対敵(2)
攻撃は思いの外うまくはまったと、ビーは思った。
エチルスの先制攻撃には驚いたが、むしろそれがよりよく作用したと考えてもいい。
炎と雷の相性も悪くないが、水から雷への攻撃の流れは、相乗効果を生み出した。
夢魔はこちらの攻撃に苦しんでいる。
今すぐこの場を逃げ出すべきなのだろう。
しかし足は地面に張りついたように、ビーも、シャイナもエチルスも、動く気配がない。
それは期待していたからかもしれなかった。
自分たちの術が夢魔にも有効なのだという希望。
未知の相手に対しての興味、関心、そして恐怖だ。
この攻撃が効いていなかったら、という疑心を抱かないわけにはいかなかった。
そして、その答えはすぐに示される。
「……あいつ、致命傷を避けたんだ」
シャイナがひとり言のように呟く。
「タイミングもばっちりだった。確実に仕留めたかったから頭を狙ったんだ。
あいつはエチルスとビーの術で動けないはずだったのに、オレの剣がとらえたのは……」
シャイナの言葉に、ビーははっとした。
ビーも見ていた。
シャイナは夢魔の頭部めがけて剣を振るったはずだ。
しかし、夢魔の傷は肩から腰へと続いている。
――あの状態で、あのわずかな間で動けたのか!?――
次の瞬間、夢魔が雄叫びを上げた。
空気を震わすようなその声とともに、身体を覆っていた炎が弾き飛ばされる。
「「「!!」」」
炎を払ったあとに現れたその特徴的な色の肌は、先程まで炎に焼かれていたとは思えないほど、何ら変わっていなかった。
唯一、シャイナの斬撃のあとからは、青紫色の液体が流れているのが目に入る。
それ以外は、目立った外傷は見られなかった。
エチルスの激流も、ビーの雷撃も、シャイナの炎もほとんど効いていない――。
夢魔はゆっくりとした動作でビーたちのほうに顔を向けると、底の見えない真っ暗な瞳で、口の両端を奇妙なほど釣り上げて笑った。
三人の全身に鳥肌が立つ。
それは何かとてもおぞましいものを目撃したような気がしてならない。
はっきり言って、気味が悪かった。
例えるならば、狂った歯車だ。
たくさんの歯車が、互いにかみ合いながら支え合いながら仕掛けを動かしている。
そのなかで、ひとつだけ変に空回りしているものがある。
それは空回りしていることに気づかず、そのまま異常な速さで回転し続け、周りをぼろぼろに壊してく。そのことに狂った歯車は気づかない。
その常軌を逸した歯車は夢魔だ。
夢魔のその笑顔は、いわゆる狂気と呼ばれるものだった。
ビーたちが普段生活する中では、遭遇することのなかったもの。
見てはいけない、出会ってはいけない、触れてはいけない――それは、清浄な空気が一瞬で穢されたような気にさせた。
――あいつが動く前にっ!――
すぐさま銃を構えながら、ビーは叫んだ。
「禍雷華!!」
銃撃音と共に四つのビー球が空を切る。
それらは見事夢魔の身体に命中すると、弾けるように雷撃を生み出した。
夢魔は奇声を上げながら、身体を震わせる。
「下がれ!」
ビーの声を合図にシャイナが踵を返すと、その背をエチルスが追う。
夢魔から目を離さずにビーが後退する。
――後ろにはあの女がいたが、今は仕方がない――
「ビー! 反対側にも出口が見えるっ!」
シャイナが叫んだ。
「先に行けっ」
答えながら、ビーは素早く銃倉を入れかえると再び狙いを定めた。
「切り裂け、鎌鼬――!」
緑の弾丸は軌跡を描いて、一直線に夢魔へ突き進む。
ビーは夢魔の魔術耐性を考えていた。
先程の水や雷、炎の攻撃は大したダメージを与えられていない。
しかし、シャイナの剣は確実にヤツの肉体に傷をつけた。
ならば、同じような効果をもたらす術であれば――
力を宿した緑球は夢魔の身体や大地に触れた瞬間、牙をむいて敵の身体に食い込む。
夢魔の絶叫が洞窟内にこだました。
思わずシャイナ、エチルスは足を止めて振り返る。
夢魔が片脚を押さえ苦しんでいる姿が、二人にも見えた。
鎌のような風は、夢魔に効果的だった。
ムーデナールの動きを封じるため、身体ではなく足を狙った。
それも、片方だけに集中させて。
夢魔の左足は足首から先がなかった。
正確には切り落とされ、地面に転がっている。
切断面からは、どろどろとした青紫色の何かが流れ出ていた。
シャイナがガッツポーズをしながら、声をあげた。
「やった!」
「……」
エチルスは無言のまま、激痛に悶える夢魔を見つめている。
同じように、ビーも夢魔の様子を窺っていた。
鋭利なものであれば、あの夢魔の身体には有効だ。
確かな手ごたえをビーは感じていた。
しかし、それと同時にこのまますんなりと終わるわけはないとも思った。
幸い、あの女の夢魔は、まだこちらに手を出してきていない。
「今のうちだ、向こうの出口まで行くぞ!」
反対側の洞窟を目指して、三人は再び走り始めた。
シャイナとエチルスの背中を追いながら、ビーは何度も後ろの光景を確かめる。
まだ夢魔が動き出す気配はない。
走りながら、ビーは向こうの出入口が果てしなく遠いような気がした。
普段ならば、簡単に走り抜けられる距離だ。
身体は動いている。
だが空気が重い、まるで水飴の中を泳いでいるような感覚を味わう。
一秒でも早く、向こう側に着きたいのに。
広場を半分以上過ぎた頃だった。
「まだよ」
突如ビーの耳元で、怪しげな声が響いた。
2019年6月4日




