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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
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対敵(1)


「マー、動けるか」


 ビーはできる限り、努めて静かに、エチルスに尋ねた。

 夢魔から隠すように、エチルスの前に立つ。


「オレたちがなんとかするから」


 真っ直ぐに夢魔を見すえながら、シャイナがビーの隣に移動する。


 二人の考えは一致していた。


 ――勝てないならば、逃げ道を自分たちで作るしかない――


 離れた場所で傍観している女は、ひとまず考えないことにしたのだ。

 彼女が手を出してくるまでは無視する。

 こちらから仕掛けて、逆に煽ることになっては意味がない。 


 逃げ道を確保するためには、二メートル以上ある巨体のほうを先に何とかしなければ活路を見出すことは難しいだろう、と二人は判断していた。

 

 少しでも気を逸らせられれば、先程のように動けなくすることができれば、三人が生きてここから脱出できる確率は上がる。


 どちらか一方に集中するのも、赤黒い夢魔を相手にするのもハイリスクだが、もうリスクのない選択肢などないのだ。


 逃げることを最終目標とするのであれば、何とかなるのかもしれない。

 





 ビーは、少しだけ視線をシャイナに向けた。

 その横顔に迷いは見られない。

 

 彼は難しく考えるのが苦手だ。

 それは昔からの付き合いでわかっていた。

 

 直感に頼りがちなのが珠に瑕だが、こういう時は自分の考えが間違っていないようで安心する。


 恐怖が全くなくなったわけではない。

 身体の奥から叩かれているような張り裂けんばかりの鼓動が、今も体中に響きわたっている。


 もともとは、自分の祖父がまいた種だ。

 本来は自分一人で事が済むはずだった。二人は巻きこまれただけだ。

 

 シャイナには悪いが、今となっては心強いばかりだ。

 昔からどんな時も隣にいてくれる。

 

 マーは祖父に頼まれて、断り切れず善意でついてきてくれたのだ。

 しかも旅の途中、身の危険を冒して助けてくれた。もうそんな事態にはしたくない。


 息を短く吐いた。


 やらなければならない。

 全力をもって、この場を脱出する――






 ビーの視線を感じて、シャイナは小さくうなずいた。


 昔からずっと一緒にいるせいか、力を合わせて困難を乗り越えてきたからなのか、ビーと頭が何かの線で繋がっているかのように行動が一致する。


 この幼馴染はなんだかんだ言っても真面目なので、自分と違っていろいろ考えているのだろうと、シャイナは思う。


 自分がやらなきゃいけないと変に背負い込んでいるところもあるだろう。 

 そういうところがあるから、放っておけない。


 エチルスとは出会って日は浅いが、いいひとだ。

 たくさん迷惑をかけているのにいやな顔ひとつしない。

 変な質問にも丁寧に答えてくれる。

 学校で先生として会っていたら、こんな風に親しくはなれなかったかもしれない。

 

 三人で村に帰る――

 シャイナは、その一点だけに集中することに決めた。






 腰が抜けて動けない自分の前に、幼い少年たちが立っていた。

 まだ成長途中の小さな背中が、やけに大きく感じる。


 少しの間だけ、その背中が何なのか理解できないでいた。


 自分を守ろうとしているんだと、恐怖で機能停止しようとする頭に、ぼんやりとその考えが浮かぶ。


 エチルスはこれまで、戦いという戦いに身を投じたことはない。


 あまり要領の良くない彼は、教師になるべくひたすら机にかじりついて勉強した。

 必要に駆られてビー球を習得したが、その際に多少の模擬戦と実践を安全が確保された上で行っている。


 こんな風に生き残るために戦ったことなどなかったのだ。


 初めて自分の命が危険にさらされている。

 それは想像もつかないほど、自分を制御不能にした。

 勝手に足が震え、立つこともままならない。

 どうすれば身体が動くのか、急にわからなくなる。


 目の前の小さな背中が頼もしく見えた。

 自分には何もできない、そう思ったときだった。


 それに気づいたのは偶然だったのかもしれない。 

 

 銃を構える細い腕が、震えている。

 剣を持つ幼い手が、確かめるように何度も剣を握り直す。

 二人の額には汗が滲み、その表情はとても険しい。


 彼等も必死で恐怖と戦っているのだ。

 頼もしいと感じたその背中は、生きのびようと懸命に考えるその心だったのだ。


 エチルスは、今までいきわたらなかった血液が手足の先までが流れ込むような感覚を味わった。






 夢魔が動いた。


 ぶらりと垂れ下がった両てのひらが不意に大きくなる。人間の頭など軽くひねりつぶせるほどに。

 そしてその指の一つ一つが、研ぎ澄まされた鋭利な刃物へと姿を変える。その刃が太陽光を反射して、ぎらりと光った。


「「「――!!」」」


 ――来る!――


 ビーとシャイナが身構える。


 先制攻撃の力強い声は、二人の後ろから発せられた。


「すべてを飲みこみ奪え! 大渦の(メイルストローム)!!」


 ビー球は二人の間をすり抜けて、夢魔の足元へ着弾。

 それはみるみるうちに潮流を生み出し、あっという間に巨大な渦が発生した。


 それは夢魔の足をすくい、体勢を崩す。


 渦にのまれないよう、エチルスがビーたちの手をひく。


「僕はお二人の保護者であり、そして大事な生徒です。ただ守ってもらってばかりではいられません」


 いつも穏やかな栗色の瞳は、まるで別人にでもなったかのように真剣な輝きを放っていた。


「エチルス……」


 咄嗟の事態に、夢魔は渦の中から抜け出せないでいる。


 ビーはすぐに銃を構えなおした。


 ――チャンス!――


「シャイナ!」

「おう!」

「――彼の者に裁きを与えよ! 神雷処(パニッシャー)!!」


 ビーの銃がうなりを上げる。

 飛び出したビー球は渦に着弾すると、幾筋もの稲妻と化し、渦と一体になって夢魔を容赦なく襲った。 水は夢魔の動きを抑え、雷をまとってよりさらに強力なものとなる。


 夢魔が苦しみもがく。


 しかし、エチルスの放った技はそう長くは続かない。

 徐々に渦は小さくなる。雷もすでにその力を失いつつあった。


 シャイナが駆けた。


 右手の剣に炎が宿る。


 大地を大きく蹴りあげて宙へと上がった。


 身長の何倍もある夢魔の頭めがけて剣をふり下ろす。


「両断の火焔(クリーヴ・フレイム)!!」


 夢魔の肩から腰へ垂直に紅い軌跡が走る。

 その傷から意思を持っているかのような炎が巻きあがり、夢魔の白と赤黒い色の混じった全身をあっという間に包み込んだ。


 傷を押さえながら、夢魔は聞いたこともないような声で叫ぶ。


 その悶絶に、三人は寒気すら感じた。


2019年6月4日 加筆修正しました。

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