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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
7/55

同行者

 二人は並んで、残りの帰り道を歩いた。ほどなくして、家に着く。


 少し苔むした赤茶色の屋根、乳白色の壁は青々と葉をつけたツタで覆われていた。

 家の前の花壇は祖母が毎日手入れしているので、季節ごとに色とりどりの花が楽しめる。

 

 ビーとシャイナは、石畳が敷かれた道を進んでいく。


 ビーの家は雑貨屋で生計を立てていた。

 表側の建物は店側のほうだ。母屋はその奥にある。

 母屋側に回ると少し距離があるので、店のから出入りすることが多かった。


 色ガラスで装飾された店側の扉を開ける。


「「ただいま〜」」


 チリンチリンと、入口の扉上につけられた訪問者を知らせるベルが店内に響いた。

 

 ビーに続いて、シャイナが店の中へ足を踏み入れる。

 シャイナの家はすぐ隣なのだが、「じいちゃんが心配だ」といって家に戻らず、そのままついてきていた。


 この店の店主はいわずと知れた、今朝腰を痛めた老人である。


 店にはさまざまな商品が所狭しと置いてあった。

 日用雑貨から釣りの道具や狩猟に使う弓矢、書架には料理本から小難しそうな題名の本が並ぶ。

 ランプや火種、携帯食糧など、多種多様な商品を取り扱っている。


 そんな品揃えの中、店内の大部分を占めるのは、ビー玉だった。

 

 大なり小なり透明なガラス瓶が棚にずらりと整列している。

 その中には、赤や水色、黄や緑など、ビー玉が色別に詰められていた。

 どれもこれも不思議な輝きを放っている。

 

 これらは、『ビー球』と呼ばれるものだ。


 人間が魔法を操る術を失って長い年月が過ぎた。

 再びその力を使えるようにと、約数十年前に開発された魔術道具が『ビー球』だ。

 はるか昔からこの世界に存在する、光や闇、地水火風といった自然界の力を、中に封じ込めてある。


 使用方法は、シンプルだ。

 投げる、撃つ、弾くなどのビー球への強い衝撃と、使用者の意志によって、力は解放される。


 ビーの祖父は、この辺境には珍しく、精霊たちの力を操ってビー球を作るという高度な技術を持っていた。そのため、彼の元には魔術関連の仕事も舞い込んでくる。


 それがビーを悩ます事件の発端になることが多いのだが、孫の願い空しく、注文が途切れたことはない。

 

 血筋なのか、幼い頃から祖父の仕事をみて育ったビーも、祖父のように術を使い、ビー球を自在に操ることができた。いつも携えている金色の銃は、ビー球専用の魔銃だ。


 ちなみに、シャイナもビー球を使いこなすことができる。

 動物的カンというのか、天才というのか、彼は特に何かを勉強したわけではなく、最初から使うことのできる素質を持っていた。ある時手にした炎の短剣(火属性のビー球がはめ込まれた魔剣)を、肌身離さず身に着けている。

 

 二人は店の奥へと進んでいく。

 平素であれば、店の正面奥のカウンターに祖父が座っている時間だ。

 

 老眼鏡をかけて地図を見たり、分厚い本とノートを見比べ羽ペンを走らせてたりしている。

 そして祖母は、はたきで商品のほこりを払い、天気がいい日は店前の花壇や植木の手入れをしているはずだ。


 しかし今は誰もいない。


 店の中は二人がいないだけで、だいぶ静かに感じる。


 ビーは、帽子を脱ぐとカウンターに置いた。


「今日はオレが店番しないとな」

「じゃぁ、オレも手伝う」


 シャイナは右手を高く上げて、宣言する。


「遊びじゃねぇぞ」

「わかってるって」

 

 その返事は、どこか楽しそうだ。


 シャイナは瞳をきらきらさせて、商品を一つ一つ注視しながら歩く。

 見慣れた店内のはずなのに、未知のものがあふれるこの場所は、彼の好奇心をくすぐるのであろう。

 商品を眺めているシャイナに、ビーは声をかける。


「先に奥いくぞ」

「おう」


 


 


 二人は、カウンター左手にある母屋へと続く扉を開けた。

 中の玄関で靴を脱ぎ、祖父母の寝室へと向かう。


 腰を痛めて安静にしているはずの祖父と、その面倒をみている祖母がいるはずだ。

 

 寝室が近づくにつれ、少しずつ話し声が漏れ聞こえてくる。


 最初は小さくてわからなかったが、そのうち祖父母以外の第三者の話し声も混じってることに気付く。


「「?」」


 誰だろう、と廊下で二人は黙って顔を見合わせた。


 時折笑い声もあり、楽しそうな雰囲気だ。


 ビーは、何故だか急に寒気を感じて、小さく身じろぎした。

 その様子を見ていたシャイナは、声のトーンを落として尋ねる。

 特に声を押さえる必要はないのだが、盗み聞きしているような気分になっていた。


「どうした?」


ビーは一度首を傾げる。


「……いや、何でもない」


そう答えると、ゆっくりとドアを2回ノックした。


「入んぞ」


 ドアを開けると、二人はすぐに第三者の正体を知った。


 思わずシャイナが指差す。


「朝見たっ!」

「マー・エチルスっ! ……っと、せんせい」


 思わず呼び捨てにしてしまい、ビーはまずいと思い慌てて敬称を添える。


「おかえりなさい、二人とも」


 驚いた二人の様子とは対照的に、エチルスは椅子から立ち上がって満面の笑顔で迎えた。

そう、あの盛大にコケてみせた、自称新任の先生だった。

 あの後クルギ医師に手当てされたのだろう、彼の鼻には横一文字に絆創膏が貼ってある。

 それが、余計に間抜けに見えた。


 祖父は寝床から軽く手を振りながら、孫の帰宅を喜ぶ。その横で、祖母も微笑んでいる。


「おー、帰ったか、ビービー」

「二人とも、おかえりなさいね」


 なぜだかビーは、部屋の和やかで穏やかな雰囲気に、再び寒気を感じた。

 シャイナにはその感覚がわからなかったらしく、いつも通り元気にあいさつを返す。


「たっだいま~」


「た、ただいま…」

 ——な何か、変だな。やけにじじぃが明るいような……――


 その予感は的中することとなる。

 

 祖父が意気揚々と話し始めた。


「いいところに帰ったわい。話がちょーうど今、まとまったとこなんじゃよ、ビービー」

「は?」

「ほんと、タイミング良かったわね」


 祖母は片手を頬に当て、嬉しそうにいう。

 

 ビーは、話の流れが読めなかった。


「……何の話だ?」

「もちろんお前のおつかいの件じゃ。いや〜、いい先生じゃのぅ。

 わし今日ついとるぞっ!」


 ふぉふぉふぉ、と祖父は不敵に笑う。


 ビーはまだわかっていない。


「階段から転げ落ちといて何いっ……」


 言葉が途中で詰まる。

 そして、悪寒の理由を急激に理解した――いや、分かりたくはない。

 事態はビーにとって最悪の方向へと動いていた。


「は? 今なんてった?」

「いや〜、いい先生が来て下さった」

「ほんとね〜、すみませんね、先生」

「いえいえ、お役に立てて光栄です」


 ビーの質問を無視し、祖父を中心に三人は朗らかに笑いあっている。

 シャイナに至っては全く状況が掴めず、とりあえず三人と一緒に笑っていた。


 その雰囲気が、ビーを更に焦らせる。


「ちょっと待て、全っ然わかんねぇぞ。何つった? おつかいがどうとか……」

「そうじゃよ、おつかいじゃ。今朝話したじゃろう?」

「まだふざけたこと……」


 ビーが却下しようとしたところ、更に爆弾発言に襲われる。


「先生が同行してくださるそうじゃ」

「――はぁぁっ!!?」

「実は街に預けた荷物を取りに行かなきゃならないんですよ」


 絶妙な間で、エチルスが追い打ちをかける。

 それが、祖父をますます上機嫌にさせた。


「タイミングがいいとはこのことじゃ。しかもじゃ、その目的地が一緒とは、うんうん」

「な、何勝手に話進めてんだ」

「渡りに船とは良くいったもんじゃのぉ〜」

「おいっ! 俺は」

「しっかりやるんじゃぞ、ビービー」「ビーちゃん、がんばるのよ」

「明日から学校がお休みなのも幸いでしたね」

「ちょっ」

 

 横で事の次第を見ていたシャイナも、口を出す。


「いいなビー、オレも行きてぇ」

「シャイナ、ややこしくなるからちょっと黙ってろ」

「学校の先生となら安心だわ」

「旅の準備はわしがしとくからな、安心せい」

「おいっ」

「大きな街道近くまでなら、毎朝牧草運んでるガトじいさんの荷馬車に乗ればよい」

「そうなんですね、ありがたいです」

「お弁当作ったほうがいいかしらね」

「向こうの店主には紹介状を書くから、問題あるまい」

「そうですね、お願いします」

「――人の話を聞けぇ!!」


 ビーの叫びは、もはや三人の勢いには勝てなかった。






 多勢に無勢。

 調子の乗った祖父母を止めることは到底できるわけがなく(しかも余計な人物も加わっている)、ビーは結局、おつかいを引き受けざるを得ない状況に追い込まれてしまった。


 このままでは埒が明かないと、シャイナと二人部屋を出る。

 

 ひとまず状況を整理するための時間が欲しいとビーは思った。

 あの三人(主に二人)からどうやって逃げるか、静かな場所で考えたい。

 そう考え、店側に戻ることにした。


 ビーはカウンター内のイスに腰を据えて、愛用の拳銃をクロスで丁寧に磨く。

 銃の手入れは日課でもあったが、集中したい時にそうすることも多かった。

 言動は乱暴でがさつだが、こういう時の手つきは妙に繊細だ。


 シャイナはカウンターの向かいで、椅子を反転させて、背もたれを抱き抱えるように座っている。


 普段ならば、ビーのルーティーンワークが終わるのを黙って眺めているところだが、今日は違った。

 両足をぶらつかせ口をとがらせる。


「いいな〜、ビー」

「何がいいんだっ」


 ビーは、即座に否定した。手を止め、怒りに満ちた瞳でシャイナをにらんだ。


 しかし、シャイナは動じない。


「だって旅行みたいなもんじゃん」

「俺は別に行きたくない。めんどくさい事この上ねーじゃねぇか」


 再び銃を磨き始めるが、自然と手に力が入る。


「そーかなぁ、畑手伝うより全然いーじゃん」

「良くない。

 俺がいなくなったら、誰が店手伝うんだ。ばあちゃん一人じゃ大変だろうし……。

 お前も断る口実考えろよ」

「ちゃんと心配だって伝えたら?」

「それは無理」


 変なとこで恥ずかしがるよな、とシャイナは思う。


「あ、そうだ。おじさんとおばさんの畑の手伝いするって理由もありか」

「オレの父ちゃんと母ちゃん、ビーのとこのじいちゃん・ばあちゃんのこと、自分の親みたいに思ってるとこあるから、じいちゃんたちの味方になっちゃうんじゃね。

逆に行かなきゃダメだろ的なこといわれるかもね」


 家が隣同士、ビーとシャイナが仲いい分、保護者たちの交流も自然と増える。

 

 シャイナの父母も息子に負けず劣らず面倒見がいい。

 これまでも祖父母になにかあったときは、積極的に世話をやいてくれた。

 その性格は、しっかりと息子に引き継がれている。

 


「父ちゃん母ちゃんが面倒みるから安心しろ、って送り出されると思うよ。

 第一じいちゃんの容態を心配して、ビーに畑仕事手伝わせないだろうし」


 母ちゃんは飯とか作りにくるかもな、と最後に付け加えた。


「……あり得る……」


 ビーは、大きなため息をつく。


 こちらが黙っていても、シャイナが家に帰れば、彼の両親は朝の出来事を聞いてくるだろうし(シャイナが様子見に来るくらい、祖父が階段から落ちた音は大きかったのだから)、遅かれ早かれ見舞いにも来る。そうして、祖父はおつかいの件を二人に話すかもしれない、いや、祖父の性格を考えれば、確実に話すだろう。そうして、シャイナの両親からも応援されてしまうのだ。

 

 そうなれば、ますます逃げ場はない。


「とりあえず、親父さんたちにすまないって伝えといてくれ。

 畑仕事、いつもみたいに手伝うつもりだったけど、じじぃの世話はしな「オレも行きたい」

 

 話を遮るように、シャイナはいった。


「……だめだ。ってか、行かねぇっていってんだろうが。人の話聞いてんのか」

「なんでだよー」

「嫌なもんは嫌なんだ」


 なぜ嫌か――面倒くさいというのはもちろん本心だ。

 他にも、祖父母が心配だから、誰かの手を煩わせるからというのもある。

 幼馴染を危険なことに巻き込みたくない気持ちもあった。


 しかし、それだけではない。

 心の奥底に、いい知れぬ漠然とした不安があったからだ。

 その不安が何かは、自分でもわからなかった。

 未知の世界へ行くことか、それとも別の――


「でも、どうするのさ」


 気分を切り替えたのか、シャイナは椅子の脚を半分浮かせてゆらゆらとバランスを取って遊んでいる。


「そうだな……」


 自分が嫌だという理由以外(心配していることは話さず)に逃げる手はないか、考えを巡らせた。


 村に着いたばかりの自称先生はとにかく、かつて祖父母がタックを組んで勧めてきたことを断りきれた試しはない。

 こういう時の二人の連携は目を見張るものがある。

 さすが長年連れ添った夫婦だ。


 しかも、唯一頼りになりそうなシャイナも、今回は味方してくれそうにない。


 ビーは一旦手を止め、銃をカウンターの上に置いた。そして、内側の引き出しを開け始める。


 その行動を、シャイナは不思議に思った。


「どうしたの、ビー?」

「いや、少しでも情報収集しとこうと思って」

「お、行く気になった?」

「違う」


 引き出しを端から開けていって、目的のものを探す。


「俺はあんま見たことねぇけど、確かここらへんに……」

「?」


 シャイナは椅子から立ち上がって、カウンターの中を覗き込む。


「お、あった」


 ビーは、引き出しから一冊の手帳サイズの台帳を取り出した。

 シャイナも、その分厚い台帳に見覚えがあった。


「あれ? これって」

「じじぃの話を受けるかどうかは、別、として、知ってて損はねぇ。

 このままだと何も教えられずに出されそうだからな」


 ビーは「別」を強調していいながら、台帳をカウンターの上に置く。

 

 表紙は、赤地に銀箔押しで、星や草花の複雑な模様が施されている。

 何十年と使われてきたのだろう、ところどころすり減り、色が薄くなっていた。

 左側に穴が縦に二つ開いており、そこに紐が通され、たくさんの紙の束が蝶々結びでまとめられている。

 

 随時新しい紙を追加できるようになっていて、下にいくにつれて紙が変色し、古いものだとわかる。


 これはビーの祖父が、依頼された仕事内容をひとつひとつ記入しているものだった。


 日用品の手配や、工芸品の修理、複製の依頼、魔術道具の補修など、様々な仕事を請け負っている。

 それは、この村だけに限らず、知人を通して外から舞い込むものも多かった。

 

 ビーは表紙をめくると依頼表に目を通す。一番上にあったものは昨日の日付が書かれていた。

 祖母のきれいな筆跡で依頼人の名前や連絡先、誰経由でこちらに来たか、その商品や依頼内容などが記してあった。大抵の仕事は、店や蔵の中の品物で賄えることが多い。


 五枚六枚とめくっていくと、目的のものを見つけた。

「あった、これだな」

「どれどれ?」

 

 ビーは指で文字を追いながら、読み上げる。


「えーと、長げぇ名前だな。アリ……アリュル・サフ……まぁ名前はいい。

 この依頼が至急になってるし、備考欄のとこにじじぃの字で『在庫なし』って書いてある」

「うんうん」


 シャイナが頷いたのを見て、ビーは更に読み進める。


「……すでに足りない分の商品手配はできてるみたいだ。

 ただ、これを取りに行かなきゃならないんだろうな。その方が早く仕上がる」

「うー、オレも行きたい」


 シャイナは机にかじりつく。


「だから、行かねっていってんだろ」

「じいちゃんとばあちゃん、説得できんの?」

「う……」


 シャイナは時折鋭いことをいう。


「オレ、あの二人のいうことから逃げられたビーを見たことない」


 一瞬、ビーは言葉に詰まる。


「う、うっせーな、何とかする。

 お前こそ、行きたいっていってるけど、おじさんとおばさんを説得できんのかよ」

「う……」


 シャイナの父親は、農夫にしては有余る筋肉隆々の男である。

 日に焼けた肌は健康的で、身長が高く、ガタイも良い。

 竹を割ったような気持のいい性格だが、息子の旅への同行をそう簡単に許すとは思えなかった。

 特に今は収穫期、人手は少しでも多い方がいい。


「いったとたん、大声で笑いながらそのまま畑へ強制連行されそう……」

「だろ? あきらめろ。

 俺は行きたくない。お前も行ける見込みがない」

 

 ビーは台帳をパタンと閉じると、引き出しへとしまった。

 再び拳銃を手にし、細部の点検を始める。

 

 シャイナはカウンターに突っ伏して、恨みがましい目で見てくる。


「絶対、ビーは行くじゃん。頼まれたら断れねぇだろ」

「……そんなこと「ある」


 ガバッと起き上がって、シャイナはビーの方に身を乗り出した。

 その勢いに気圧され、ビーは答えに詰まった。


「だってさぁ、ビーはたぶん、もう行くこと考えてるだろ」


 図星だった。


 回避方法を考えていながらも、最悪、最悪の事態を想定していなくもない。

 実質祖父母の頼みを断りきれるかどうかわからなかった。


 この店の経営で、生活が成り立っている。

 自分だって、手伝えるものなら手伝いたいとずっと思ってきた。

 まさか、こんな形で実現しようとは思いもよらなかったが。


 そう、幼馴染のいう通り。

 

 ビーは、頭の中ですでに旅行の算段を立てていた。

 台帳にはどこの街の、誰に頼んだかも記載してあった。

 普段祖父の話を聞いているビーにとって、旅の工程を想像するのは容易かった。


 ――こいつは、いつだって変なとこで敏いな―― 


 ビーはシャイナから視線を逸らす。

 その態度にシャイナは確信した。


「やっぱり」

「……仕方ねぇだろ。これは俺んちの仕事の話だ、他の人に頼めるわけないだろ」


 祖父がビーに頼む時点で、そんなに難しいミッションではないのはわかる。

 しかし、いつも一緒にいるとはいえ、さすがにシャイナまで巻き込むわけにはいかなかった。

 

 危険なことだってあるかもしれない。

 今回は偶然にもマー先生が同行してくれるようだが、本来は自分一人で行くべきものだ。


 ここで、さらにシャイナは嫌なことを聞いてくる。


「ビー、エチルス先生とうまくやれんの?」

「ぐ……」


 再び沈黙が流れた。


 ビーは、自分の性格をわかっているつもりだった。

 あまり親しくない人に対して、自分から積極的にコミュニケーションを取ることはない。

 いつもシャイナがそばにいて、うまく巻き込んでくれるから、村の人たちや同年代の子たちともいい距離を保てている。


 しかし、ここで黙ってしまっては、シャイナは引き下がらない。


「長くても一週間ぐらいだろ。何とかなる」


 たぶん、とビーは心の中で付け加えた。

 実際問題一人のほうが気楽だ。

 

 しかし、街まで着けたとしても、それ以外のことがビーにはさっぱりだった。

 野宿は経験済みだが、宿に泊まったことはない。

 お金を使う機会も少ない。

 村では気にすることはないが、他の街や村には独特のルールがあるかもしれない。

 

 マー先生は、そういう部分をカバーしてくれる、はずだ(ビーの頭に今朝の出来事が鮮明に思い浮かんだが、この場合は無視する)。


 ビーの答えを聞いて、シャイナは急にしゅんとした。


 顔をうつむかせて、机に置いた掌を固く閉じる。

 あれこれ質問してきていたシャイナが急に黙ったので、ビーは少し不安になった。


「シャイナ?」

「だって……」

「だって?」


 彼がどんな表情をしているのか、ビーからは見えない。


 絞り出すように、小さな声でシャイナはいった。


「……ビーだけ危ない目に合わせたくないじゃん」

「……シャイナ……」


 自分の身を案じてくれる幼馴染に、ビーは心臓がぎゅっとなった。


「だ、大丈夫だって。じじぃがそんな危険な仕事を俺に頼むわけがねぇし」


 シャイナの目線はまだ下を向いたままだ。


「街に行って商品取ってくるだけの、きっと単純な旅だぜ」

「……」

「マー先生だって同行するのはたまたまだし」

「……」

「シャイナが心配するようなことは何も起きねぇよ」


 シャイナは微動だにしない。


「街道沿いに進む安全な旅だから、な?」


 そこまでビーがいうと、シャイナはパッと顔を上げて、笑顔で聞いた。


「じゃ、オレも行っていい?」


ゴチンッ


「あいてっ!」


 間髪いれず、ビーの握った拳銃がシャイナの頭上を直撃した。



2018年11月25日 修正しました。

2021年9月28日 修正しました。

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