一対一(2)
周囲を警戒したのち、意を決したようにマーは出入り口へと足を踏み入れ、そのまま姿が見えなくなった。
――通り抜けた。二人はこの広場から出られたんだ!
このことは、ビーの不安を大きく取り除いた。
シャイナが助かる可能性はより高くなり、マーも戦いから離脱させたことになる。
またムーデナールを抑え込めば自分も脱出できるかもしれない、という淡い期待が浮かんだ。
――ひとまず先に、あの硬化をどうにかしねえと。
終わりが見えない戦いの中、ビーは先程から考えていたことを実行に移す。
いや、移そうとした最中だった。
不意にムーデナールの背後で爆発が起きる。
それは、マーたちが走っていった方向だった。
盛大な音をたてながら、岩肌が崩れ落ちる。
「なっ!?」
その光景にビーは愕然とする。
自分たちが入ってきた入口は破壊され、崩落した岩石で塞がれていた。
間髪入れず、今後は反対側、ビーの背後で激しい音が響き渡る。
ビーがふり返ると、粉塵舞う中、あの女が笑みを浮かべて立っていた。
――俺を逃がすつもりはないってか。
シャイナたちを見逃したのはわざとだな。
「チッ!」
舌打ちをしながら下がると、ムーデナールの刃がビーの残像をかき消した。
ビーは一つ確信したことがある。
あの猫から変化した女は直接自分に手を下さない、ということだった。
おそらく最初からシャイナとマーは関係なかったのだ。
二人は自分を逃がさないための人質だったとする。
自分がこの場に残ると確定した時点で、二人は用済みだ。
見逃したことにも合点がいく。
二人が去った今、猫女が標的である自分を直接攻撃すれば事は早く片付く。
それにも関わらず、出入り口を塞ぐという遠回しなやり方で、殺すことなく生かした。
執拗にムーデナールと戦わせたがっている。
それは、ムーデナールが封印されていたことと関係があるのか。
ムーデナール自身、この銃に見覚えがあると言っていたことも気がかりだった。
しかし、考える時間など与えてもらえない。ムーデナールの攻撃は容赦がない。
猫女が手出ししてこないとはいえ、この夢魔を倒す以外ここから出る手段など、ビーにはないのだ。
剣を右手に持ち替え、銃を抜いた。
すばやく夢魔の脇を抜けて右側に回りこむ。
「風を呼び 雲を掴み 空を駆けてくるものよ
今ここに光を結ばん
雷導印っ!!」
ガキンっと音をたてて、ビー球はムーデナールに弾かれる。
そう簡単に的になってはくれない。
黒い身体を器用にねじり、ムーデナールはその反動を利用して攻撃を仕掛けてきた。
刃の雨をくぐりぬけ、避けきれないものは右手の剣で払う。
体勢を崩せればと足首に蹴りを入れてみるが、その身体はびくともしない。
再び右手を狙って引き金を引く。
ビーの放った球は、ムーデナールの黒い肌を掠るだけに終わる。
相手の攻撃をかいくぐり、ピンポイントで右手の刃、指の付け根を狙うのはそう簡単ではなかった。
――ならば、ここはどうだ――
ビーは夢魔と距離を詰めると、覆いくる手のひらをかわし空中へ跳びあがる。
ムーデナールの頭を越えながら、照準を合わせた。
次の瞬間、銃が吠える。
夢魔の脳天目がけて球が放たれた。
しかし、これも黒い壁に阻まれる。
「くそっ!」
着地すると同時に、ムーデナールの刃が追ってくる。
――アイツは目で追うのが遅い、ならば――
ビーは方向転換し、再び夢魔の足元をすり抜けようと駆けた。
しかし、それは相手の予想範囲内だったようだ。
ビーの横腹にムーデナールの足蹴りが入る。
間一髪、ビーは銃と剣で直撃を避けるが、衝撃で身体が舞いあがった。
空中では身動きが取れない。
その隙を逃さず、ムーデナールは両手を広げてビーを斬り裂きにかかる。
体勢を崩された状態で、ビーは銃を構えた。
当たるか定かではない。
このまま何もしなければ、身体はボロ雑巾のようにズタズタにされるだろう。
自分の身体を捉えんと蠢く刃に向けて、迷わず引き金を引く。
「雷弾ッ!!」
放たれた球は、四発。
三つは地面を穿つだけに終わるが、一つだけ目標を捉えた。
両手を広げたムーデナールの、その手のなか。
辛くもそこは、ビーが狙っていた欠けた刃の根元。
金色の輝きを放ちながら、球は吸い込まれるように白い皮膚の部分を打ち抜いた。
「ギいアァえィああアァァああぁぁぁぁーーーー!!」
夢魔の全身に雷が走り抜ける。
絶叫とともに、その身体に亀裂が走った。
ヒビが入った部分から殻がはがれるように、ぱりぱりと音をたてながら黒い破片がムーデナールから落ちていく。
地面に落下したビーは、這いつくばったままその光景を目にした。
鋼鉄の身体は、再び元の状態に戻ったのだ。
――これで、条件はそろった!




