3 妹の婚約
その後しばらくして、妹のアリスが婚約した。フィルマンとである。
知らされたその夜、私は自室で一人、一晩中泣いた。私は子供の頃からずっとフィルマンが好きだった。でも2年前、15歳の時に同じく15歳だったフィルマンに告白して振られたのだ。その時、彼の事はすっぱり諦めたはずだった。私を振ってからも態度を変えずに接してくれるフィルマンと、その後も幼馴染として付き合ってきた。
いずれ、お互い別の相手と結婚すると分かっていた。分かっていたけれど、まさか妹とだなんて……フィルマンは、昔から妹のことが好きだったのだそうだ。婚約の申し込みの時にフィルマンがそう言ったと、妹が嬉しそうに教えてくれた。妹は、私がフィルマンを好きだったことを知らない。2年前に告白して振られたことも勿論知らない。妹は何も悪くない。ただ、幼馴染から長年の想いを伝えられて婚約をして幸せの絶頂にいるだけ。
「アリスは、フィルマンのこと、好きだったの?」
「う~ん、幼馴染として好きだっただけ。でもあんなに熱烈に口説かれたら、やっぱり男の人として意識するようになって、好きになっちゃったわ」
あっけらかんと答える妹。
ふーん。熱烈に口説かれて……か。
「何を考えてるの?」
「えっ?」
しまった。ライル様とお会いしてるのに、つい……
「い、いえ。何も」
「……そう。妹さんが婚約したんだってね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「あまり嬉しそうじゃないね?」
「いえ、そんなことは」
「お相手はアードラー伯爵家令息だって? 前に夜会で貴女を助けてくれた幼馴染だよね?」
「はい、そうです」
ライル様は、私をじっと見つめた。
夜に一人、自室で考える。
妹に不要なモノを散々押し付けてきた罰が当たったのだわ。今まで、本当のお気に入りは何一つ妹に渡さなかったのに、結局は、私が一番欲しかったフィルマンを奪われてしまった。いいえ、「奪われた」わけではないわね。フィルマンが私のモノだったことなど一度もないのだから……あはは。ダメだ。涙が溢れる。平常心が保てない。
しばらくして、また夜会に出席することになった。
妹は婚約してから初めての参加だ。フィルマンから贈られたドレスを纏う妹。
「アリス。素敵なドレスね。よく似合ってるわ」
「お姉様こそ、ライル様からのドレス、最高級のシルクじゃない。凄いわ」
そう、値段は間違いなく私の頂いたドレスの方が高い。でも……私はフィルマンから贈られたドレスを着たかったな……たった一度でいいから。
お互い、婚約者にエスコートされて会場に入った。
ファーストダンスを踊った後も、ライル様に、
「もう少し踊ろう」
と言われ3曲続けて踊った。その後、近寄って来る令嬢達をいつになく厳しい表情で突き放すライル様。
「私は婚約者と一緒なんだ。控えてくれ」
前回のことがあるから、さすがにフェミニストのライル様もいつもとは違うわね。結局、ライル様は、ずっと私と一緒にいてくださった。良かった。私は面倒事は嫌いなのだ。
時折、妹とフィルマンの姿を遠目に見やる私。二人とも楽しそうね。
誰も悪くないのだ。分かってる。私さえ自分自身のこの醜い気持ちを封じ込めれば……それで済むこと。
「パニーラ。そんなにあいつが好き?」
「えっ?」
ライル様が泣きそうな表情で私を見つめていた。
「何のことでしょう?」
「私はどうしたらいい? 何が欲しい? どうやったら貴女は私を見てくれる?」
「ライル様……」
帰り道。馬車の中で、私は静かに話した。
「フィルマンには2年前にはっきりと振られました。今は彼の事はただの幼馴染としか思っていません」
「本当に? 今は恋愛感情はないのか?」
「ございませんわ。でも、ライル様がどうしても気になるようであれば、婚約を解消してください」
「嫌だ! どうしてそんな酷いことを言うんだ?」
「……」
もう無理だ。ライル様は私の気持ちに気付いてしまった。このまま結婚しても上手くいくはずがない。
そう思ったのだが、翌日から毎日、ライル様から花が届くようになった。
「お姉様、ライル様って本当にお姉様にぞっこんなのね」
妹が私に届いた花を眺めながら羨ましそうに言う。
「そこまで想われる理由が分からないのよ……」
「でも夜会で見初めたっておっしゃるんだから何かあったんじゃないの?」
「全然、心当たりがないのよね~」
ライル様は週に何度も我が家に御出でになるようになり、外出に誘われることも侯爵家に招かれることも多くなった。つまり、私とライル様は最近、実に頻繁に会っているのだ。イケメンが私に夢中? 状況的には幸せなのかしら? でも何だかよく分からない、という気持ちが強い。
「私が貴女を見初めた時の事?」
私が何度聞いても、ライル様は、
「恥ずかしいから」
と教えて下さらないのだ。恥ずかしいって、何だ? 乙女か!?
「私はパニーラを愛してる。それだけではダメかな?」
モテモテのイケメンがどうして私にそこまで好意を寄せるのか納得できないから、私を見初めたという時と状況を教えて欲しいと何度も頼んでるのに……頑なに教えて下さらないライル様。私はますますライル様に対して疑念を深めた。