊張感は無かった」
ちなみにその発言は長男の好評を博し、次男からは1週間口を聞いてもらえなかったことは言うまでもない。
「では、改めて会議を再開して頂こうか。……内務大臣殿」
「なにッ!?」
突然のスヴェーロフ侯爵による内務大臣指名は、当然プライドの高いペテロの怒りを買った。
「何を驚かれる。そもそも軍務大臣とはいえ、席次では内務大臣の下であろう。それを差し置いてしゃしゃり出るのは、序列を重んじる我々貴族からすれば不適当と思ったまで」
後半部分を先程喧嘩を繰り広げた2人の大貴族に向けながらゆっくりと話したスヴェーロフに、未だ40代のペテロが太刀打ち出来るはずもなくすごすごと引き下がる。
感謝の表情を顔いっぱいに表した内務大臣ドウルス・ド・チェンは意気揚々と会議の進行役も引き受けた。
「まず、現在の内政状況ですが───」
〈海軍本部長執務室〉
「やってられんわ!」
ドン!と物々しく壁を叩いたドクトラはそのまま力無く椅子に座り込む。
今まで仕えてきた主君にあのようなことを言われてはこうなるのも無理はない。ドクトラを心配して付いてきたギュースとカートの2人は目を合わせてそう思った。
「それにしてもドクトラ元帥があそこまで怒られるのは珍しい。……やはり、甥御のことが…」
恐る恐るカートが探ると、手を組んでこれに額を預けていた海軍本部長が重い頭を上げた。
「確かにわしは滅多に怒りません。しかし、開戦以来ずっと軍務に口出しする陛下と軍務大臣に耐えられず、さらには我が甥までもが心を病んでしもうた……」
目に涙を浮かべたドクトラは鼻も啜りながら話を続けた。
「この前、アンカーに会いに行ったのです。そしたらあの子はすっかり別人になっておりました…」
「と、言うと?」
親友のギュースがドクトラの背中をさすって続きを促す。
「アンカーは、部屋に閉じこもってずぅっと本ばかり読んでおるのです。しかも話しかけてもほとんど反応せず、体も元々痩せていたのに今では頬もすっかり痩けてしまっている。自宅療養になってから僅か2週間ちょっとだというのに…!」
愛する甥が変わってしまい、軍務に口出しをする上司によってストレスが溜まってしまったドクトラは年甲斐もなく大泣きした。
「何の為に戦争をする!我が甥をあんなにした戦争は大嫌いだ!貴族と閣僚の政権争いの為の戦争なぞ大っ嫌いだ!!…戦争は、人を変えてしまうッ!!!」
20年前の第1次オストメニア大戦で功績を打ち立てたドクトラがこの様に言ってしまうあたり、相当堪えているらしい。
この既に憔悴しきっているドクトラに先程の会議が追い討ちをかけた。
あのスヴェーロフの一言から会議は滞りなく進行するかと思いきや、ハンニル2世がペテロの援護射撃を開始したのだ。
権力と地位を傘にする国王と軍務大臣、再燃する貴族間の利権戦争、進まない会議。ドクトラは改めて絶望した。
国にも、貴族にも、今後の戦況にも。
そしてこの不毛な会議から4ヶ月が経過した。陸の戦線はほぼ動かずにいたが、海で大きな動きが起こった。
“スカリー海軍出航を確認”
ハンニル2世ってなんでこんなんなんだろう()




