表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
34/55

回避不能(1)

 シャイナの声で我に返った。


 ――しまった! 女に気を取られすぎたっ――


 ビーは咄嗟に大地を蹴る。


 次の瞬間、ビーが今の今までいた場所に、ムーデナールの刃が風を唸らせて横切った。


 ビーはすぐに体勢を立て直して距離を取る。

 シャイナとエチルスがビーに駆け寄った。


 いつの間にか女の姿はない。

 しかし、この空間には確かに女の気配があった。

 おそらくどこからか監視しているのだろう。


「ビービー! 背中がっ」


 エチルスの声に、ビーは思わず背中に手をまわした。しかし、痛みは感じない。


「間一髪だったね。少し上着が破れてるだけで、怪我はないみたい」


 シャイナが上着を背中側からめくって、確かめる。


 エチルスがほっとしたように、息を吐いた。


「よかったです」

「少しでもタイミングがずれてたら、やられてたな」

 ――シャイナが叫んでくれてなかったら、逃げられなかっただろう――


 ムーデナールに動く気配はなく、先程の場所からこちらを窺っているようだった。手負いの獣のように、左足をかばうようにうずくまっている。


 シャイナの真面目な声が響いた。


「ビー、……たぶん、あいつ、ずっとじゃないけど、瞬間的に早くなる。

 足を傷つけられて、少しはスピードが落ちたみたいだけど」

「最初よりはましか」

「全く見えないよりは。ギリギリ目で追えるくらい」

「……正直、このまま逃げられればいいんだがな」

「うん」

「でも、あの女がいる」

「いくしかないね」

「あいつを、ムーデナールってやつを倒すしかない」


 幼馴染の力強い言葉に、シャイナは大きく頷いた。


 ビーはエチルスへ視線をうつす。


 彼は不安げな表情を浮かべ、胸のあたりで両手をぎゅっと握りしめていた。

 まるで、震える身体を抑え込もうとするかのようだ。


 何か思案するように、ビーはゆっくりと一度まばたきをする。

 そして、エチルスを見据えていった。


「マー、少し離れた場所で隠れててくれ。シャイナ、お前はマーを守れ」

「おう! ……ん?」


 いつものように二つ返事で応じたシャイナだが、違和感を覚えて首を傾げる。


「今、なんて?」

「俺が戦ってる隙に、様子を見て外に出ろ」

「ほ、本気でいってんの?」

「冗談いえるような状況じゃないだろ。あいつとは俺が戦う。お前らは、自分の身を守れ」

「な、何いってんだよ!」

「ビービー、無茶です! 僕も戦います」


 二人の反応を予想していたかのように、ビーは、特に声を荒げるわけでもなく、いつものように腰に巻いたホルスターから試験管を取り出し、銃倉を取りかえる。


「お前らは、じいちゃんに巻きこまれただけだ。ここで命を危険にさらすことはない」

「ビーだって、あいつの強さ見たじゃん! 一人でなんて無謀だよ」

「俺がムーデナールと戦って時間を稼ぐ。

 ヤツと戦ってさえいれば、あの女も手を出さないかもしれない」


 これ以上二人を危険な目にあわせたくない、それがビーの本心だった。

 あの夢魔と戦って勝てる自信は、正直ない。

 例えムーデナールを戦闘不能に追い込めたとしても、その時は自分もただでは済まないだろう。

 生きてここから脱出できる確率がどれほど低いか。

 わかっているからこそ、これ以上夢魔との戦いに参加させるわけにはいかなかった。

 





 シャイナがビーの腕を掴む。


「ビーが戦ってるのに逃げられるわけないじゃん! 

 何一人で戦おうとしてんの? 一緒に戦った方が、まだ有利だろ」

「マーをそのまま放っておけない。お前がマーを連れて行かなきゃ、だれが行くんだ」


 ビーはシャイナの腕をふり払うと、エチルスにいった。


「マー、お前は戦闘経験がほとんどない。

 このままムーデナールと戦っても、すぐに殺られる。

 森の魔獣とはわけが違うんだ、俺たちがあんたを守りながら戦えるほど優しい相手じゃない。

 足手まといになる前に、シャイナと一緒にここから出ろ」

「!!」


 何かいいかけたエチルスだが、ビーの氷のような冷たい物言いと否定できない真実に、下唇を噛んで項垂れた。


「ビー、そんな言い方ないだろ!」

「事実だ。俺とお前、二人がかりでもどうなるかわからないんだぞ」

「だったら、なおさら」

「気持ちだけで身体が動くんならいい、実力も上がるなら大いに結構だ。

 だが、そうじゃない。

 ここは物語やおとぎ話の中じゃないんだ、現実だ。本当に死ぬんだぞ」


 『死』という言葉に、シャイナの心臓はドクリと跳ねた。


 今までで一番、その言葉が存在感を帯びて、まるで自分のすぐ後ろに立っているかのようだった。

 果てしなく暗く寒い、振り返れば飲み込まれてしまう。

 もしかしたら、それを一番身近に感じているのは、ビーかもしれないとも思った。


 しかし、その銀の瞳は自分とは違う恐怖におびえているように見える。


 冷たい態度、心無い言葉。

 シャイナにはわかっていた。それは決してビーの本心ではない。

 巻きこんだ責任を一人で負って、この状況から自分たちを遠ざけようと、逃がそうとしているのだ。






「俺一人ならなんとかなる。対抗策もなくはない」


 シャイナたちを動かすために口から出た方便だった。


 自分の命が危険にさらされる、ということを考えていないわけではない。

 しかし、それ以上に、二人が傷つくほうが何よりも怖かった。


 エチルスはまだ出会って間もない。村に来て数日だ。

 祖父に頼まれたという責任だけで、命を懸ける必要はない。

 彼は優しい。誰かにお願いされたら、断れない性格だ。


 生意気で、愛想のない子どもに、ここまでよくつき合ってくれた方だ。

 森で助けられた時、もう十分にその役割を果たしている。


 エチルスを引き合いに出せばシャイナは断れない、とビーは踏んでいた。

 状況を理解している彼なら、エチルスを放っておくことはできないだろう。


 シャイナには帰りを待つ両親がいる。彼は村の人気者だ。

 彼がいないと、学校は火が消えたように賑やかさを失うし、村のみんなだって悲しむ。


 おせっかいで、バカみたいに前向きで、楽天的で、いつも笑ってくれる。

 無愛想で、人付き合いが苦手な自分を、いつも助けてくれた。


 あの夜――覚えている一番古い記憶。

 音もなく、色のない世界を生きていた。

 すべての意味を見失っていた自分に、手を差し伸べ光があることを教えてくれたのは彼だ。

 あの時出会わなければ、今の自分はここにいない。


 二人を守らなければ――ビーは自分の心に強く誓った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ