第21話 失われたもの
第21話です。
〈軍務省外〉
アンカーは中将という高級将官とはとても思えない泣き顔をしなが走り、入り口の衛兵に不審そうに凝視されても構わずに軍務省を飛び出した。
「待てッ!アンカー!」
後ろからドクトラの怒声が追い風に乗って聞こえた気がしたがそれさえも無視してヴェントリア軍港に向かった。
直線距離はそれなりにあったがいつどこの厩舎で乗ったのか分からない軍馬のおかげで目的地に着くことが出来た時、アンカーは正気を取り戻した。
「クソッ!クソッ!クソッタレェ!!」
忙しく働く人員達の中を走り抜け、自室に飛び込んだアンカーは嗚咽を殺しきれずにボタボタと涙を流した。
「ナラァ…!」
ベッドのシーツを鷲掴みにして大声で泣いたアンカーの心が、だんだんと掴んでいるものの真反対の色に染まっていく。
「ぶっ潰してやる…皇国の奴ら…全部、全員!ぶっ殺してやる!!!」
〈軍務省〉
「愚甥がご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありません!!」
「全くだ!共和国側との大事な会食時にあんなことをされては!あちらには私から謝罪しておく…奴に1週間の謹慎を通達せよ、海軍本部長」
「…わかりました。失礼します」
軍務大臣室のドアを閉めた途端、ドクトラは深々とため息をついた。
まさかあそこまで荒れるとは思わなかったが、親友を失う気持ちはわからんでもないと同情してしまう。
「何にせよ、わしの仕事をせねばな…」
初老の本部長は光り輝く頭をかきながら執務室へと足を向けた。
アンカーはその後1週間の謹慎を命ぜられた。
4月22日。
この騒動があった頃、宣戦布告をしてきたスカリー帝国陸軍とルンテシュタット王立陸軍がカーリス半島西部、ツンディラヤ山脈前で交戦を開始した。
前大戦終了時に架けられた「平和大橋」という名の橋から帝国軍が侵攻してきたのだ。
本来その付近は非武装地域だったのだが帝国軍はこれを無視し、油断していた直近の王立陸軍のバーバラ基地に攻撃を仕掛け、これを奪取した。
非武装地域を通過するという前代未聞の作戦行動にルンテ側は激しく非難したがスカリー側からすれば「あんな理由で戦争を起こす国に言われたくない」の一言に尽きた。
結局、うだうだしていても何も状況は好転しないので王立陸軍は慌てて防衛態勢と反撃の準備に取り掛かり、やがてこの件は暗闇の中へと消え、ルンテは当初の予定通り海は帝国と皇国の枢軸、陸は帝国と戦うこととなった。
さて、奪取されたバーバラ基地というのは半島の入り口でありスカリー帝国からすれば橋頭堡になり得る存在であった。
帝国の足掛かりとなるのを懸念していた陸軍本部長カート元帥は基地司令であるカーラザッハ少将へ大いに警告文を発していたが、彼はこれをほぼ無視。
カーラザッハはまさか帝国陸軍が非武装地域を通過してくるとは夢にも思わなかった様で、深夜に侵攻してきた敵に対してろくな反撃を行わず、己のみスタコラサッサと逃げ出したのだ。
これを聞いたカートは大激怒し血圧が急上昇したので一時病院送りとなった。
そして後日、搬送先の病院から軍法会議を待たずして即刻処刑がカーラザッハに申し渡された。
彼は半島北部の重要拠点タラザ基地に逃げこんだ矢先の命令に絶望したが、有無を言わさず射殺された。
貴族であろうと失敗した者には容赦なく鉄槌を下すのがルンテシュタット王国という国だが、今回は特に酷かったので薬殺ではなく射殺が採用された。
この不名誉な1件を片付けたカートは退院後、タラザ基地司令ザンザス少将に至急防衛態勢を整えさせ、援軍として半島方面軍第3軍を派遣した。
これに対しスカリー帝国も奪取した橋頭堡を有効活用すべくバーバラ基地の修繕、改装を行い、「平和大橋」を通して輸送物資、軍隊を送った。
結果、両軍の兵力はどんどん膨れ上がり王立陸軍7万、帝国陸軍11万という軍勢になり、一触即発となったが実はこれがカートには秘策があったのだ。
〈陸軍本部長執務室〉
4月23日。
「両軍合わせて約20万の兵力が集結しましたが、元帥閣下には何か良策があるそうで…」
カートがにやにや顔で副官の顔を上目で見るが、あの件以来怒り心頭だった元帥が昨日あたりからやけに機嫌が良くなった。
昨日と言えば首脳参謀本部長ギュース元帥と海軍本部長ドクトラ元帥を交えて小1時間ほど話し込んでいた。
何やら名案でも思いついたのだろうか。
そう副官が思案しているといつの間にやら何処かの地図を机の上に広げている。
「閣下?それはもしや…」
「そう。平和大橋付近の地図だ」
「?」
半島北部の地図なら分かるが何故完全制圧されている平和大橋なのだ?と顔に書いている副官を見て、カートはより一層笑みを溢しながら赤丸を付ける。
赤丸が示す場所は平和大橋の橋板そのものだった。
「ま、まさか…?」
「そのまさかじゃよ大佐。橋板を木っ端微塵にし、使用不能にさせる!」
「…」
正気かと言いたげな副官を無視してカートは作戦説明を始めだした。
「よいか。まず本土の第2、第5艦隊を半島に移動させ、第6艦隊と交代させる」
「両艦隊が出動するとなると、確かに本土が手薄になります」
「左様。その為に第6艦隊を帰還させるのじゃ。それから第2、第5両艦隊は空母を有する。この艦載機でまず近くのレーヴェン島航空基地を襲撃し敵の注意を艦隊に逸させ、制空権が薄くなった橋を近隣の空軍基地の爆撃機や戦闘機で攻撃し、これを破壊する!」
「質問があります!」
「よろしい!」
「敵艦隊との接敵の可能性は如何でしょう?」
「ドクトラ海軍本部長から出撃許可を頂いた第3潜水戦隊の8隻を哨戒任務に就かせる!敵艦隊がなるべく少ない時に作戦開始じゃ!」
「近隣の空軍基地とは?」
「ギュース首脳参謀本部長より、タラザ基地後方のルーガル空軍基地とその東80キロ地点のガーカルテ空軍基地を使用する許可は下りておる。A-1双発爆撃機、A-2戦略爆撃機、M-2戦闘機を投入する手筈じゃ!」
「実行日は?」
「タラザ基地防衛軍に負担をかけん為にも両艦隊が到着してからすぐに実行じゃ!!!そして橋を落とした後に陸軍の総力を挙げ疲労困憊の敵を叩く!!」
あれ、意外とちゃんと考えられてる…と言う顔に満足気な陸軍本部長は両腕を天に突き上げ
「これで第1級黄金功労勲章獲得じゃあああ!!!」
と既に大喜びしていた。
事実、この作戦が成功すれば帝国軍が補給不足に陥り、一気に戦況が王国側に偏る。
前代未聞の巨橋破壊作戦が始まろうとしている。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
カート元帥いつか高血圧で死にそう(フラグ)




