意地
夢魔の長く鋭い刃の切っ先は、ビーの目前でその動きを止めていた。
カチカチと力の拮抗する音と、ゴウゴウと唸る炎が揺らめく。
「間一髪、間に合った」
「シャイナ!」
ムーデナールの刃を止めたのは、シャイナの炎の剣だった。
シャイナは力を受け流すようにして、刃を払う。
夢魔から目を離さず、ビーはシャイナに尋ねる。
「シャイナ、マーは無事なのか?」
「うん、大丈夫。バリアってーの? それでほとんど無傷だよ」
「そうか、魔術障壁か。マーはそんなのも使えたんだな」
ビーは安堵の息を吐いた。
シャイナはその様子を横目で捉える。
「エチルスからの伝言なんだけどさ。ビー、あいつの右手の違和感気づいてた?」
「右手の刃物、親指と人差し指がない。あと微妙にかばうな」
「お、さすが。それね、エチルスのおかげだよ」
「マーが?」
「その魔術なんたら、バリアー?」
「魔術障壁」
「そうそう、それ。あいつと土煙の中で鉢合わせた時、咄嗟にそれをぶつけたんだって」
「それで、あいつの刃は折れたのか」
「そう。きっと右手全体にもダメージは残ってるはずだって」
「意外と根性あんな、マーのやつ」
「だろ? オレもそう思った!」
「マーのおかげだな。傷ついた足はヤツの動きにさして影響がない。足よりも手を気にしてる。突破口はそこだな」
「おっしゃ!」
シャイナが気合を入れたその時、先に動いたのはムーデナールだった。
二人の間を裂くように、五本の刃が空を切る。
ビーは飛び退き様に、ムーデナールの頭に照準を合わせるが、すぐに右手の刃が追ってきた。
軽く舌打ちをしながら、着地したその足でさらに後退する。
「こっちも忘れないでよ!」
シャイナが大きく振りかぶり、ムーデナールの背後から後頭部を狙う。
再び高い金属音がし、今度は夢魔の刃が炎の剣を防ぐ。
「邪魔スルなァアアあぁッ」
「邪魔してんのはそっちだろ、炎・火花!!」
シャイナの掛け声とともに、炎の剣から複数の火の玉が生まれた。
ムーデナールの左腕に触れると弾けて爆発する。
思わずムーデナールは左手をひく。しかし同時に、三本の右手の刃をシャイナに繰り出した。
それはシャイナの着地点を穿つ。
足場が不安定になり、シャイナはバランスを崩した。
狙い定めたように、夢魔の五本の牙がシャイナを狙う。
「させるかっ!――雷電弾」
光り輝く雷球は勢いよくムーデナールの刃に当たると、シャイナに向けられたその矛先を変えた。
「サンキュ、ビー!」
体勢を整えたシャイナが、再びムーデナールへ剣を振るう。
しかし、ムーデナールは左手をぐわっと開き、剣ごとシャイナを握りつぶそうと動く。
すかさずビーが仕掛けた。
「雷の流星群!!」
ムーデナールの右腕に、星が降るように雷が落ちる。
「ぎャイヤァアアアアァあーーーーー!!」
肩から右腕が、焼け焦げた炭のように黒くなった。
間髪入れず、シャイナが跳躍する。
「――紅竜の牙っ!!」
ムーデナールの脳天に炎の剣を振り下ろした。
ガキーーーィィイインッ!!
金属音が空気を振動させる。
夢魔の肌が再び硬化していた。
シャイナの剣は届かない。
剣を受けたことをきっかけに、頭部から足先に向って硬化の波が広がっていく。
ビーはすぐさま引き金をひいた。
「天雷矢!!」
二本の矢がムーデナール目がけて飛ぶ。
今度は目標に到達するも、雷の矢は鋼鉄の肌に跳ね返されてしまう。
――まずいっ!
すばやく空になった試験管を入れかえる。
黒の波は一気に夢魔の全身に広がり、硬い金属がムーデナールの表面を覆っていた。
動かなければ、そういう材質で作り上げたオブジェにも見えたかもしれない。
シャイナの剣を二度も受け止め、魔術さえも歯が立たない。
――あの状態だと攻撃が効かないっ!
硬化は最終手段のように思えた。ぎりぎりのライン、致命傷を避けるために使う。
ただし、これまではすぐ元に戻っていた。
つまり、その状態のままでいることは夢魔にとって能力負荷が大きいか、硬化したままでは不利な点があるかだ。
マーが魔術障壁で相手にダメージを与えたということだったが、それは相手も油断していた、ノーガードだったからこそ効いたのではないか。
残念ながら、ビーは魔術障壁を作り出す術を持っていなかった。
なんとなく想像できるものの、それを試すには持ち球が少なすぎる。
銃を握る手が汗ばむ。
シャイナの炎の剣ならば、彼が力尽きない限りは使用可能だ。
接近戦でシャイナをサポートしながら、隙をみて強力な魔術を打ち込む。
マーがいつ復帰できるのかはわからないが、その場合彼の持つビー球を共有できれば凌げるか。
頭の中でさまざまなシミュレーションが飛び交う。
考えることに集中して、目の前の些細な動きをビーは見落とした。
「ビー!!」
シャイナの悲鳴に近い声が耳を貫く。
刹那、ムーデナールがすぐ目の前に立っていた。
奇妙に長い腕が、大きく振り上げられる。
夢魔の口は、裂けたように笑っていた。
――避けられないっ!
ビーは咄嗟に銃を前に突き出す。
ドンッと身体に強い力が加わったと思った瞬間、黒い影が前をよぎる。
ザシュゥキイィイインッ――
強い引力に引っ張られるかのように、ビーの身体は一気に壁まで吹っ飛ばされた。




