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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
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エピローグ

 その後、放心状態の祖父を寝室へと運び、お茶会はお開きとなった。


 シャイナとエチルスを玄関先まで見送りながら、ビーは祖父に対してまだ文句を垂れていた。


「――ったく、ふざけんなよ」

「まぁまぁ、そう怒んなよ」


 いつも通り、シャイナがなだめる。

 エチルスも苦笑いで答えた。


「まさか、リンゴのほうを期待されているとは思いませんでしたね」

「誰も想像できねぇよ」


 店を通り抜け、愚痴りながらビーがドアを開けると、空は橙色に染まりつつあった。

ビーに続いて、シャイナも出てくる。


「わ、もう夕方じゃん。あーあ、なんだかんだで休みももうすぐ終わりだな」

「今までにない休みだったけどな」

「確かに」


 シャイナは大きく頷いた。


 学校と聞いて、エチルスが感慨深そうにつぶやく。


「いよいよ学校も始まるんですね」

「そういえば、エチルスと学校で会うのは初めてになるんだよな」

「うう、今から緊張してきました」

「学校じゃ、ちゃんと先生って呼ばなきゃな」

「呼び捨てにしないよう気をつける」

「初の教師生活の始まりです……はぁ、あと数日のお休みで気持ちを整えます」


 エチルスはクルギ医師のところへ、シャイナは青ざめた顔をしながら、すぐ隣の自宅へと向かう。


 二人を見送ったあと、ビーは店の戸締りをして、久しぶりに自分の部屋へ戻った。

 そんなに長い間空けていたわけでもないのに、部屋に入ると何故だか懐かしく、ようやく肩から力が抜けた気がした。




 夜も更けてきた頃、ビーはいつものように自分の部屋で本を読んでいた。

 お使いの道中ではそんな余裕はなかったからか、日課なはずなのに新鮮に感じる。


 コンコン……コンコン……


 遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。


「?」


 普段この時間に祖父母が訪ねてくることは珍しい。

 ビーは不思議に思いながらも、ドアを開けた。


 ランプを手に持った祖父が立っている。


「まだ起きとるかの」

「じいちゃん、どうした? まだリンゴに未練があんのか」


 皮肉交じりで答えたが、祖父は意外にも真面目な顔を崩さなかった。


「無くはないが、ちょっと別の用事でな」

「別の?」


 ビーが眉間に皺を寄せると、祖父はランプを持つ手とは反対の手を挙げて、鍵の束を見せた。


「約束しとったろ。お前が帰ってきたら見せてやると」

「ちゃんと覚えてたのか」

「当たり前じゃろう。ほれ、ついといで」


 少し丸くなった背中を追って着いた先は、庭の一角にある二階建ての倉庫だ。

 主に祖父が店で使用する商品や修理に使う魔術道具や鉱石、これまでの旅で集めたものなど、大量に保管してある。背の高い棚がいくつも並んでいて、どの棚も物で溢れていた。祖父母だけでは整理が行き届かず、ビーも片づけを手伝うことが多い。


 ビーには、家の中でも入れない場所が二つあった。

 一つは祖父の工房。祖父が依頼された仕事を行うにあたって使用する部屋なのだが、危険物や不安定な素材もあるらしく、基本的には立ち入り禁止だ。昔、興味本位で中に入って遊んでいたのを見つかって大目玉を食らった。


 二つ目は、今いる倉庫の二階部分だ。

 一階部分は、保管物を持ち出したりいじったりしなければ入っていいことになっている。


 祖父は倉庫に足を踏み入れると、迷うことなく二階への階段を昇っていく。


 ビーもあとに続いた。


 木造の階段が二人の動きに合わせて、ぎしぎしと音を立てる。


 二階部分はそう広くはない。

 半分が吹き抜けになっていて、一階を見わたせるようなスペースもある。


 そのスペースの奥に唯一鍵のかかっている部屋があった。


 厳重な黒い扉に閉ざされた部屋、ビーにとってそこは未開の場所だ。

 しかし、そこに何が入っているかをビーは知っている。 


 祖父は手元のランプを孫に渡すと、きらりと光る鉱石がはまっている鍵を鍵束から選び取った。


 静かな倉庫の中に重たい音が響くと、扉はゆっくりとその口を開く。


 思わず、ビーは生唾を飲み込んだ。

 ランプを握る手の血管がドクリドクリと脈打っているのをはっきりと感じる。


 扉の奥は暗く、部屋の中はまだ何も見えない。


 祖父が先に入り口をくぐり、ビーも進んだ。


 深く皺が刻まれた手に一瞬光が灯ると、部屋全体が明るくなった。

 中央に置かれた大きめの照明器具が煌々と辺りを照らす。


 その瞬間、ビーは世界が自分の方へ飛びこんでくるような錯覚を覚えた。


 壁一面、床から天井まで、その部屋はびっしりと本で埋め尽くされていた。

 分厚い冊子に、不思議な模様が描かれている本、読めない文字で書かれた題名、高級そうな革張りの辞典シリーズなど、大小さまざまなものがビーに訴えかけている。


 ここは、祖父から読むことを禁じられていた魔術関連の書籍を集めた部屋だった。


 本棚の隙間に追いやられるような形で小さな机とソファーが置かれ、奥にある小窓から月の光が射しこむ。


 ビーの小さな心臓は鼓動を速めた。後ろにいる祖父を振り返る。


「じ、じいちゃん! 本当に……」

「今後はここに入ることを許そう。ま、約束じゃからな」


 ビーは身体がぶるっと震え、それと同時に部屋が煌めいているように見えた。


 物心ついたころから、ビーは魔術に興味があった。

 事あるごとに祖父母にせがみ、各地の伝説やおとぎ話の本を読み漁り、早々に基礎的な魔術書に手を伸ばすようになる。子ども向けのものを読み終えてしまうと、より難易度の高い魔術本を欲しがった。


 しかし、祖父母はそれを快く思わなかったようだ。


 与えられた本に読み飽きてしまったビーは、自ら新しいものを求め、こっそりと無断でこの書庫に出入りし始める。だが、幼い子どもすることだ。すぐに祖父母に気がつかれ、書庫には鍵がかけられてしまった。工房も立ち入り禁止になり、今に至る。


「もちろん、工房への立ち入りは今まで通りダメじゃぞ」

「あ、ああ、わかってる」

「本を読んで知識を得たとしても、危険なことはしないこと」

「ああ」


 背中から聞こえる祖父の忠告は、ビーの頭をすり抜けていく。

 それ以上に、今心に湧き上がる思いがあった。


「それから……「じいちゃん」


 ビーはゆっくりと振り返り、祖父の目を真正面から見据える。

 その瞳には強い光が宿っていた。


「どうした?」

「じいちゃん、俺、強くなりたい」


 ――もう誰かが傷つくのは見たくない

   自分の手で守れるようになりたい――


「……そうか。きっと、ここにあるものがお前を助けてくれる」


 祖父は理由を聞かず、ただ孫に優しく頷いた。


「そして、もっと外の世界を知りたい」

「……ああ、わかっとるよ」


 祖父の言葉は、月の光のように柔らかだった。


最初の投稿から二年経ってしまいました。

お付き合いいただき、ありがとうございます。

思っていたより長くなってしまいました。まだまだ書きたいことはたくさんあるので、次はもう少し早く更新できるように頑張ります。

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