旅の終わり(1)
引き金を引いた瞬間、獣の姿をした雷電がムーデナールへ向かって空を駆けた。
それとともに、体の中にあった何かをごっそりと持っていかれたような感覚を、ビーは味わう。
――倒れる。
そう直感したが、夢魔を仕留めたかどうかは見届けなければならないと思った。
身体が勝手に傾いていくのを知りながら、白銀の瞳はその獣の行く先から目を逸らさない。
ムーデナールに獣が喰らいついた、その時――
周囲は音をなくし、ただ白い世界になった。
ビーが倒れこむのと同時に、天井付近で大爆発が起こる。
洞窟内は熱と光、爆音と暴風の渦に包まれた。
ビーの身体は紙きれのように飛ばされ地面を転がり、どこか近くの岩場にぶつかった。
意識はすでに途絶えていた。
バヂッ……パチッ……
何かが爆ぜるような音がして、ビーは気がついた。
空気が熱く、視界は悪い。
音を頼りに視線を泳がすと、倒れ伏している地面の先に何かが落ちている。
紅い光が揺れる中、それは祖母が出発の際に持たせてくれたお守りだった。
首からかけられるように紐を通してある、小さな香り袋のようなものだ。
すでに半分が焼けてなくなり、残りの部分もじりじりと侵食されている。
「……ばぁ……、……さん………」
お守り袋に手を伸ばしかけて、ビーの意識は再び暗転した。
――? ……あた、たか……い?
春のやわらかな日差しの中にいるような心地で、ビーはうっすら目を開けた。
穏やかな光が、煌めきながらふわりふわりと視界を横切る。
身体は軽く、まるで鳥の羽毛に包まれているかのようだった。
――……ここは?
「ビー!!
目を覚ました! エチルス、ビーが起きたよ!」
「……シャ、イナ?」
「そうだよ! わかる? 見えてる?」
白くて薄いフィルターの向こうに、潤んだ太陽色の瞳のシャイナがいた。
「……何してんだよ、オレほんと心臓が止まるかと思ったよ!」
「……俺、生きてるのか?」
「そうだよ、勝手に死んじゃ困るよ!」
涙ぐむシャイナを見たビーは、いつも以上に罪悪感を覚えた。
「……悪い……」
「……でも、ほんとよかった」
ビーは自分があの後どうなり、今どういう状況にいるのか、まだよくわからなかった。
――死んでないことは、確からしい。
ふとシャイナの反対側に目をやると、両手で涙をぬぐうエチルスが見える。
いつもの整った優しい顔はぐしゃぐしゃで、目が赤い。
時折鼻をすする音も聞こえる。
「……ほんと……ぐずっ……よ、よがっだでず……」
「……悪かった、な」
言葉とともに涙があふれてくるエチルスを見て、ビーは素直にそう言えた。
ビーが身体を動かそうとすると、
「あ! まだ動いちゃダメだっ」
すかさずシャイナが注意する。
「ビー、かなりすごいことになってたんだから、この白いきらきらが消えるまでそのまま寝てろ!」
「……すごいことって……」
身体を動かすことは一旦やめて、ビーは記憶を遡ってみる。
確かに、ムーデナールにやられた傷はかなりひどいものだった。
しかし、引き金を引いたあとあたりから、よく思い出せなかった。
エチルスが泣いてしまって話せないため、シャイナが代わりに状況を説明してくれる。
「あん時、ここはビーを中心に風が吹き荒れててさ、すんごい音がしたと思ったら白い虎みたいなやつが夢魔に向かってったんだよ。
そしたら、エチルスが慌てて俺を引っぱってその場から離れた次の瞬間、どかーーーーーん!!」
シャイナの話を聞いているうちに、ビーも思い出してくる。
その白虎がムーデナールの喉元に喰いついた瞬間、大爆発が起こったのだ。
エチルスの咄嗟の機転で、二人は近くの岩陰に隠れたため、ぎりぎり難を逃れることができた。
爆発の影響は甚大で、山全体を振動させ、あわや生き埋めになるかと思ったとシャイナは話す。
しばらく物陰に隠れていると爆発は収まった。
二人が急いで元居た場所に戻ってみると、塞がれていた入り口の岩はほとんど無くなっており、中にすんなり入ることができた。
二人は広場の光景を見て、愕然とする。
そこは、荒涼としていて、地面が少しすり鉢状にへこんでいた。
天井の穴は二倍以上に広がり、屋根部分が半分以上無くなっている。
また生き物の気配はなく、夢魔の姿もない。
絶望を感じながらも、シャイナは幼馴染を探し始めた。
エチルスもすぐにシャイナに続く。




