2 令嬢も鳴かずば撃たれまい
今夜は、婚約後、初めてライル様と二人で夜会に出席する。
我が家まで馬車で迎えに来て下さったライル様。今まで夜会のエスコートはお兄様や既婚の従兄などに頼んでいたから、初の婚約者のエスコートに緊張してしまう。
「パニーラ、綺麗だ。ドレスも良く似合ってる」
そう、このドレスはライル様が贈ってくださった物だ。上質な生地で上品なデザイン。露出は極めて少ない。色はライル様の瞳と同じコバルトブルーである。嬉しそうに私を見つめるライル様。やはり人違い婚約ではなさそうだ……はぁ~。
「ありがとうございます。ライル様もとても素敵ですわ」
ライル様はいつも通り、何をお召しになっても安定のイケメンである。
案の上、会場に入ると周りからの視線が痛い。多くの令嬢が私に敵意剥き出しである。私とライル様の婚約の話は、あっという間に社交界に広まっていた。
「どうしてあの方なのかしら?」
「ライル様に相応しいとはとても思えませんわ」
「一体どんな手を使ったのかしらね?」
わざと聞こえるようにあちこちで囁かれる。
はぁ~、疲れる。私はこういう事が面倒だから、ずっとイケメン避けを通してきたというのに、ライル様のせいで全てが水の泡である。思わず溜息をついてしまった。
「パニーラ。私がついてるから大丈夫だ。そんな顔、しないでくれ」
ライル様が、私の顔を覗き込んでおっしゃる。誰のせいだと思ってんのよ!
な~にが「私がついてるから大丈夫だ」だ! 結局いつものようにたくさんの令嬢に囲まれて身動き取れなくなったライル様。
そして私は今テラスにて、また別の令嬢グループに絶賛絡まれ中である。相手は7人。
「どうやってライル様に近付いたのよ?!」
「覚えがありやせーん」
「貴女なんかライル様に相応しくないわ!」
「そうでげすねー」
「いい気にならないで!」
「へーい」
不毛な会話が続く。これ、いつまで続くのかしら?
そう考えてウンザリしていた時、視界の端にちらと男性の影が見えた。
今だわ! チャ~ンス! 私はドレスの襟元を飾るレースを自分で引き裂き、大声で叫んだ。乱暴された体を装うのは私に絡むと事態を大きくされるということを彼女たちに学習させる為だ。
「キャー! 助けてー! 誰かー!」
急に大声を出した私に、取り囲んでいる令嬢達が怯む。
「どうした?!」
男性が駆け寄って来る。あれ? フィルマンじゃん! それは幼馴染の伯爵家令息フィルマンだった。
「フィルマン! 助けて! この令嬢達が私に乱暴を!」
「何だと! お前ら! 何やってんだ!」
フィルマンの声が恐ろしく低い。令嬢達は我先にと逃げて行った。
「おい、大丈夫か?」
「ありがとう。助かったわ」
「その恰好じゃ会場に戻らない方がいいな。このまま庭を抜けて帰ろう。うちの馬車で送る」
フィルマンは自分の上着を脱いで私に掛けてくれた。襟元のレースが破れているだけなのに……相変わらず優しいのね。
幼馴染のフィルマンに送られて帰って来た私に、両親は大層驚いた。当然よね。私はウソ泣きをしながら、ライル様を慕う令嬢達に乱暴されフィルマンに助けられた顛末を話した。引き裂かれた襟元のレースが動かぬ証拠だ。お父様は怒りに震えている。
「ライル殿は一体、何をやってるんだ! これでは大事なパニーラをとても任せられない!」
でしょう? そうでしょう? 私もそう思いますわ!
その後、私が会場から消えたことに気付き慌てふためいたライル様が我が家に来られたが、お父様はライル様に私を会わせなかった。侯爵家に対して無礼になるのは承知の上で、怒りが抑えられなかったのだと思う。
翌日、改めて謝罪に訪れたライル様は、憔悴していた。侯爵家でも散々ご両親から責められたようである。
「パニーラ。本当にすまなかった」
「ライル様。やはり私がライル様の婚約者では力不足なのですわ。もっとライル様に相応しい方を選ばれた方がよろしいと思いますの」
ライル様は、目を見開く。
「私と婚約解消したいということか?」
「えーと、私からはそのような事は申せませんから、出来ればライル様の方から……」
「嫌だ! 婚約解消など絶対にしない!」
はぁ? ムキになるライル様を見て、驚いた。なぜ?
結局、「二度とこんな目には合わせないから」と繰り返すライル様に、私からはそれ以上強く言えなかった。
私を取り囲んだ令嬢の家には、侯爵家からかなり苛烈な抗議がされたらしく、それぞれの家から我が家にも正式に謝罪がなされた。
主犯格だった令嬢はその後しばらくして何かに怯えるようになり、領地に籠ってしまったらしい。どうしたのかしら? ちょっと心配。




