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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
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一対一(3)

 ビーは立ちあがり、自分の背後にむけて銃を撃った。


「今ここに光を結ばん――雷導印(ライジング・ロード)!」


 球はビーの背後の地面にめり込むと、かすかな光を放つ。


 ――あとは、あいつをできる限り中におびき寄せる。


 危険は承知の上だった。

 ビーは、ムーデナールの横を駆けぬけ様に、右手の剣を一閃させる。

 剣はあっさりと、夢魔の生っ白い肌を斬り裂いた。


 防御も動きもしないムーデナールに、ビーは違和感を覚えるが足は止めない。

 このまま目標地点を走り抜き、ある程度距離を取る予定だった。


 ――が、急に周囲の音が聞こえなくなる。


 それを認識した次の瞬間、ムーデナールが背後に詰め寄っていた。


「――ぐっ!!?」 


 八本の刃がビーの上から降り注ぎ、地面に突き刺さる。


 抵抗する間もなくビーの小さな身体はムーデナールの刃の檻に閉じこめられた。


 寸でのところで腕や足を切断されずに済んだが、何本かの刃はビーの肌を服の上からを喰らった。

 下手に動けば、その牙は成長途中の手足を更に傷つける。

 ムーデナールがその気になれば、黒い獣は今すぐにでもその身体に食らいつくだろう。

 その瞬間、ビーの命は一瞬でこの世から淡雪のように消え去る。


 ――あと少しだってのに!


 白地に赤が交錯するその身体は、あちこちからぶすぶすと黒煙が上がっていた。

 ダメージは確実に蓄積されている。


「……ォオまぇは、アノ女とおなじィ。コんどは、今度コソはちャんと切ってやル……」


 そういって、ムーデナールは歓喜と殺意と憎悪が入り混じった顔をした。


 ――あの女?


 そのワードが気になりながらも、ビーは夢魔の奇怪な発言とその顔に身の毛がよだつ。


「スグ、やらなィ――ユッくり、少しズツ、大事ニオトしてやる」


 これからの行為を想像して、夢魔は古びた扉が軋むような声で笑った。


 足元まで伸びてきた死の気配は、ビーに決断させる。

 小さくすばやく呪文を唱えた。


「――訪れるものに等しき雷帝の力を示さん

  我 今ここに 汝を導きたり」


 恐怖を振り払うように、叫んだ。


「ムーデナール!」


 ビーは持っていた短剣を地面に突き刺し、銃を構えて続ける。


「どっちが生き残れるか……我慢比べだ。

 ――聖域を犯す者に裁きを与えよ!」


 周囲の地面が黄金色の光を帯びる。

 銃口を自分の足元に向けて、引き金を引いた。


「聖域守護の雷電(サンクチュアリ・エイクパージ)!!」 


 球が地面にめり込んだ次の瞬間、轟音とともにビーとムーデナールに幾本もの稲妻が襲来する。


「グうゥォオオオオオォォォォおおオオおーーーーー!!」

「ぅわああああああーーーっ!!」






 ビーと夢魔は魔術印が描かれた大地の中心にいた。


 その魔術印は、ビーが攻撃と見せかけて放ったビー球が元になっている。


 数少ない球数で一撃必殺の術を繰り出すのは難しい。

 そして撃てたとしても、対象に当たらなければ意味はない。


 そこでビーは残りの球を、円をなぞるように六つ配置した。

 六つの球は、それぞれが六芒星の頂点を形成する。


 指定した範囲全域を攻撃することができる、ビーが唯一知る術式だ。

 以前祖父の工房に置きっぱなしになっていた本を盗み見たことで知った。


 当初の予定では、ムーデナールをその六芒星の中心におびき寄せ、自分はそのエリアの外から術を発動する予定だった。しかし、不覚にもムーデナールの俊足に捉えられ、エリア内に閉じこめられた。


 刃の檻の中で命の危機を感じたビーは、覚悟する。

 このまま術を行使し、自分が生き残る可能性に懸けたのだ。


 発動させた術を、自ら受けることになるとは想像できなかっただろう。


 断続的に訪れる激痛に、ビーの身体は熱に浮かされたようで、目がくらんだ。

 心臓のあたりが特に熱い。

 一秒が永遠に続くかのように長く感じられた。


 それはムーデナールも同じだったに違いない。

 悶え苦しみ、爆発にも似た音のあとに耳をつんざくような絶叫がこだまする。

 軍配がどちらに上がるのか、誰にもわからなかった。






 いつその攻撃が止んだのか、ビーにはわからなかった。


 身体を駆けまわる激痛と痺れに耐えながら、どうにか目を開ける。

 脳が周囲の景色を理解するまでに、少し時間を要した。


 自分の身体は地面にうつむいて伏していた。

 刃の檻が目の前にある。

 両手に何かを持っている感触も伝わってきた。

 左手に愛銃と右手は地面に立っている短剣の柄を握っている。


 ――俺は負けたのか?


 と、ビーは思った。


 まだムーデナールの刃が地面に突き刺さっていた。

 檻が解消されていないということは、夢魔はまだ生きていると判断したからだった。


 ――早く立ちあがらなければ止めを刺される!

 

 短剣を支えになんとか起き上がろうとする。

 力の入れ方を忘れたかのような手を制御するが、ほんの数ミリ動いただけでも四肢を引き裂かれるような痛みが走った。


 わずかに顔をあげた時、不思議な光景を目にした。


 ――天井がない。


 ムーデナールの指である刃は、残っていた八本すべてが根元から折れ、いくつかはすでに無残に砕けて地面に散らばっている。

 地面に刺さっている鉄柵はわずか数本。

 それすらも、ピシピシと小さな音を立てていて、触れれば崩れ落ちそうだ。


 見れば、あの夢魔は、刃の無くなった両手を幽霊のように伸ばしたまま、仰向けに倒れていた。

 死んでいるのか、ただ気を失っているだけなのか、ピクリとも動かない。


 ムーデナールと命を賭けた戦いに勝利したのだ、とビーは思った。

 

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