回避不能(2)
「後ろに下がれ」
できる限り冷淡に告げると、ビーは二人に背を向け、前傾姿勢をとった。
頭のなかで、ムーデナールを引き離す算段を始める。
ビーはもう、二人の話を聞く気はなかった。
この態度を貫けば、しぶしぶながらでも応じてくれるだろうと考えていたからだ。
そんなビーの背中に突き刺すような言葉が飛んだ。
「嫌です!!」
予想外の声に、ビーは思わず振り返る。
雨に濡れた小鳥のようにエチルスの身体は小刻みに震えていた。それなのに、いつも木漏れ日のような穏やかな栗色の瞳は、熱を帯びて真っ直ぐにビーを見つめている。
「僕もビービーと一緒に戦います!
あなたを残して、ここから離れるなんてできません!」
「ふざけんな! 死ぬかもしれないんだぞ!」
「それを言うなら、ビービーだってそうじゃないですか!
嫌です、ぜーったいに譲りませんからね。ビービーの言うことは聞きません!
なんで僕だけ安全な場所にいなきゃならないんですか」
「お前には無理だ、戦えない」
「戦える、戦えないんじゃないです。僕は嫌なんです!」
「はあ!? なに子どもみたいなことを」
「そうです!
ビービーは子どもじゃないですか。子どもが危ないことに首を突っ込んじゃダメです!
僕のほうが大人なんですからね、しかも先生なんです!ビービーこそ言うことを聞きなさいっ!」
「お前、弱いだろうがっ!」
「弱いですよ、体力もありませんよ! でも、君たちよりは大人です!」
「今はそういうこと言ってる場合じゃないだろ」
「そういうことなんです! ビービーが折れてください!」
「今までほいほい指示に従ってたのは誰だよ」
「僕ですよ。
当たり前じゃないですが、旅に出るのも、野宿するのも、戦うのもほとんど初めてなんですから!」
「だったら」
「大人には大人の意地があります! 僕はここから一歩も動きませんからね!」
「いい加減に……」
「ぷっ」
シャイナが思わず吹き出した。
「ははははっ」
「お前、何笑ってんだ!」
「いや、なんか緊迫感無くて」
「あぁ!?」
「ごめんごめん。いや、思ってたよりエチルスって頑固なんだね。
エチルスはじーちゃんに頼まれてたけど、オレは勝手についてきたんだよね」
不機嫌な口調でビーは答える。
「ああ、そうだな。勝手についてきたからこんなことになってんだ」
「じゃあ、オレも自分の好きにしようっと」
「は!?」
「オレもエチルスとおんなじ。ビーだけ戦わせるなんて、ぜーったいヤダ」
苛立ちを発散させるように、ビーは帽子の上から頭をがしがしと掻いた。
「お前な」
「わかってる」
「わかってない!」
「わかってないのはビーの方」
シャイナはビーの方に一歩足を踏みだす。
「オレだってビーが傷つくのは見たくない。
まだまだ死にたくもないし、美味しいものも食べたいし、楽しいこともおもしろいこともビーと一緒にいっぱいしたい。だから三人で村に帰る、それしかない」
「そんなこと」
「無理じゃない。それに、ビーを見捨てる自分なんて、オレはぜーったい許さないね」
シャイナの言葉に、ビーは肩から力が抜けた気がした。
頭はまだ、二人を戦いに参加させてはいけないと警鐘を鳴らしている。
反対に、心は彼らを説得するのを半ばあきらめていた。
先ほどまで閉じられた箱の中にいるような気分だったのに、今では箱のふたは取り払われ、光が射している。
ひとりじゃない、それがこんなにも心強いと思ったのはいつぶりだろうか。
状況は何一つ変わっていないのに、ビーの心は温かかった。




