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4 媚薬騒動

 



 その日、ある夜会に私とライル様は出席した。

 私は少しだけライル様と離れて、友人令嬢と話をしていた。すると――

「パニーラ……」

 苦しそうな様子のライル様が私のもとにいらしたのだ。

「ライル様? どうなさったの? お顔が真っ青ですわ!」

「すまない……」

「ライル様、帰りましょう」

 私は友人令嬢の婚約者の男性に手を貸してもらい、侯爵家の馬車までライル様をお連れした。待機していたライル様の従者と御者が驚く。心配してくれる友人とその婚約者にお礼を言って、私はライル様と一緒に馬車に乗り込み、侯爵家まで付き添った。

 馬車の中でライル様がガタガタ震えて大量の汗をかいている。話が出来る状態ではない。一体どうしたというの? とにかくダールバック侯爵家に着いた。


 ライル様の様子を見たご両親がすぐに使用人に医者の手配を命じられた。お父様が、ライル様の手を握っている私に向かって、

「パニーラ、心配しなくていい。原因は分かってる。またどこかの令嬢に薬を盛られたんだ」

 とおっしゃった。

「薬?」

 何、それ、怖い! 何の薬? どういう事?


「もう夜も遅い。彼女は私が屋敷まで送ります」

 ライル様のご両親と一緒にいたお客様らしい男性がそう言って、私の方を見た。あれ? この人って。

「あの、いつかの夜会でお会いした方ですわよね? 具合の悪い殿方の確か『従兄』だとおっしゃってた……」

「ユーグ・ブラッハーといいます。ライルの従兄ですよ。今日は所用で偶々こちらの屋敷に来てたんです」

「申し遅れました。パニーラ・カッセルでございます」

 慌ててご挨拶をする。

 んん? ライル様の従兄? あれれ? と、いうことは……???

「存じてますよ。パニーラ譲。けれど今の貴女の反応……まさか、ライルのヤツ、貴女に惚れたキッカケを話してないんですか?」

「えっ? もしかして、あの時の殿方がライル様?」

「ホントにライルは、貴女に何も話してないんですね……。とにかくもう時間が遅いので送ります。話の続きはうちの馬車の中で。私も貴女を送って、そのまま自分の屋敷に帰りますから」

「は、はい」

 私はご両親にご挨拶をして帰宅することにした。ライル様に付いていてあげたいけれど、私たちはまだ結婚前だ。こんな時間に長居は出来ない。お父様もお母様も、

「心配要らないからね」

 と私を見送ってくださった。


 馬車の中でユーグ様から話を聞いた。

「媚薬を盛られたんですよ」

「び、媚薬? 令嬢が殿方にそんなことを?」

「とんでもない女がね。いるんだな、これが」

 うわ~。引くわ~。

「以前、夜会で貴女がライルを介抱してくれた時も媚薬を盛られたんです。ライルは、その手の薬がとにかく身体に合わないみたいでね。あの時も今日もだけど、性欲が増すどころか、ただただ苦しむはめになる」

 イケメンって、そんな苦労(危険と言うべきか?)があるのか!? 驚きである。



 ◇◆◇◆◇◆



 話は半年前に遡る。


 夜会に出席していた私は、そろそろ帰る時間だというのにエスコートしてくれたお兄様とはぐれてしまい探していた。

「全く、お兄様ったら、どこに行っちゃったのかしら? はっ? まさかテラスでどこかのご令嬢を口説いてたりして?!」

 そうだったら、今日は来ていないお兄様の婚約者に告げ口してやろうかしら? なーんて考えながら、テラスに行ってみた私。

 テラスの一番端っこの暗がりに誰か蹲っている? んん? 具合が悪いのかしら? まさかお兄様!? 近寄ってみるとお兄様よりも幾分ほっそりしている、まだ若そうな殿方だった。苦しそうに嘔吐している。思わず背中をさする私。

「大丈夫ですか?」

「うぅ……クルシイ……」

 私は背中をさすり続ける。

「全部吐いてしまった方がいいですよ」

「う……ん……」


 そこへ別の男性が現れた。

「ここにいたのか? 大丈夫か?」

「あの、お知り合いの方ですか?」

「そいつの従兄です。申し訳ない。介抱してくれてたんですか?」

「ええ。すみませんが、給仕に水を持って来させてくださいませ」

「ああ、すぐに」

 そして、その男性が水を持ってきてくれた。私は水を受け取ると、蹲っている殿方に声をかけた。

「全部、吐きました? この水で口を漱ぎましょうね」

「う……ん」

 何とか口を漱いだ殿方に、私は自分のハンカチを差し出した。

「どうぞ。お使いください」

「んん……」

 苦しくて、あまり喋れない様子だ。

 従兄だと言った男性が、

「ありがとう。私が連れて帰ります」

 と言って、殿方を抱きかかえるようにして去って行った。



 ◇◆◇◆◇◆



「あの時は暗がりだったし、嘔吐している顔を見られたくないだろうと思って、お顔を見ないようにしていたものですから、どなただったのか全くわかりませんでしたわ」

「アイツは借りたハンカチに家紋と貴女のイニシャルが刺繍されているのを見て、すぐに貴女の身元を知ったんです」

「ああ、なるほど」

「貴女の身元を知って急いで調べて、貴女がまだ誰とも婚約していないことを確かめた時のライルの舞い上がりようといったら……比喩ではなく文字通り小躍りして喜んだんですよ。貴女にも見せたかったな。あはは」

「まぁ……」

 ライル様ったら……可愛い。

「アイツはあの顔だから女性にモテる。でも皆、顔に寄って来ているだけだ。ライルはウンザリしてたんですよ。でも、あの時の貴女はアイツの顔も分からない、家格も分からないのに親切にしてくれたんだって。そりゃあもう大感激してました。あの時のアイツは、何処の誰か分からない顔も分からないただのゲロ吐き男だったはずですからね。貴女は女神のように優しい女性だって、恋に落ちてしまったんですよ」

 女神……ただのお節介女のことをそこまで美化されると、ちょっと困る。でもようやく分かって安心した。美化し過ぎていることはさて置き、ライル様が私に好意を持った理由はちゃんとあったわけだ。そのことに私は安堵した。


「私がライル様に何度お聞ききしても教えて下さらなかったのです。いつ、どうして私を見初められたのですか? って何度も尋ねましたのに」

「ははは、許してやってくださいよ。きっと、女に媚薬なんか盛られてゲーゲー吐いてる時に貴女に出逢って恋しました、なんて格好悪くて言えなかったんですよ」

 う~ん。確かに状況としてはイケメンにあるまじき格好悪い状況ですわね。まさかそんな理由で言えなかったなんて、考えつきませんでしたわ。



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