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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
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新人教師(1)

「——ったく、冗談じゃねぇ」

「まぁ、そんなに怒るなよ。じぃちゃんも悪気があ「ある、大いにある」


 シャイナのフォローを、ビーは食い気味に否定した。


 さっきのどたばたで思いの外時間がなくなってしまった二人は、朝食をすばやくすませ家を出た。


 シャイナは、取りに戻った鞄を肩から斜めにかけている。

 体のわりに少し大きめの鞄に荷物はあまり入っていないようで、歩く度に中のものと腰の後ろに差している短剣とがぶつかりあって音をたてた。

 

 ビーはというと、シャイナより少し小さめの象牙色の鞄を同じように肩から斜めにかけ、ズボンと揃い色の上着を羽織っている。

 腰にはいつものようにホルスターを巻き、そこに銃しまっていた。

 歩くリズムと、カチャカチャと鳴るビー球の音が重なる。

 人目を避けるように目深に被った帽子からは、頑固そうな銀の髪が飛び出ていていた。それを抑えるように、大人用の茶色いガラスのはまったゴーグルを帽子の上からつけている。


 シャイナは先程の朝の出来事で、ふと疑問に感じたことをビーに尋ねた。


「思いっきり断ってたけどさ、ビーは村の外に出てみたくねぇの?」

「……別に、あんま興味ねぇ。お前はどうなんだ?」


 村の外に出るなんて、ビーは考えたこともない。

 意外にシャイナが乗り気なのが、不思議だった。

 

 逆に質問を返されたシャイナは、両手を頭の後ろで組んで笑って答えた。


「オレ? オレは行けるんなら行ってみたいかな。なんか楽しそうじゃん。

 兄ちゃんもおっきい街で働いてて外に出てるから、ちょっとうらやましいんだよな」

「そういや、お前の兄ちゃんはどっかの王族かに仕えてるんだっけか」

 

 兄ちゃん元気かな~、とシャイナは空を見あげて呟いた。


 ビーは少し昔を思いだす。

 確か、シャイナと出会ってすぐの頃だっただろうか。彼の兄が村のみんなから盛大に送り出されていくのを、ぼんやりと覚えている。

 

 あの時は何がすごいのかわからなかったが、こんな辺境の村から王族に仕えるなど、大躍進もいいところだ。鳶が鷹を生むとは、まさしくこういうことをいうのだろう。

 家族の名誉だ。


 しかし、ビーの記憶の中のシャイナは、あまり笑っていなかったような気がした。


「ね、ビーってさ、行きたくない理由って本当にそれだけ?」


 シャイナからまた尋ねられ、ビーの思考は中断された。


「あ? 悪い、聞いてなかった」

「行きたくない理由だよ。めんどくさいってだけじゃないんじゃね?」

「じじいがむかついたから」

「そうじゃなくて。じいちゃんとばあちゃんのこと心配なんだろ?」

「……」


 ビーは、思わずシャイナから目を逸らした。


 シャイナの考えは確信へと変わる。

 口では悪態をついているけれど、その実家族が心配なのだ。

 シャイナは、一番近くで見てきたから知っている。

 ビーが祖父母から愛されているのを、そしてビーも祖父母を大切に思っていることを。


「やっぱなー。こないだはばあちゃんが足痛いとかいってたし、じいちゃんも外から帰ってきて怪我してること多いもんな」

「……なんで」


 なんでわかるんだ、といいかけてビーは止めた。


 この幼馴染のエスパー的な勘のよさは、今にはじまったことではない。

 幼い頃から一緒にいすぎたせいなのか、自分の考え方がワンパターンなのか(そんなことはないと思うのだが)。

 

 ここで意地をはって否定することもできるが、シャイナ相手では無駄だと思った。

 それさえも見透かされそうだ。

 あきらめて息をつく。


「……行くのは確かにめんどくさいとは思ってる。でも、少しは興味もなくはない。

 ただ、じいちゃんとばあちゃんを残して行くのは心配だ――」

「ちゃんといえばいいじゃん」

「それは絶対に嫌だ。口に出したら最後、じじいが浮かれ上がるじゃねぇか」

「ちょっと想像つく」

「だろ。事あるごとにネタにされるにきまってる。

 第一、じじいには反省も必要なんだ。俺が甘い顔したら、もっとひどいことになるだろーが。

 人には簡単に依頼するくせに、何が妙案だ、俺の頼みはきいてくれた試しがない」


 ビーは話しているうちに、また怒りがふつふつと湧いてくるのがわかった。

 先程の怒りだけではなく、日頃の鬱憤も顔をだしかけている。


 シャイナは苦笑いしながら聞いている。


「前からいってるもんな――あ、ねぇビー、先生んち寄るんだろ」


 シャイナの足は村の広場の噴水前で止まる。


「ああ、そうだった……」


 ビーも足を止めた。しかし、そこから動かない。


「どしたの、いかねぇの?」

「もう少し動けない方がいいかと思って」

「いやいやいや、さすがに行こうよ」






 学校は村の北西に位置しており、東の端にある二人の家からは、必ず広場を通らなければならない。

 広場はこの村の中心であり、ここから道が放射線状に伸びていることがわかる。

 

 真ん中に大きな噴水があり、側には村役場や商店といった生活に必要な店が並ぶ。

 昼間にもなれば、多くの村人がここを行き交うだろう。

 

 この時分も、ビーたちのように学校へ行く子どもたちや、畑や森に仕事に行く人たちがちらほらと見受けられた。

 

 二人が目指す、村で唯一の診療所は、この広場の南側にある。

 

 白い小さな平屋で、診療所兼住宅だった。きれいに切りそろえられた植木が、周囲を囲む。

 診療所の入り口は、広場より二、三段高く作られていた。

 その入り口の隣に広がる庭には、奥へ続く小径がある。

 丸い飛び石を辿った先は、居住スペースへとつながっている。

 

 ビーは階段を上ると、診療所のドアを躊躇なく引いた。

 鍵はかかっておらず、木製の扉は乾いた音を立てて開く。


「おはようございまーす。先生、いるー?」


 ビーは声を掛けながら、慣れた様子で中に進んでいく。

 そのあとにシャイナも続いた。

 

 ドアの向こうは、待合室だった。窓からの入る朝日に照らされて、中は明るい。

 入口のすぐ横に受付があり、奥にはきれいなソファーやイスが並んでいる。

 部屋の奥にはまた扉があり、『診察室』と書かれたプレートが掛けられていた。

 

 ビーは祖父母(主に祖父だが)の付き添いや、今日のような緊急事態がある度に訪れていた。

 自分自身も幼い頃は怪我をしたり風邪を引いたりで、よく通っていた場所だ。

 

 シャイナも知らない場所ではない。

 他の子供たちと遊んで無茶をして傷だらけになって、先生に怒られたこともしばしばだ。

 

 先生は子供好きで、暇があれば相手をしてくれた。

 日に焼けた肌は黒く、ガタイもいい。

 口の周りに立派な髭を生やしていて、『森のくまさん』などとあだ名がついている。


「せんせーい、起きてる?」

「先生やーい」


 ビーとシャイナは再度呼びかけた。待合室に二人の声が響く。

 しかし、反応はない。


「いないのか?」

「まだ寝てんのかな」


 普段ならば、よく通る大声で答えながら、奥からダンダンと足音をさせて走って出てきてくれるのだが。二人は顔を見合わせ、首を傾げた。

 

 家のほうに回ってみるか、と二人が移動しようとした時だ。

 奥の方からかすかに声と足音が聞こえてきた。






「……ーぃ、はーい!」

 

 ガチャべしゃりっ


 扉が開いた瞬間、その人は顔面から廊下に勢いよく突っ伏した。


 二人はその光景に思わず唖然とした。


 奥から出てきた声の主は、診察室のドアを開けるのと同時に、廊下に顔から倒れこんだのだ。

 

 ビーたちにははっきりと見えた。

 倒れる時に、自分の足で、自分の服の裾の前部分を踏んでいるのを。

 特に受け身を取るような暇もなかったので、かなりの勢いで顔面を強打したと思われる。

 

 ビーとシャイナは突然の出来事に助けることも忘れ、呆然と立っていた。

 しばらくすると、その人物はゆっくりと顔を上げた。


「……いてて、これだからスリッパは苦手なんですよね〜」

 

 ――スリッパ!?――


 のんびりした口調で独り言をいいながら、青年はゆっくりと上体を起こす。

 額と鼻が赤くなっていた。


「あー、ちょっと痛いな」


 おでこを撫でる右手の指を栗色の髪がすり抜ける。


 先程の見事なまでの顔面強打を見ていた二人は、ちょっとですむのか、と再び心の中で突っ込んだ。


 青年が二人に気付いて、明るい声で呼びかけた。


「あ、君たち、先生にご用ですか?」

「……はっ! あ、そうなんだけど……」


 ビーは、ようやく本来の目的を思い出した。

 しかし、一連の行動を目撃した後だ。彼に話していいものかどうか不安になる。

 

 ビーが答えない代わりに、シャイナが話を継いだ。


「お兄さんこそ、大丈夫? めっちゃ顔打ったと思うんだけど」


 シャイナの素朴な疑問に、青年は笑顔を絶やさず答える。


「僕なら平気です。よくあることですから」


 ――よくある?――


 二人の心の声が再びシンクロした。 


 青年は、よいしょっ、といって立ち上がると、二人に近づく。

 足首まである丈の長い一繋ぎの白い服を着ているので、彼の身長は実際よりも高く見えた。

 その白服の上に、金で植物模様の柄が描かれた瑠璃色の布を肩から羽織っている。

 歩く度に、裾の方が風にはためいた。

 きれいにカットされた栗色の短髪は、育ちの良さを彷彿とさせる。

 

 一歩一歩と詰まる距離に、ビーは自然と警戒心を強めた。

 

 さすがに最初は面食らったが、すぐに自分を取り戻す。

 前を向いたまま姿勢を崩さず、左手はホルスターにある銃へ伸びる。

 そして、待合室を進んで来る青年に向かっていった。


「お前、だれだ? 村のもんじゃないよな」

「そうだよなぁ、見たことないもんね」


 ビーの冷たい言葉とは裏腹に、シャイナは普段と変わらない口調で話す。


 青年は、右手で頭を掻いて、照れくさそうに答えた。

 ティアドロップ型の宝石がついたピアスが、陽の光を反射してきらきらと揺れる。


「ああ、僕ですか。他の街から来たんですよ。

 実は昨夜遅くにこの村に着いたので、クルギ以外の方はご存知ないですよね。

 今日村役場のほうに顔を出す予定なんです」

 

 青年がそばまで来ると、ビーは少し後ずさった。

 

 青年は顎に右手を添えて、少し考えると、


「自己紹介した方がよさそうですね」


 といって腰をかがめた。二人と同じ目線にそろえると、手を胸に充てる。


「僕の名前は、マー・エチルス。この村の学校に教師として赴任した者です。

 きっと君たちの先生になると思いますよ」

 

 エチルスはにこりと笑って、二人の前に右手を差し出した。


「……教師?」


 ビーは疑問に思ったが、シャイナが先に応えた。


「おー、そうなんだ。俺、グック・シャイナ。

 じゃぁ、マー先生って呼べばいいのかな、よろしくな」


 人を疑うことを知らないシャイナは、あっさりとマーの手を取り握手を交わした。


「シャイナ君ですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 マーとシャイナは仲良さそうに、手を上下に大きく振っている。

 見知らぬ誰かとすぐに打ち解けるのは、シャイナのいいところだ。

 

 しかし、ビーはシャイナとは違う。


「……なんでこの時期なんだ? 

 新しい先生が来るなんて話、学校じゃ聞いてねぇし。

 しかも今日は終業式で、明日からしばらく休みだ。

 普通は休み明け直前とかに来るもんじゃねぇの?」

 

 エチルスは困ったように笑った。


「ん〜、校長先生からはそうしなさいっていってもらってたんですけどね。

 教師生活初の学校なので、何だかいてもたってもいられなくなっちゃいまして」

「初めて……?」

「お恥ずかしながら、教師1年目なんですよ。

 なかなかいいところが見つからなくて、あっちこっち探し回って……。

 友人の伝手でようやく決まったんです。

 だから学校が始まるまで待っていられなくて、つい来ちゃったんですよね。

 まぁ、少しでも早い方が、生徒のことや村の方たちとお知り合いになれると考えまして」






 ——一応筋は通ってるか――

 

 ビーは、エチルスの話を注意深く聞いていた。

 

 この村は辺境の地にあり、元々訪れる人も少ない。

 普段、顔見知りばかりで生活しているからだろうか、ビー自身の性格も相まって、外部の人間には殊更慎重になってしまう。

 

 おそらく祖父が旅行の度に、地方や街から持ち帰る商品が良いものばかりでないのも、影響しているのかもしれない。

 

 ビーは更に質問した。


「でも、なんで診療所(ここ)に?」



2018年11月25日 修正を加えました。

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