表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
37/55

反撃

 風にあおられ勢いを増す火柱は、そのまま動きを止めたムーデナールへ向かっていく。

 炎の勢いに負けない、シャイナの力強い声が洞窟内にこだました。


「ぶった切れっ――大車輪《乱れ横薙ぎ》っ!!」


 トルネードの勢いに乗せて、シャイナは剣を走らせた。


 夢魔の身体に幾筋もの炎の傷が刻まれる。

 それを印として、竜巻の風と炎が我先にと赤黒い大地に上陸し、侵食していく。

 耳をつんざくような奇声が、その効果を物語っていた。




 


 ――一気にたたみかけるっ!――


 ビーはすかさず銃を構え、再び大地を駆けた。

 シャイナがムーデナールから離れたのを見計らって、引き金をひく。


「風神の劔・二陣(ボレアス・ディオ・ファング)!」


 立て続けに銃が咆哮した。

 放たれた球は夢魔を挟みこむように地面に着弾、巨大な竜巻が二つ天へ向かって伸びる。

 竜巻は、術者の意図に従い、がりがりと地面をけずりながら夢魔に迫っていく。


 その竜巻は、先程のものとは性質が大きく異なっていた。


 シャイナの剣との組み合わせを考えて作り出された竜巻は、単なる風の集合体だ。

 炎をより強めることに重きを置かれていた。


 比べて今作り出したそれは、例えるならば、無数の刃が飛び交う嵐だ。

 触れるものを容赦なく襲う。






 ここまで殺傷能力の高く、規模の大きな技を繰り出すのは、ビーも初めてのことだった。

 自分の持ち得るすべての技を駆使しなければ、この悪夢から抜け出せない。


 ビー球も、魔力も、体力も、こちらは時間が経てばたつほど減っていく。


 一方夢魔はどうだろう。得体の知れない身体に、人間にはない力。ダメージを受けているにも関わらず、ムーデナールのパフォーマンスはそこまで大きく変わっていない。

 その上、すべての特性が出ているとも限らない。


 短時間で勝負を決めなければ、こちらが不利になるのは自明の理だ。


 もともと厳しい戦いになるのはわかっていたが、ビーは願わずにはいられなかった。


 ――このまま倒れてくれ――


 しかし、その希望は緊迫した声にかき消された。


「ビー! 嵐を止めて!」


 ビーの反対側で状況を見守っていたシャイナだった。


「どうしたっ!?」

「あいつがいない!」


 互いに重なりあった二つの嵐は、ビーの意志により霧散する。

 直前まで、その嵐に挟まれていたはずの夢魔の姿は掻き消えていた。


「どこだ!?」


 ビーとシャイナは互いの周囲にすばやく目を走らせる――が、見つからない。

 二人の視線は自然エチルスへと向く。


 戦いの中心から少し離れた場所にエチルスはいた。

 安全確認をするかのように、顔を左右に振り、夢魔を探している。


 ――逃げられる場所も、隠れる場所もない。どこだ、どこにいる!?――

 はっとして、ビーは視線を上げた。


「シャイナ、マー、上だ!!」


 ムーデナールは天井に張り付いていた。

 そこは、エチルスの真上だった。


「マー!! そこから離れろっ」


 ビーはすぐさま銃を構えるが、一瞬躊躇した。


 ――下手に岩盤を崩せば、マーが巻きこまれる――


天雷矢(ライジング・アロー)!!」


力ある言葉とともに、ビーは引き金を引く。

しかし、放たれた矢は目標を見失い、奥の壁に突き刺さる。


ムーデナールはすでに天井を離れたあとだった。


「エチルス――っ!!」


 シャイナの叫びをかき消すように、轟音が響き渡る。

 大地が揺れ、あたりには粉塵が舞う。

 ムーデナールの落下地点は、ビーとシャイナからまったく見えなくなっていた。






「……けほ、ごほっ」


 エチルスは生きていた。

 赤黒い巨体がこちらに落ちてくるのが目に入った時には、さすがに彼ももうダメだと、身体を縮こませて目をつむった。

 

 感じたのは、耳を突き破るような音と地面の揺れ。

 そして激しい風圧と顔や身体を襲う無数の欠片と痛み。

 

 しかし、それはほんの数秒だった。

 すぐに辺りは静かになる。


 エチルスは、おそるおそる薄目を開けた。

 顔を守るために覆った自分の腕の隙間からのぞいた外は、土色だ。


 エチルスはすでに自分は死んでいるのでは、という考えが頭をよぎる。

 しかし、身体の随所に感じるちくちくとした痛みや、座っている地面の固さ、ぱらぱらと何かが落ちる小さな音、口の中のざらざらとした感触が、現実だと教えてくれた。


 よく目をこらすと、自分が砂煙の中にいることに気づく。

 視界は悪かった。

 早朝の山あいに出る深い霧のように、一メートル向こうもわからない。

 何がどうなっているのか、エチルスにはわからなかった。

 

 ――あの二人は、夢魔は? そして自分は今どんな状況にいるのか――

 

 手足が小刻みに震えだす。

 恐怖が身体の先から心臓へ向かってくるようだった。


 エチルスは、頭のなかで必死に自分に言い聞かせる。

 

 ――焦るな、落ちつけ。パニックになるな――


 四方八方黄土色の視界の中で、左右を見回す。


 目の端が何かを捉える。

 それは、すぐそばにあった。

 手の届く範囲に、握りこぶしほどの黒い穴が空中に浮かんでいる。


 最初は目の錯覚かと思い、何度か瞬きをしてみた。

 しかし、黒い穴の数は二つになる。そして、その下にはやけに細く長い漆黒の暁月も現れた。


 急速に周囲の風景が動く。

 外から吹き込んでくる風が土煙をさらっていく。


 エチルスは目を大きく見開いた。

 不思議な黒い穴と月は、夢魔のゆがんだ笑い顔だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ