攻勢
「はぁー……」
帽子をかぶり直しながら、ビーは長いため息をつく。
シャイナもエチルスも、ビーの言葉を待っていた。
「……わかった、好きにしろ」
「よっしゃ!」
「やったー!」
二人はハイタッチを交わす。
その姿にビーは少し頬が緩んだが、すぐに気を引き締めた。
「よろこぶな、状況は変わってないんだ」
ビーはムーデナールを眺める。
低い唸り声のようなものが絶えず聞こえている。
銃を握る手に力を込めた。
――後悔しても過去の選択は変えられない。
今直面している現実も不可避だ。
選べる道は一つしかない――
「ムーデナールと直接戦うのは、俺とシャイナだ」
シャイナとエチルスの顔つきが真剣なものに変わるのが、ビーの目から見てもわかった。
「武器の特性上、多少間合いを変えられるとはいえ剣を使うシャイナが最前線に立つことになる。
炎の剣はヤツにも有効だ。いつも通りで問題ない」
「おう!」
「エチルス、お前は戦闘経験が少ない――が、ビー球は使える。だから俺たちを援護してくれ」
「はい!」
「さっきの戦いから推測するに、ムーデナールに普通の術は効きにくい。
でも剣や鋭利なものでならダメージを与えられる。
術はできるかぎりそういうタイプのものを選べ」
「わかりました」
エチルスは、大きく頷いた。
シャイナがエチルスの背中を叩く。
「オレたちは回復術とか使えないから、もしケガしたときはエチルスが頼りだかんね」
「任せてください! でも、できる限り怪我しないでくださいね」
「うん、オレも痛いのはやだもん。な、ビー」
「ああ。くれぐれも無茶はするなよ。危ないと思ったら距離を取れ。
あいつのスピードは怖いが、シャイナがいったように短時間に限られてる。
それさえ注意してれば、あいつの攻撃範囲はそう広くないはずだ」
エチルスに背を向け、ビーとシャイナは異形の者を見据え戦闘態勢に入った。
「最初から全力で行くぞ」
「もち。手ぇ抜ける相手じゃないって」
向けられる殺気に気づいたのか、ムーデナールの空虚な瞳が二人を捉える。
ビーとシャイナは大地を駆けた。
一気にスピードを上げて、夢魔の懐へ飛びこんでいく。
「吠えろ、炎!」
シャイナのかざした剣が炎を吹いて、今までで一番大きな刀身へと姿を変える。
ムーデナールの間合いに入る直前、ビーとシャイナは互いに別方向へ進路を変更した。
咄嗟のことに、黒く淀んだ瞳は二人のどちらを追うのか迷う。
ビーは走りながら狙いを定め、迷わず引き金を引いた。
「鎌鼬!!」
陽に透けた若葉のようなきらめく軌跡を残して、疾風の速さでビー球はムーデナールの横顔目がけて一直線に飛んでいく。
――捉えたっ!
ビーがそう思った瞬間、血の通っていない白い腕が素早く動く。
キィンキキィンッッ!
高い金属音とともに、自在に動く刃の指が緑球をはじき返す。
かろうじて一発だけ、ムーデナールの顔を撫でた。
多少傷をつけただけで、ダメージには程遠い。
その他は風の刃となって、術者に戻ってくる。
ビーは木の葉のようにひらりと身をかわし、その足を止めることはない。
「シャイナっ!」
ムーデナールがビーの方に気を取られているうちに、シャイナはその足元に滑り込む。
その手には夕陽のごとく赤々と燃えるロングソードが握られていた。
「うおぉぉぉぉりゃぁぁっ!」
目的は夢魔の動きを奪うこと。
赤黒く染まった右足めがけて、シャイナは全体重をのせて剣を振るった。
紫電一閃。
ガキィィーーーン!
――が、再び金属音が響き渡る。
シャイナは、目の端で自分の剣が捉えたものを見た。
その部分は、直前まで夢魔の肉体、かつて人だったときの名残の肌だったはずだ。
しかし、今それは違うものに変化していた。
鈍く重たい鉛色。日の光を不気味に反射している。
それはまるで、すべてをそぎ落とす巨大な刃物と似た色を放っていた。
「避けろ、シャイナっ!!」
五本の刃が地面を削りながら、シャイナに迫る。
「水龍の滝落し(ヴォダ・クラッシュ)っ!!」
エチルスが声高に叫ぶと、夢魔の後頭部に巨大な水柱が叩き落ちた。
術が効きにくいとはいえ、さすがに頭を殴打され、ムーデナールはバランスを崩す。
「シャイナ君、今のうちに」
「サンキュー、エチルス!」
ビーはチャンスとばかりに、再び攻撃を仕掛ける。
「もう一発くらっとけ! 稲妻の槌!」
轟音と共に、落雷がムーデナールを貫く。
巨大な両手も、生気のない身体を支える脚も動きが止まる。
シャイナが再び駆ける。
「ビー! あれ頼む」
「わかった」
必要最低限の動作で試験管を入れかえると、ビーはシャイナに銃口を向けた。
正確には、シャイナの進む先、ムーデナールと彼の間合いがぶつかる地点だ。
「風よ集え――旋竜巻!!」
シャイナの前方に巨大な竜巻が出現する。
天井に向かって渦を巻き、小さな石や土埃は吸い寄せられ舞いあがる。
誰もが逃げだすような竜巻に、シャイナは臆せず飛びこんだ。
「ビービー! シャイナ君が」
「心配ないっ」
次の瞬間、竜巻が炎を吐いたように、エチルスには見えた。
炎はみるみるうちに風に巻き上げられ、あっという間に燃えさかる炎の旋風と化す。
炎は天井近くまで達し、風の音か火の音か、ゴウゴウと低く唸り声を上げている。
離れた場所にいるビーとエチルスの肌を、熱い風が舐めるように吹く。
「な、な、なんですか、あの術っ!! 見たことないんですけど」
「……あー、あれ。ほら、森で火をおこす時に、風と火のビー球使うだろ。
あれの応用でやってみたら、ああなった」
「普通あんなにならないでしょ!!」
驚きのあまり、普段叫ばないエチルスが声を荒げていた。
最初試した際に森を焼いたことはエチルスに黙っておこう、とビーは思った。
「シャ、シャイナくんは、どこに? 大丈夫なんですか?」
「あの竜巻の中心だ。
俺も入ったことはないけど、ちょうど人がひとりすっぽり入れる空間があるらしい」
「え、あの中なんですか!?」
「じゃないと炎をコントロールできないだろ」




