出発
翌日早朝。
水色の空の下、マー・エチルスは、待っていた。
村の中心地である広場の噴水前、ここが待ち合わせ場所だった。
シャワシャワと水の吹き上げる音が耳に心地よい。
日中暖かいとはいえ、朝晩はまだ冷え込む。外套の上から両腕を抱くようにさすった。
顔に貼っていた絆創膏は、今はない。
エチルスは、自分の背中に目をやって、革製の四角いバックパックがあるのを確認した。
その中には昨日預かった紹介状が入っている。
ビーの祖父の商売仲間へあてたものだった。
今日はこれから村の外の牧場へ向かう荷馬車に乗せてもらう予定だ。
エチルスは旅の同行者を待っていた。
「そろそろ来ますかね」
一人呟いて、ビーの家の方角を見る。
エチルスの脳裏に、昨日の出来事が思い出された。
自分が彼等の家を出た時、ビービーとお祖父さんは、また口論になっていた。
確かシャイナ君もいたように思う。
お祖母さんに促され家に帰ったが、その後話はまとまったのだろうか。
ひとまず約束した場所にやってきたのだが、しばらく待ってもビービーが来ないようであれば、家に行ったほうがいいのかもしれない。
そんなことを考えていると、広場の端のほうに小さな人影が見えた。
こちらに向かって歩いてくる。
しばらくするとそのシルエットがビーのものだと、エチルスの目からも確認できた。
出会った時と変わらぬ服装に、体には少々不似合いな大きいカバンを肩から斜めに掛けている。
そのカバンがやけに膨らんでいるのが遠めにもわかる。
かなり荷物が詰め込まれているようだった。
近づいてくるにつれて、だんだんとその表情も見えてくる。
エチルスの眼に映るビーの表情は、どう考えても晴れやかな顔ではなかった。
白い肌がますます白く、むしろ青ざめて見え、足取りも重い。
荷物のせいだけではなさそうだ。
エチルスは、遠慮がちに声をかけた。
「お、おはようございます、……ビービー」
「……わりぃ、待たせたな」
「なんだか、顔色悪くありませんか?」
ビーは、エチルスの言葉を受けて、深くため息をついた。
「……昨日、あれからじじぃとシャイナがうざくてうざくて……。
じじぃは自分の得意分野だ、まかせろとかいってあれこれと口を出してくるし。
シャイナはシャイナで、連れてけ行きたいだの、すねるわ文句いうわで……」
昨晩のことを思い出したのか、ビーの口調は後になるほど暗くなっていく。
実際、ビーは大変な思いをした。
エチルスが帰った後にも、ビーは祖父と言い合いになった。
行く行かないの押し問答に、シャイナも口を挟んでくる。
更に、普段孫の味方になってくれる祖母は、今回はなぜかノリノリで祖父の援護に回った。
気付けば、すでに夜も更けていた。
「うぬぬぬ、我が孫ながらそこまで頑固だとわっ……!」
「はぁはぁ、うっせぇ。じじぃこそ大人しく寝てろ」
額ににじんだ汗をぬぐう。
「ちぃっ、しかたないのう。この手だけは使いたくなかったが」
「あ?」
「お前が前々からいっていた、あの部屋を解放してやろう」
「――っ!? まじか!?」
それは、ビーが何度も祖父に頼んでも聞き入れられなかった願いだった。
「ただし! きちんとおつかいが達成されてからじゃ」
「ぐ……!」
「ほれ、千載一遇のチャンスじゃぞ~」
「……本当だろうな?」
「男に二言はない」
ビーはしばらく黙った後、ぽつりといった。
「…………仕方ねぇ。じじい、ちゃんと約束守れよ」
ビーにとっては、勿怪の幸いだった。
めんどうだの心配だのという理由から報酬を差し引いても、十分すぎるお駄賃だった。
この機会を逃せば、その願いが叶う日はかなり先になりそうだ。
祖父の手前しぶしぶ受けるという態度は崩さないが、内心はガッツポーズをしていた。
話もまとまったので、ビーは早く自分の部屋に帰って寝ようと思った。
しかし、そこからがまた長かったのだ。
祖父は、旅行必需品についての持論を展開し始め、旅の心得や注意事項、道具の使い方など、ひとつひとつ懇切丁寧に説明をし始める。
その横で、祖母も「あ、明日朝何食べたい?」「おやつは果物でもいいかしら」など質問を浴びせかけてくる。
自分に関することで浮かれている祖父母ほど、面倒くさいものはない。
身を案じてくれているのが痛いほど伝わってくるので、安易に邪険にもできない。
そして、シャイナは隣でずっと「行きたい」と連呼していた。
それをなだめて、静かになったなと思えば、部屋の隅でぶつぶつ文句をいう始末――。
最終的に、祖父母の話は明日も早いからと切り上げさせ、シャイナは無理やり家に帰したのだった。
「腰痛めてんだから寝てりゃいいのに、朝も俺より早く起きやがるし……」
ビーは、それだけ元気なら自分で行けるだろ、と思わずにいられなかった。
エチルスは苦笑いを浮かべた。
「いろいろ、大変だったんですね」
「……はぁ」
ビーは、重い気分を吐き出すように息をつくと、エチルスの目を見据えた。
銀の瞳が、真面目な眼差しに変わる。
「じじいのわがまま聞いてもらって悪ぃな。
自分のことはできる限り自分でするつもりだけど、村から出るのは初めてだからわからないことも多い。しばらく頼むな」
「気にしないでください。僕も街に行く必要があるんですから」
じゃあ行きましょうか、とエチルスは歩き始めた。
昨日ビーの祖父に聞いていた、村の外れに行く荷馬車との待ち合わせ場所に移動するためだ。
迷うことなく歩き出したエチルスの背中に、ビーはいった。
「マー先生」
「はい?」
「そっちじゃねぇ」
「え!?」
ビーは冷静に、エチルスとは違う道を指した。
「こっちだ」
「わぁ、すみません!」
慌てて方向転換をする。
「……」
ビーは、この先何事も起きないことを願った。
二人は広場を通り、住宅地を抜ける。
家がまばらになってくると、今度は畑が増えてくる。
畑には、様々な種類の植物が植えられていた。
順調に成長したものは、稲穂を膨らませ、また赤や黄色に色づいた作物を実らせているものもある。
休耕地もあるが、その場所も、次の季節に向けて休み期間中に耕されることになるだろう。
畑の中の一本道を進んでいくと、牧草を大量に積んだ荷馬車が二台停まっていた。
ビーは御者台に駆け寄り、運転してくれる顔なじみの村人に挨拶をした。
二言三言、言葉を交わすと、マーとともに一台目の後ろに乗りこんだ。
荷馬車は馬にひかれて、ゆっくりと動き出した。
道とはいえ、田舎道だ。
砂利や石が多く、がたがたと荷台を揺らす。
しかし牧草がちょうどよいクッションになり、乗り心地は悪くない。
不慣れなエチルスはあまり落ち着かないようだった。
しかし、ビーはそんなことお構いなしだ。
出発するとすぐに、積まれた牧草に背中を預け、たった一言「寝る」と宣言し、瞳を閉じた。
四十分ほど揺られていただろうか。
エチルスもその感覚に慣れてきたころ、ビーたちを乗せた荷馬車は分かれ道に差しかかった。
ひとつは同じ幅でまっすぐに続いている道。
もうひとつはそこから右へと逸れていく、少し細い道だ。
二台の荷馬車は、速度を緩めてゆっくりと停車した。
「おーい、ビービーと学校の先生、着いたぞ」
その声で目が覚めたのか、それとも寝ていなかったのか、ビーはすぐに身体を起こした。
両手を空に向けて体を伸ばす。
そして、さっと荷台から飛び降りると、
「さんきゅー、じいさん」
手綱を握る背中に声をかけた。
続いて、後ろの荷馬車の操縦者にも手をあげて礼を示した。
エチルスもビーに習い、荷台から降りようと試みる。
何とかバランスを保ちながらよろよろと立ち上がった。
気付いたビーは、一瞬止めようかどうか迷う。
その間に、エチルスはえいっとジャンプ、軽やかな着地――となるはずだった。
どうしてかわからないが、彼は自分の長い服の裾を踏み、鮮やかに顔面から地面にダイブした。
「「「……!!……」」」
その見事な着地に一同は声も出ない。
ビーは見ていられないといった様子で、左手で自分の目を覆った。
「あいたたた……」
顔の泥を払いながら、エチルスが体を起こす。
「大丈夫か、マー先生」
「あっ、すみません! また無様なところお見せしちゃって」
また鼻のあたりを赤くして、エチルスは照れくさそうにする。
せっかく取れた鼻の絆創膏はつけておいても問題ないのかもしれない、とビーは思った。
「いや、いいけど……」
――やっぱこいつ天然つーか、どんくさいっていうか……――
エチルスの顔面強打を見るのは、二度目だ。出会ってまだ二日、この調子でいけば一日
一回は目撃するかもしれない。
ビーの視線を感じて、栗色の瞳が笑う。
「ビービー、僕の顔に何かついてます?」
「泥」
「え、まだついてます?」
エチルスは、慌てて顔を振ったり、服を手で軽く叩いたりする。
これからの旅路を予想して、ビーは自然と眉間にしわが寄った。
二人のやり取りを呆然と眺めていた荷馬車の老人は我に返り、ビーに話しかけた。
「ビービー」
「ん、何? じいさん」
ビーが答えると、荷馬車の主は御者台に乗ったまま、手綱を握っていない方の手で、右手側の道を指差していった。
「この道沿いを数時間ほど行けば、ここらじゃ一番大きな街道と合流する。
そばに川が流れているからすぐにわかるだろう。
そこから川沿いに歩いて森を抜ければ、サルサン村に着くはずだ」
ビーは指定された道を目視し、頷く。
「ありがと。ひとまずサルサン村を目指すよ」
「森を抜けるのに、少し時間がかかるかもしれんが……。
ビービーは村から出るのは初めてか?」
ビーは首を横に振った。帽子から出ている銀髪が少し揺れる。
「うん、こっから先には行ったことがない」
「そうか。先生もいることだし、お前さん自身しっかりしてるから、問題ないと思うがな。
最近は、物騒な夢魔や魔獣の話も聞かんし、だから祖父さんも任せたんだろうさ。
まあ、気を付けるにこしたことはない」
「夢魔か……」
「まあ出会うことはないだろう。魔獣ぐらいなら、お前さんの腕で十分通用すると思うぞ。
なにせ、これまで祖父さんが起こしてきた騒動は、全部ビーとシャイナが片付けてくれてたんだからな」
荷馬車の老人は、はっはっはっと陽気に笑った。
「それ褒めてねぇから……」
「じゃぁ、わしらはこっちの道から牧場に向かうからな」
「うん、ありがとな」
「ありがとうございました」
いつの間にか、顔の泥を落としたエチルスがビーの後ろに立っていた。丁寧に深々と頭を下げる。
荷馬車は再びゆっくりと動き出し、そのまま真っ直ぐに進んでいく。
先頭車両に二台目も続く。
ビーとエチルスは、二台目を運転手にも会釈をした。
それに応える形で、「早く帰って来いよ」と二台目の運転手は手を挙げて通り過ぎていった。
エチルスが両手で軽くガッツポーズをする。
「さぁ、行きましょうか」
「ああ」
二人が先程示された右側の道を行こうと、歩き始めた時だった。
がたんっ! ベシャ! いてっ!
荷馬車が大きく揺れる音が二人の耳に届く。
間髪入れず、何か大きなものが地面に落ちる音、それに付随する声――。
二人は反射的に歩みを止めた。
特にビーは立ち止まらざるを得ない。
その「声」にとても聞き覚えがあったからだ。
荷馬車は落ちたものに気付かなかったらしい。
何事もなく、そのまま動きを止めることはなく進んでいった。
「――っ、いててて……」
マーが不思議そうに後ろを振り返る。
「今、声が……」
軽い頭痛と眉間にしわが寄るのを感じながら、ビーも振り返った。
そして、分岐点まで戻る。
少し向こうに牧草を積んだ荷馬車が走り去っていくのが見える。
荷馬車が進んだ道の上に、荷物を抱えてうずくまる小さな背中があった。
白鼠色の外套に覆われて身体的特徴はわからないが、珍しい太陽色の髪がぼさぼさになっている。
この村でその髪色を持つのは、一人しかいない。
「……シャイナ」
「え? シャイナくん?」
おでこのあたりをさすりながら、シャイナは顔を上げた。
そして二人を確認すると、すぐに顔色が変わった。
「あ、やべっ!」
シャイナがその言葉を発したのと同時に、ビーの鉄拳がシャイナの頭を襲う。
ゴチンッ!!
鈍い音がして、シャイナは再び頭を抱えた。その上に、ビーの叱責が降ってくる。
「この、ばかがっ!」
「ちょーいてぇんだけど……」
痛みを訴えるその声は、涙声だ。
「……あららら……」
マーは、ビーを止めようとした手が宙に浮いてしまい、苦笑いする。
頭を抱えたまま動かないシャイナの前に、ビーは片膝をついてしゃがみこんだ。
腰のホルスターに収められた銃を指差す。
「こっち、じゃなかっただけありがたく思うんだな」
「痛さはあんま変わんねぇんだけど……」
「シャイナ。俺はお前に、ついてくんなっていったよな」
「そう……だけど……」
「親父さんやおばさんにもいわねぇで来ただろ」
「……」
質問に対して、シャイナは下を向いたまま答えない。
ビーは沈黙が答えと判断した。
「図星だな。お前には心配する家族がいるんだぞ」
「……それはビーだって一緒じゃねぇか」
「俺はその心配するはずのじじぃに頼まれてんだ。
何もいわずに出てきて、親父さんやおばさんが、どんだけ心配するかわかってんのか?」
シャイナは微動だにしなかった。
ビーから、シャイナの顔は見えない。
険悪な雰囲気に居たたまれなくなったのか、エチルスが救いの舟を出す。
「ビービー、もうそれくらいに」
体勢はそのまま、ビーは後ろにいるエチルスを軽く睨む。
その時、絞り出すようにシャイナが声を発した。
「――って」
「なんてった?」
「だって……」
「だって、なんだ?」
「だって、何か……ビーと一緒にいなきゃいけない気がしたんだ」
「は?」
「理由なんてわかんねぇよ。ただ……ただ、そう思ったんだよ……」
――また、いつものカンか――
ビーは、そのカンが良く当たるのを知っている。
シャイナは、自分のようにあれこれ考えたりはしない。
その分、素直に物事を受け取ることができるというか、本質を見抜く目を持っている。
普段無頓着なくせに、自身の直感に正直だ。
また、こういう時、変に頑固なことも知っている。
しかし、今回は状況がいつもと違う。
勝手知ったる村の中ならともかく、これから外の世界に行くのだ。
どんなことが起きるか、想像できない。
シャイナがいるのは心強い。
しかし彼に何かあったらと思うと、ビーは心臓を氷漬けにされたかのような気分になる。
シャイナの答えにビーが黙っていると、見るに見かねたエチルスが仲裁に入る。
「まぁまぁ、ビービー。
だいぶ村から離れてしまいましたし、ここからシャイナくんを村に一人で帰すのも心配ですよ」
エチルスのその言葉に、シャイナはゆっくりと面を上げる。
その目は少し潤んでいた。二人を交互に見ながら、エチルスは話しを続ける。
「連絡手段もありませんし、シャイナくんを一人にするよりは一緒に次の村まで行った方がいいと思いませんか? そこからならシャイナくんのご両親に手紙も出せますし、ご両親のお迎えまでどなたかにお願いできるかもしれません。ひとつ森は越えちゃうんですけど、おそらくそんなに危険なこともないですよ、きっと」
思わぬ援護に、太陽色の瞳に輝きが戻ってくる。
その様子を見て、ビーは舌打ちをすると、その場に立ち上がった。
「……ちっ」
確かに、エチルスのいうことは一理ある。
ここまで来るのにも時間を要したのだ。そんな道のりをシャイナ一人で歩かせるのは、ビーも不安がないわけではない。かといって一緒に村に帰るのは、大きなロスだ。
ビーはシャイナに背を向けると、左掌を軽く握り口元にあてた。
その左ひじを支えるように、右手を添える。考えている時のクセだった。
シャイナとエチルスは互いに頷き合うと、黙ってビーの様子を窺う。
二人の視線の先にいるビーは、まだ考えるふりをしていた。
正直なところ、ここまでついてきているのだ、次の村まで同行することに異論はない。
しかし、すぐに二つ返事で了承するのも、癪だ。それに、他にも気になっていることがあった。
「……お前、パレッ……約束は?」
「へ? なんて?」
シャイナは咄嗟に聞き返した。
ビーが背中を向けたまま尋ねたので、殆ど聞き取れなかったのだ。
第一、いつもより声が小さい。
「いや………お前終業式の時、あいつに誘われてた、だろ……?」
妙に歯切れの悪いいい方をしながら、ビーはかぶっている帽子を手で目深に押さえた。
もともと押しつけられていた白銀の髪が、さらに帽子からはみ出る。
シャイナは質問の意図がわからず、きょとんとしている。
「……? 何か言われてたっけ?」
「パレットの……屋敷に……」
「ぱれっと?」
予想外の名前に、シャイナはますます混乱する。
要領を得ないシャイナに、ビーは少しいらいらした。
このままでは埒が明かないと振り返る。
「お前、家に来いってしきりにいわれてたじゃねぇか!
……その、終業式のあとも呼び止められてた……し……」
シャイナが記憶を呼び起こすまで、少し間があった。
そうして、おもむろに右こぶしを左掌に軽く打ち付ける。
「……あぁっ!」
「あぁっ、……じゃねぇよ」
ビーはうなだれた頭を、左掌でささえる。
そんなビーに対して、シャイナは頭を軽くかきながら、あっけらかんとしていった。
「ん~約束なんかしてねぇし、パレットが勝手にいってただけじゃん」
「…………行かなくて、いいのか?」
「てか、もともと行く気ねぇもん」
よっと声を出しながら、シャイナは立ち上がる。
身体に付いた泥を軽くはたく。
ビーは踵を返し、「だったらいい」と呟くようにいって歩き始めた。
「「?」」
シャイナとエチルスは顔を見合わせて、首を傾げる。
二人が訝しがっている間に、ビーは先に進む。
ビーは正直、シャイナに感謝していた。
村の外に出ることに、不安がないわけではない。
しかも、あまり慣れていない人間とだ。
この先、どうやり過ごせばいいのかと考えていた。
気がかりだったことも、どうやら杞憂だったようだ。
――今も、昔も、シャイナには助けてもらってばっかりだな――
あの時、シャイナがいなければ、ビーはこうやって日々過ごすことはできなかったかもしれない。
「あ、ビービー、待ってください。シャイナくんも行きましょう」
「おう!」
二人は慌てて、小走りでビーに駆け寄った。
ビーは二人の目線を避けるように、帽子を深くかぶっている。
そんなことお構いなしに、シャイナはビーの横に並ぶと、特に考えることなく下から顔を覗き込んだ。
「あれ? お前顔赤くね?」
ガンッ!
答える代りに、ビーの拳がシャイナの頭に振り下ろされた。
「いって!」
痛さのあまり、シャイナは思わずしゃがみ込む。
少しぼさぼさの太陽色のつむじを上から見下ろしながら、ビーは淡々と告げた。
「うるせぇ。お前は黙っとけ」
「さすがに三回目は堪える……」
「……ご、ご愁傷様です」
エチルスは、シャイナに憐れみを感じずにはいられなかった。
そのころ、レフュジ村のビーの祖父母は食後のティータイムを過ごしていた。
老婦人が、カップに紅茶を注ぐ。
机には、夜中に作ったマドレーヌが皿に盛られている。
「ビーちゃん、これでよかったんですかね……」
不安げな声が静かなリビングに響いた。
妻から差し出されたカップを、老人は自分の手前に引きよせた。
「……そうじゃのう」
「まだあの二人のこともわからずじまいなのに……」
老人は、窓の外に目をやった。
どこまでも澄み切った青空が広がっている。
「大丈夫、ビーはあの二人の子どもじゃ。わしらは信じて待とう」
「……そうですね」
「ばあさんは、心配性じゃのう」
カップを持ち上げ、老人は紅茶を一気にあおった。
「あっづいっ!!」
「まぁまぁ。さっきいれたばかりなんですもの、熱いに決まっているじゃありませんか」
「じ、じまづた」
火傷した舌を出したまましゃべるので、うまく言葉にならない。
老婦人はくすりと笑う。
「信じて待とう、っていってるおじいさんも、ビーちゃんのこと気になって仕方ないんですね」
2018年11月25日 修正しました。
2021年9月29日 修正しました。