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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
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新人教師(2)

「それは、先程お話しした友人というのが、ここの先生クルギだからですよ。

 クルギは父の知り合いで、僕にとっては年の離れた兄といいますか、悪友といいますか。

 昔からよくしてもらっているんです」

「ふーん。そのクルギ先生は、どこにいるんだ?」

「えーと、確か薬草が切れたとかで、山に採りに行くっていってましたかね」


 ビーは、はかりかねていた。

 

 唯一の証人と思われるクルギ先生がいない今、青年の話を鵜呑みにはできない。


 ――先生が帰ってくるのを待つか、それとも――


 ビーが考え込んでいると、エチルスが先に動いた。


「というわけで」

「あっ!?」


 エチルスはビーの左手を無理矢理掴んで引き寄せ、自分の両手でぎゅっと包んだ。

 そして、満面の笑顔でこう続けた。


「よろしくお願いしますね」

「……お、おう」


 その毒気のない笑顔に毒されたのか、ビーはつい返事をしてしまう。

 さらにシャイナが、余計なおせっかいを焼く。


「こいつ、ビー・ビーな」

「おまっ?!」


 シャイナがビーの抗議など気にすることはない。


「フルネームで呼ぶ人もいるし、ビーでもいいし、ビー・ビーって名前が重なってるってことでダブルとかツインとか呼ぶ人もいるよ」

「素敵なお名前ですね。じゃぁ、ビービーって呼ばせてもらってもいいですか」


 ビーはシャイナの方を一度睨んでから、観念したようにため息をつくと、再びエチルス

に視線を戻した。


「……好きに呼んだらいい。よろしく、マー先生」

「こちらこそ!」


 エチルスの両手に力がこもる。


 ビーは、小動物のつぶらなまなざしのように、栗色の瞳がきらきらと輝くのを目撃した。

 なんか苦手なタイプかもしれねぇ、とビーは思った。

 近くでよく似た善意のかたまりのような、変に押しの強い人間を見ているせいか、無下にできない自分がいる。

 

 満足な答えが得られたエチルスは、ビーの手を離すと、逆に質問をした。


「ところで、シャイナ君とビービーはどうしてここに? クルギに何か用があったんですよね?」


 ビーとシャイナは互いに顔を見合わせた。本来の目的を忘れている。


 ビーは、祖父のことを話すかどうか一瞬迷った。

 自分たちの先生だと名乗るエチルスを信用していいものかどうか。

 しかし、エチルスが心底の悪人にも見えなかった。

 

 また自分の祖父が腰を痛めたことは、知られて困るような情報でもなんでもない。

 昨日の夜に村に着いたエチルスに何ができる。

 本能だけで生きてるようなシャイナも、特に疑っている様子はない。

 

 ビーは、口を開いた。


「実は、俺の祖父が朝階段から落ちて腰打ったみたいなんだ。

 それでクルギ先生に診てもらいたい」

「そうだったんですね。

 クルギはもうすぐ戻って来ると思いますけど、僕から伝えておきましょうか。

 見たところ、二人とも学校に行く途中ですよね?」


 二人が肩にかけているカバンを交互に見ながら、エチルスはいった。


「ああ」

「うん、登校中ー」

「じゃあ、なおさらですね。ビービーの自宅っていったらわかりますか?」


 ビーは頷きながら答える。


「クルギ先生なら、よく来てもらってるから」

「分かりました。クルギにはちゃんと伝えておきますから、二人は学校に行ってください。

 先生になる前から、生徒を遅刻させられませんから」


 エチルスが待合の時計を見上げると同時に、外で鐘の音が響く。

 

 カラン―― カラン――


「やべっ! ビー、あれ予鈴じゃん」

「わわわわっ、ダメですよ、遅刻は。早く行ってください」


 シャイナは、先程入ってきた診療所の扉開ける。


 ビーは振り向き様、エチルスに念を押した。


「悪いけど、頼んだ。クルギ先生によろしく」

「任されました、いってらっしゃい!」






 二人は学校へと向かう道を並走する。


 同じ速度を保ちながら、シャイナはビーに話かけた。


「相変わらず、知らない人に対して、警戒心、強すぎじゃね?」

「……うるせーな。お前は無さすぎ、なんだよ」

「だって、嫌な感じとか、なかったし?」


 一定のリズムで、走る呼吸に合わせて話す。


 ビーはしばらく黙ったあと、呟くようにいった。


「お前の野生のカン、一応信用してんだけどな」

「お、さんきゅ。まぁ何かあっても、ビーがなんとか、してくれるだろっ」


 今日は日差しが暖かく、笑顔で答えたシャイナの額に汗がにじんでくる。

 ビーは軽やかに走りながら、前を向いたまま答えた。


「俺は知らん」

「えっ!? どわっ」


 シャイナは幼馴染の意外な言葉に足元をとられ、前につんのめった。

 倒れる寸前、体勢をなんとか維持して走り続ける。

 

 再び横に並んだシャイナに向かって、


「自分のことは、自分でやれよ」


 そういって、ビーはいたずらっぽく笑った。


「むぅっ、こんにゃろっ」

「わっ!?」


 先程の発言が意図的だったことを知ると、シャイナは走りながらビーに軽く体当たりする。

 ビーも応戦し、互いに軽く小突き合いながら、学校の表門を走り抜ける。

 

 表門から校舎までは一本の坂道が続いている。ここを抜ければ、教室まですぐだ。


「そういいながらも、結局何とかするんだもんな」

「うっせーな。ふざけてるとまじで遅れるぞ」

「はいはい、照れない照れない」


 シャイナには、ビーの頬がほんの少し赤くなったのがわかった。

 またそれが、走っているせいだけではないことも。

 

 二人は、始業時間に間に合うべく、坂を駆けあがっていった。


2018年11月25日 修正を加えました。

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