昼時の攻防(1)
陽が空を昇り、頂上から少し下がった頃、三人はようやく街道との合流地点にたどり着いた。
村を出た時は草原地帯が続いていたが、徐々に木が増えてきている。
荷馬車の親子に教えられたとおり、これまで歩いてきた道と違って、街道は道幅が少し大きく、川に沿って続いていた。
さすがに歩き疲れたのか、シャイナがその場に座り込む。
「あーっ、疲れたぁ」
「さすがに少し歩き疲れたな」
ビーも立ち止まって、帽子をかぶり直す。
ハンカチで額の汗を拭いながら、エチルスがいった。
「普段こんなにずっと歩きませんもんね」
日差しが強くなり、歩いていると暑かったため、エチルスは途中でマントを脱いだ。
丁寧に折りたたんで、カバンの中にしまっている。
途中小休憩は挟んではいたが、早朝から歩き続けた三人の足には、さすがに疲労が溜まっていた。
シャイナが座ったままぼやく。
「疲れたし、腹へった」
「俺も」
「ちょっと待っててくださいね」
エチルスは少し先を歩いて、街道より下にある河原を確認した。
緑の多い河原は、座って休むのにちょうどよさそうだった。幸い木陰もある。
顔を後ろにいる二人に向けて、手招きをして呼びかけた。
「ビービー、シャイナくん。こっちで座ってお昼ごはんにしましょう」
『ごはん』というキーワードに反応し、シャイナはさっと立ち上がる。
「やった♪ 行こうぜ、ビー」
「ああ」
川の両岸には、それぞれ河川敷が広がっていた。
向こう岸は木々が生い茂っているが、こちらは踏み入る人間が多いのか、比較的背の低い草がほとんどで木もまばらだ。
そんなに大きな川ではないが、水の流れる音は涼し気で、気持ちが安らぐ。
三人は土手を下ると、手近な木の下に陣取った。各々草むらや石の上に座って足をのばす。
シャイナは荷物を放り出して、地面に仰向けに寝そべった。寝転ぶついでに、靴も脱ぎ捨てる。
「あー、結構歩いた」
「今のうちに足をマッサージしておくと、少し楽になりますよ」
「へー、そうなんだ。エチルス先生あとで教えてよ。とりあえず、オレ腹減っちゃった」
「シャイナ君、何か食べ物持ってきてます?」
エチルスは背中から茶色のカバンを下ろして、中を探りながら訊いた。
「ううん」
「え?」
カバンから荷物を取り出そうとしていた、エチルスの手が止まる。
「……そう、ですか。じゃぁ、僕の分を「その必要はねえ」
ビーはエチルスの話を遮ぎると、カバンから大きな布包みを取り出して、3人の真ん中にどんっと置いた。それは、ビーが抱えていたカバンの半分ほどの容量もある。
「え、なになに?」
シャイナも思わず起き上がる。現れた包みに興味津々だ。
エチルスは、再び言葉を失った。一呼吸おいて、尋ねる。
「……ビービー、あの、これは……?」
慣れた様子で布の結び目をほどきながら、ビーは淡々といった。
「ばぁちゃんが持たせてくれた弁当」
布をほどくと、中から大小さまざまな箱と、木の葉や紙で巻かれたこぶし大の包みなどが山積みの状態で現れる。
「お、お弁当って、え、ええっ!? こんなに?」
その量に、エチルスは思わず大きな声がでてしまう。
ビーは構わず、箱や包みを開けて布の上に広げていく。
おにぎりに、サンドイッチ、サラダに、ウズラの卵とウインナーのミニ串、から揚げに、肉団子など、あれよあれよという間に、素敵な食事が並んだ。
「誰も止めねぇし、めっちゃ張り切って作ってたから、断れなかった」
「おお、さすがビーのばあちゃん! うまそー!
なんか学校行事でもこんな風にたくさん持ってきてたよな」
「まあな。ばぁちゃんが、マー先生にもって」
そう言って、ビーはエチルスの方にサンドイッチの包みを差し出す。
「僕にもですか」
エチルスは遠慮がちに手を出して、ありがとうございますと受け取った。
ビーは、シャイナに別の包みを軽く放る。
「ほら、シャイナも」
「わーい」
三人はビーの祖母に感謝して、食べ始めた。
おにぎりを頬張りながらビーは、祖母の洞察力に感心していた。
この弁当を持たされた時は二人で食べるには多すぎると思ったが、シャイナの分もちゃんと計算されているようだ。ただ単に料理好きだからという理由で、シャイナの好物の玉子焼きや甘酢団子が多く入っているわけではないだろう。
サンドイッチを食べて、エチルスはいった。
「すごくおいしいです。お祖母さん、料理上手なんですね。
でも、ここまで持ってくるの重かったんじゃないですか?」
エチルスの質問に、ビーは魚のフライをフォークで突き差して答えた。
「どうせ食べたらなくなるし」
「ビーのばあちゃん、料理好きだもんなぁ。お菓子もよく作ってくれるし。
あ、オレこれもーらい」
「まあ、失敗したの見たことないからな」
「そうなんですね」
鶏の照り焼きを口に頬張りながら、シャイナが尋ねる。
「んぐんぐ。なぁ、エチルス先生、この先どこ行くの?」
「そうですね、ちょっと待ってくださいね」
そういってエチルスはフォークを置くと、カバンの中から折りたたまれた紙を取り出した。
えーとといって折り目を開くと、エチルスはその紙を二人に見えるように向けた。
自分は横からのぞき込むような形をとる。
それはこの地域周辺の地図だった。
エチルス自身が持っていたものか、ビーの祖父に借りたものなのかはわからない。
地図には大まかな地形や地名が表記されている。
赤いペンで数か所の地名に〇印がつけられ、道順や道しるべとなるものなどが文字や記号で書き込まれていた。
シャイナは提示された地図に少し顔を寄せた。
ビーは、口を動かしながら、視線だけをそそぐ。
文字の筆跡には見覚えがあった。
二人の視線が地図に向いたのを確認し、エチルスは説明を始めようとした。
しかし、しばし地図を横から眺めて、「あ、逆でしたね」と慌てて地図の上下を入れ替える。
「失礼しました。えーと、今僕たちがいるのはこのあたり、ですね」
エチルスは、地図の真ん中やや右側を指差した。
その場所は、赤字で『街道分岐』と書かれており、道を示す線が重なる点だ。
一本は上から下へ、そして合流点から左右に分かれて道は続いている。
シャイナが、今ここね、といって相槌を打つ。
エチルスは、地図上で少し上へ指を移動させる。
「レフュジ村がここです」
早朝から昼過ぎまで歩き続けたが、レフュジ村と今いる場所まで、地図上でそんなに長い距離ではなかった。
シャイナが、ふーんと相槌を打つ。
エチルスは時折二人の顔を見ながら、説明を続けた。
「僕たちは、今からこの街道に沿っていきます」
再び指が動き、『街道分岐』ポイントに戻ってくると、さらにそこから西側へ続く道をなぞる。
地図には街道に沿って流れる川も記載されており、小さい文字で『川の流れる方向へ』と矢印とともに示されている。
「そして、この森を抜けて」
エチルスの指は、森を描いた地区をぐるぐると周る。
「すぐそばにある村が、僕らが最初に目指すサルサン村です」
森を通り抜けた街道のすぐそばに、赤丸で囲まれた『サルサン』の文字があった。
地図とにらめっこをしていたシャイナが、顔を上げてエチルスに問いかける。
「じゃぁ、もうしばらくしたら森に入んの?」
「ええ、おそらく。ビービーのお祖父さんの話では、危険があまりない森のようですし、今日中に抜けられるっておっしゃってましたけど……」
「じじぃの話は鵜呑みにしない方がいいぞ。結構てきとーだから」
旅の工程をここまで黙って聞いていたビーは、初めて口をはさんだ。
「え!? そうなんですか?」
エチルスが不安そうな声をあげる。
食事を続けるシャイナは、口の中の物を飲み込んでから尋ねた。
「エチルス先生は、この道を使って村に来たんじゃないの?」
「僕は、街から馬車で行ったんですよ。
一刻も早く村に着きたかったのもありますし、クルギが絶対にそうしろ、としつこくいわれまして」
「……」
ビーは何となくではあるが、クルギ先生が彼に馬車での移動を勧めたのもわかる気がした。
当の本人は、その点について深くは考えていないようだ。
「あ、でもきちんと調べましたよ。危険な場所はないか、猛獣が出たといった情報はないかとか。
聞いたかぎりではなかったんですけどね」
玉子焼きを頬張りながら、シャイナはエチルスの話に頷く。
「ふんふん」
「お恥ずかしながら、馬車に任せてた分あまり道を覚えてないんですよね。
途中寝ちゃってましたし、案外早く着いたという感覚しかなくて」
「ま、大丈夫じゃね。何か今のところ問題ねぇし。
そのサルサン村ってとこに着けば、馬車に乗れるの?」
シャイナはフォークを口にくわえたまま、小さく首を傾げる。
「たぶん、無理だと思います。馬車はあらかじめ予約してないと乗れませんし、馬車の発着場は大きな街にしかないので、今から手配するともっと時間かかっちゃうんです。」
「そっかー、残念。でも、帰りは乗れるのかな」
まだ乗ったことのない乗り物に少年の好奇心はくすぐられるのか、シャイナの太陽色の瞳がにわかに輝く。しかし、楽しそうなシャイナに、ビーが現実的な疑問を投げかけた。
「……どこまでついてくる気か知らねぇけど、お前、金持ってきてんのか?」
「……」
シャイナはウインナー串を口に挟んだまま、パタパタと自分のポケットや体をはたく。
そうして何かに気付いたように、座ったまま自分のカバンを引き寄せて、ガサガサと中を探った。
「じゃじゃーん!」
カバンから手を引き抜くと、高々と掲げた。
その手は何か掴んでいる。
ビーとエチルスには、何を取り出したのかまだわからない。
二人に見えるように、シャイナは手を下げた。
「オレのとっておきの隠し財産」
そういって二人の前に差し出されたのは、陶器でできた子ぶたの貯金箱だった。
シャイナが手を左右に動かすと、チャラチャラと心もとない軽い音が聞こえてくる。
笑顔が固まったままのエチルスが、何かリアクションを返さないと、と妙な気を回す。
「……えーと、シャイナ君」
その隣で、ビーが容赦ない一言を放った。
「ぜっっーーてぇ足りねー」
「えー、まじかよ」
シャイナは両手で貯金箱を持つと、大事そうに子ぶたを眺める。
子ぶたは相変わらず、くりくりとしたつぶらな瞳をしている。
「……意外と馬車ってお金かかるんですよ」
エチルスが優しくシャイナを諭す。
ビーはわざとらしくため息をついて、シャイナに向かって畳みかける。
「たぶん宿代も厳しそうだな」
「えーっ! それってオレだけ野宿?」
「まあ、飯は現地調達なりできるだろうけど」
そういうと、ビーは食べやすいようにカットされたオレンジを口に放り込んだ。
シャイナはしょぼんと項垂れる。それに合わせて、太陽色の髪が少し萎れたようになる。
ビーは少し懲らしめすぎたかと思う。
「……ま、じじぃから多めに貰ってるから、なんとかなるとは思うけどな」
ぶっきらぼうにいったビーの言葉に、はじかれるようにしてシャイナは顔をあげた。
先程の落胆の色はすでにない。
フォローするように、エチルスがシャイナの肩に手を置く。
「心配しなくても大丈夫ですよ。僕の手持ちもありますから」
「やったー!」
シャイナは諸手を挙げて喜んだ。
よかったーと歯を見せて笑うと、再び弁当に向かった。
あれだけの量があったお弁当も、三人で食べるとだいぶ減っている。
おもむろに、エチルスは立ち上がった。
「僕、手が汚れたのでちょっと洗ってきますね」
「はいはーい」
シャイナの元気な返事を受けて、エチルスは川のほうへと歩き出す。
ビーは口を動かしながら、黙ってその背中を見送った。
視線を正面に戻すと、シャイナが野良猫に鶏のささ身をやっている。
食べ物の匂いにつられて出てきたのだろうか。
「どうした、その猫」
「ん? 何かよってきたからお腹すいてんのかなって思って」
「お前はすぐそうやって餌づけする」
「いーじゃん別に。連れて行くわけじゃないんだしさ」
野良猫にしてはツヤのある綺麗な黒毛だ。
シャイナが撫でてやると、喉を鳴らしてうれしそうに身体をすりよせてくる。
「けっこう人に馴れてんのかな」
「街道だから、誰かしらから餌もらってんのかもな。それにしても、相変わらず動物にすぐ好かれるな」
「そうかな」
「昔からな」
「ビーは逆だよね」
口をへの字に曲げて、ビーは答えた。
「うるせぇな、困ってるんわけじゃないからいいだろ」
ビーとシャイナが猫と戯れている間、一人離れたエチルスは川のすぐそばまで着いていた。
川に近づくにつれて、地面は大小さまざまな石が増えていく。
ごつごつしていて歩きにくい部分もあり、何度かバランスを崩しそうになりながらも、何とか転ばずにいた。川は穏やかに流れ、水は陽光を受けてラムネ色に輝いている。
エチルスは川べりにかがむと、そっと水に手を入れた。
指の間をすり抜けていく、冷たい水の感触が心地よい。
川の深さは足首ぐらいまでなので、疲れた足を浸すのにもよさそうだ、と思った。
軽く手をゆすぐ。
ハンカチを取り出して手を拭いていると、不意に視線を感じた。
顔を上げて、何とはなしに向こう岸を見る。
こちらと違い、向こうは若葉に満ちた木々がせり出している。
……ゥゥゥ……
川のせせらぎに混じって、何か聞こえた気がした。
「?」
不思議に思い、エチルスはさらに目を凝らして向こう岸を眺める。
右手を耳に当て、注意深く音を聴く。
……グルルルル……
低い唸り声だ。
同時に、エチルスの目は、木々の間で動く不気味な光を捉える。
「!?」
そして、それは一つではなかった。
エチルスが認識した瞬間、咆哮とともに数十頭の魔獣が現れた。
「うわぁぁああ!」
それは『ゴブリン』と呼ばれるものだった。
ゴブリンの中でも大型だろう。草色の肌に巨大な体躯、頭に短い一本の角が生えていた。
唸りを上げるその口からは鋭い牙が覗いている。
血管が浮いて見えそうなほどの筋骨隆々な腕には巨大な棍棒が握られ、足腰には動物から剥ぎ取ったであろう毛皮を身に着けていた。
真昼の太陽の下、そこだけがどす黒いよどみをはらんでいるようだった。
ぎょろりとした狂気を帯びる真朱色の二つの目玉が対岸の人間――エチルス――を捉える。
彼らは再び雄叫びを上げると、一斉に川を渡り始めた。
エチルスは、何が起こっているか判断がつかなかった。
こんな昼間に、しかも数十頭もの魔獣の大群に出くわすことなど、考えられないからだ。
しかし、ゴブリンの大群は、確実にこちらに狙いを定めて向かってきている。
今すぐここから逃げなくては――と、思った。
しかし、エチルスの脳裏に幼い子ども二人の顔が浮かんだ。
年端もいかない、まだ村の外にも出たことがない彼らが、後ろにいる。
一緒に逃げなければ、いや、逃げても魔獣のほうが速い。
怖かった、恐ろしかった。昔の自分なら当に逃げ出している。
まるで断崖絶壁に佇んでいるような気分だ。
エチルスは、早鐘を打つ心臓を制して、震える足でその場に踏みとどまった。
魔獣たちが川を渡りきるのに、そんなに時間はかからない。
現に、彼らが川を荒々しく横切る音は確実に近づいてきている。
守らなければ――その思いだけが、強く残った。
エチルスは両腕を軽く振ると、魔獣たちと対峙するべく構えた。
視線を前に向けたまま、後方の二人に向かって叫ぶ。
「ビービー! シャイナ君! 逃げてください!」
魔獣の数はざっと十五、六匹。
二人に注意がいかないよう、すべてこちらにおびき寄せなければならない。
彼等には、弓矢などの高度な飛び道具を使う頭はないはずだ。エチルスにはまだ勝算があった。
エチルスはビー球使いだ。
ビー球は、その中に精霊の力が封じられている。
力ある呪文とともに投げ、ビー球が対象物に接触した瞬間に発動する。
エチルスは構えた両腕の服の下に、ビー球を常に携帯していた。
両腕の内側に沿ってビー球の入った革筒を取り付けており、腕を振ると掌にビー球が落ちてくる仕組みだ。
学校の先生になるための手段の一つとして、ビー球の使い手になった。
その資格を求めない地域も多いが、危険から生徒を守るため自分には必要だと考え、修得したのだ。
それが、今ここで役に立つことになるとは、夢にも思っていなかった。
二人が育った地域には、ビー球はあまり根付いていない。
クルギにしてもそうだし、村の中にも、ビー球を活用した道具は見当たらない。
ビーのお祖父さんがその関連の仕事をしているとは聞いているが、実際幼い二人はこの状況に対応できないだろう。
二人を守るのは僕しかいないんだ――
エチルスは攻撃のタイミングを見計らう。
ゴブリンの群れの先頭集団が、射程圏内に入った瞬間に仕掛ける。
先制攻撃で相手をこちらに引き付けるつもりだ。
幸いなことに、ゴブリンたちはばらけることなく、こちらに向かってきている。
なぜ今ここで?
魔獣が出没したという情報は一切なかった、どうして?
僕の攻撃は通用するのか?
様々な疑問が頭の中に浮かんでは消える。
もうあれこれ考えている余裕はない。
今、目の前のことに集中しなければ。
魔獣の先頭集団が、川の半分を超えた。
――今だ!――
エチルスは両手をクロスさせると、『呪文』とともにビー球を放った。
「水の輪舞!!」
エチルスの手から離れたビー球は、目標地点を目指して一直線に飛んでいく。
そして、それは先陣を切って走っていたゴブリンの頭に直撃した。
その瞬間、ビー球は激しい水のうねりに姿を変えて、数匹のゴブリンを襲う。
「グアァァァ!!」
「ガァァアアァッ」
二匹のゴブリンが生き物のように動く水に圧倒され、川中へ叩きこまれた。
ゴブリンの集団は、何が起こったのかわからないらしく、その足並みが衰える。
「や、やった! 当たった!」
その様子を見ていたエチルスは、思わずガッツポーズをした。
緑色の巨人たちの間に動揺が広がったが、それはすぐにエチルスへの敵意に変わる。
咆哮を上げ、再び進軍を開始した。
「わ、わわっ」
エチルスは、慌てて次弾を用意する。
「水牙!」
放たれたビー球は、辛くも一匹のゴブリンに命中した。
ビー球は水の刃となって、その屈強な手足を切り裂く。
しかし傷が浅かったのか、多少の足止めにしかならなかった。
他のゴブリンたちは、もうそちらに気を取られることなく、真っ直ぐに突っ込んで来る。
「わっ、わっ、やばい! 水の輪舞」
最初と同じ技を両手で放つ。
水のうねりが数匹の巨体を捉えた。
しかし、攻撃を受けているにも関わらず、他のゴブリンたちが立ち止まることはない。
早々と緑の巨人の群れは川を渡りきろうとしていた。
エチルスのいる場所から、もう数メートルのところまで迫っている。
攻撃は効いているものの、やはり数が多い。
数匹程度倒せても、大勢に影響を与えているとは思えない。
むしろ魔獣たちの攻撃性をあおっているだけかもしれなかった。
迷いと恐怖が、エチルスの動きを鈍らせる。
「――っ水連牙!!」
先頭を行くゴブリンに投げつけた。
しかし、エチルスの動きを読んだのか、ゴブリンはそれを紙一重で交わす。
そして、拳を振り上げエチルスへ迫る。
避けられることを想定していなかったエチルスは、驚いて足が止まった。
その間に、ゴブリンに距離を詰めらる。
今から逃げても、その強靭な拳はエチルスを捉えるだろう。
もう、だめだっ――エチルスは、思わず目をつむった。
2021年10月9日 修正しました。