反撃
風にあおられ勢いを増す火柱は、そのまま動きを止めたムーデナールへ向かっていく。
炎の勢いに負けない、シャイナの力強い声が洞窟内にこだました。
「ぶった切れっ――大車輪《乱れ横薙ぎ》っ!!」
トルネードの勢いに乗せて、シャイナは剣を走らせた。
夢魔の身体に幾筋もの炎の傷が刻まれる。
それを印として、竜巻の風と炎が我先にと赤黒い大地に上陸し、侵食していく。
耳をつんざくような奇声が、その効果を物語っていた。
――一気にたたみかけるっ!――
ビーはすかさず銃を構え、再び大地を駆けた。
シャイナがムーデナールから離れたのを見計らって、引き金をひく。
「風神の劔・二陣!」
立て続けに銃が咆哮した。
放たれた球は夢魔を挟みこむように地面に着弾、巨大な竜巻が二つ天へ向かって伸びる。
竜巻は、術者の意図に従い、がりがりと地面をけずりながら夢魔に迫っていく。
その竜巻は、先程のものとは性質が大きく異なっていた。
シャイナの剣との組み合わせを考えて作り出された竜巻は、単なる風の集合体だ。
炎をより強めることに重きを置かれていた。
比べて今作り出したそれは、例えるならば、無数の刃が飛び交う嵐だ。
触れるものを容赦なく襲う。
ここまで殺傷能力の高く、規模の大きな技を繰り出すのは、ビーも初めてのことだった。
自分の持ち得るすべての技を駆使しなければ、この悪夢から抜け出せない。
ビー球も、魔力も、体力も、こちらは時間が経てばたつほど減っていく。
一方夢魔はどうだろう。得体の知れない身体に、人間にはない力。ダメージを受けているにも関わらず、ムーデナールのパフォーマンスはそこまで大きく変わっていない。
その上、すべての特性が出ているとも限らない。
短時間で勝負を決めなければ、こちらが不利になるのは自明の理だ。
もともと厳しい戦いになるのはわかっていたが、ビーは願わずにはいられなかった。
――このまま倒れてくれ――
しかし、その希望は緊迫した声にかき消された。
「ビー! 嵐を止めて!」
ビーの反対側で状況を見守っていたシャイナだった。
「どうしたっ!?」
「あいつがいない!」
互いに重なりあった二つの嵐は、ビーの意志により霧散する。
直前まで、その嵐に挟まれていたはずの夢魔の姿は掻き消えていた。
「どこだ!?」
ビーとシャイナは互いの周囲にすばやく目を走らせる――が、見つからない。
二人の視線は自然エチルスへと向く。
戦いの中心から少し離れた場所にエチルスはいた。
安全確認をするかのように、顔を左右に振り、夢魔を探している。
――逃げられる場所も、隠れる場所もない。どこだ、どこにいる!?――
はっとして、ビーは視線を上げた。
「シャイナ、マー、上だ!!」
ムーデナールは天井に張り付いていた。
そこは、エチルスの真上だった。
「マー!! そこから離れろっ」
ビーはすぐさま銃を構えるが、一瞬躊躇した。
――下手に岩盤を崩せば、マーが巻きこまれる――
「天雷矢!!」
力ある言葉とともに、ビーは引き金を引く。
しかし、放たれた矢は目標を見失い、奥の壁に突き刺さる。
ムーデナールはすでに天井を離れたあとだった。
「エチルス――っ!!」
シャイナの叫びをかき消すように、轟音が響き渡る。
大地が揺れ、あたりには粉塵が舞う。
ムーデナールの落下地点は、ビーとシャイナからまったく見えなくなっていた。
「……けほ、ごほっ」
エチルスは生きていた。
赤黒い巨体がこちらに落ちてくるのが目に入った時には、さすがに彼ももうダメだと、身体を縮こませて目をつむった。
感じたのは、耳を突き破るような音と地面の揺れ。
そして激しい風圧と顔や身体を襲う無数の欠片と痛み。
しかし、それはほんの数秒だった。
すぐに辺りは静かになる。
エチルスは、おそるおそる薄目を開けた。
顔を守るために覆った自分の腕の隙間からのぞいた外は、土色だ。
エチルスはすでに自分は死んでいるのでは、という考えが頭をよぎる。
しかし、身体の随所に感じるちくちくとした痛みや、座っている地面の固さ、ぱらぱらと何かが落ちる小さな音、口の中のざらざらとした感触が、現実だと教えてくれた。
よく目をこらすと、自分が砂煙の中にいることに気づく。
視界は悪かった。
早朝の山あいに出る深い霧のように、一メートル向こうもわからない。
何がどうなっているのか、エチルスにはわからなかった。
――あの二人は、夢魔は? そして自分は今どんな状況にいるのか――
手足が小刻みに震えだす。
恐怖が身体の先から心臓へ向かってくるようだった。
エチルスは、頭のなかで必死に自分に言い聞かせる。
――焦るな、落ちつけ。パニックになるな――
四方八方黄土色の視界の中で、左右を見回す。
目の端が何かを捉える。
それは、すぐそばにあった。
手の届く範囲に、握りこぶしほどの黒い穴が空中に浮かんでいる。
最初は目の錯覚かと思い、何度か瞬きをしてみた。
しかし、黒い穴の数は二つになる。そして、その下にはやけに細く長い漆黒の暁月も現れた。
急速に周囲の風景が動く。
外から吹き込んでくる風が土煙をさらっていく。
エチルスは目を大きく見開いた。
不思議な黒い穴と月は、夢魔のゆがんだ笑い顔だった。




