反撃(2)
「うわぁあぁああああぁぁーーーー!!」
エチルスの叫び声が二人の耳に届いた瞬間、土煙の中から弾き飛ばされるように何かが出てきた。
それは壁に激突すると、しぼんだボールのようにずるずると重力に引きずられ力なく地面に落ちる。
青と白で彩られた服が、今はよれよれになり汚れていた。
土煙から飛び出してきたのは、エチルス自身だった。
「マー!」
「エチルス!」
二人が駆け寄ろうとしたその時、煙のカーテンを引き裂くように夢魔の顔が飛び出してくる。
「「!!」」
巨大な刃が二人に襲いかかる。
ビーは後ろに、シャイナは横に跳んだ。
二人が立っていた地面に、五本の爪痕が深々と刻まれる。
銃を構えながら、ビーは叫んだ。
「シャイナ! マーのところに行け」
「――っ、でも」
「マーの方が先だ。こいつは俺が引き留める」
「わかった! 無茶すんなよ」
シャイナが離れていくのを背中越しに感じながら、ビーはムーデナールと対峙した。
真一文字に結んだ大きな口からは、ぎりぎりと何かを押しつぶすような音が聞こえてくる。
集中しなければいけないのに、ビーの頭のなかでは先程の光景が繰り返し流れていた。
――マーは無事なのか? いや無傷ではないだろう。
怪我の度合いは? 意識はあるのか? どうか生きていてほしい――
「……お前……ノ、そレ」
壊れた楽器のような声が、唐突にビーの思考を遮る。
ムーデナールが、自分にしゃべりかけていた。
ヤツの右手の人差し指と思われる刃がゆらりと動き、ビーの手のなかにあるものを指さした。
「何カ……イャなもの、ダ……」
そう呟くと、心の乱れを表すかのように指を不規則に動か始める。
長い刃物がこすれ合ってガチャガチャとノイズを発生させた。
「ソレいらない、いらナい、いラなイ――」
呟くたびに、丁々発止のごとく、刃が打ち合わされる。
速さと刃の強度の限界に達する直前、急に音が止んだ。
「――切っテ、しマェバいぃ」
ムーデナールは地面を蹴って、一気にビーとの距離を詰める。
迫りくるムーデナールの顔めがけて、ビーは引き金を引いた。
「雷弾!!」
夢魔は一瞬だけ速度を上げ、それを直前でかわし、方向を変えてビーへ迫る。
――あの距離でよけるか――
右左と振り下ろされる複数の刃を、ビーは身体能力を駆使し、紙一重で避けた。
ムーデナールは、巧みに指をしならせて、振るう刃に微妙な変化をつけている。
少しでも油断すれば、動きを読み違えれば、その鋭い刃は容赦なく自分に突き刺さるだろう。
五月雨のように降ってくる凶器に、ビーは立ち止まることを許されない。
残球は少なかった。
今銃にあるのが、六発。ホルスターに、フルでビー球をこめた試験管が一つ。
計十四発。
ひとつも無駄にできないが、ちまちました技で応戦していては到底敵わない。
やるなら最大級の技を、確実に致命傷を与えなければ勝機はないとビーは考えていた。
ムーデナールの風切り音が耳のすぐ横を通り過ぎていく中で、ビーは違和感を抱く。
一メートル以上もある刃が、自分が足をつけた地面を次々に削りとっていく。
――何か違う?――
ビーが夢魔と応戦している間に、シャイナはエチルスの下へ走った。
ぐったりとして壁に寄りかかっている身体はピクリとも動かない。
「エチルス!」
そばに跪いて、声をかけた。
大怪我をしているかもしれない、骨が折れている可能性もある。
シャイナはエチルスに安易に触れてはいけないと思った。
見えている部分に外傷は見当たらない。
「エチルス! しっかり」
もう一度名前を呼ぶと、反応があった。
堅く閉じていた瞼が、うっすら開く。
「……っ、……イナくん……?」
「エチルス、よかった! 大丈夫? 動かないで、骨が折れてるかもしれないから」
「……だい、じょうぶ、です」
「無茶しちゃだめだよ。さっき壁に叩きつけられたみたいになってたから、きっと……」
エチルスはシャイナの静止を聞かず、ゆっくりと上体を壁から離した。
慌てて、シャイナはエチルスの背中側を確認する。
「……あれ、何ともなってない?」
エチルスの背中は、土ぼこりで汚れているものの、こちらも特に大きな傷はない。
しかし、シャイナはこの目で確かにエチルスが壁にぶつかる瞬間を見たのだ。
もし自分であれば、背中から血が出ているか、肋骨か背骨が折れているかもしれない。
驚くシャイナに、エチルスは少し疲れた顔で微笑む。
「僕は、大丈夫ですよ。骨も折れてないと思います」
「でも……」
エチルスが軽く手をふると、そのてのひらの中に水色のビー球がいくつか現れる。
「咄嗟に魔術障壁をアイツにぶつけて応戦できました。その反動で壁まで弾き飛ばされちゃいましたけど、壁にぶつかった時まで魔術障壁をキープできてたようで、怪我はありません。
衝撃で少し気を失っちゃってたみたいですね」
「本当に? エチルス、よかったー!」
「心配おかけしてすみません」
「すごいよ、エチルス。そんな術もできたんだね」
「いえ、偶然です。今まで使ったことはなかったですし」
「ううん、やっぱすごいよ。
たまたまでも偶然でも、ちゃんと効果があったじゃん。
それがなかったら、エチルス今頃ひどい状態だったと思うよ」
エチルスは苦笑して応えるが、すぐにはっと何かに気づく。
「シャイナくん、ビービーは!?」
「ビーは今一人で戦ってくれてる」
シャイナは立ちあがる。
「ビーもエチルスのこと、すごく心配してたよ。
だから、オレが様子見にきたんだ。エチルス、もう大丈夫だよね」
「は、はい、僕は全然平気です」
「もうしばらくここで休んでて。オレ、ビーのとこに行くから。
いつまでも一人で戦わせてられないかんね」
シャイナがもと来た方向に走り出そうとした時、その背中をエチルスが呼び止めた。
「シャイナくん、あの……」




