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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
24/55

エンフリードの店(1)

 宿屋に戻り、早々に身支度をすませると、三人はサルサン村を出発した。

 再び街道をひたすら進んでいく。


 ここから街に着くまで、徒歩で三日程度。

 その間、集落や村はない。草原を渡り、小さな森をいくつか越えていく。


 最初の日の夜のことを思うと、野宿では気を張りつめていた三人だったが、拍子抜けするくらい穏やかで、何のトラブルもなく過ごせた。


 道中、ビーとシャイナはエチルスに回復魔術の基礎を教えてもらえることになった。

 シャイナは比較的すぐにできそうだったが、ビーはなかなか思うようにいかない。


「めずらしいよな、いつもならビーの方が先にできんのに」

「なんつーか、コントロールがむずい……」

「んー、まだ始めたばかりですし、気にすることないと思いますよ」


 ビーはエチルスに励まされて、なんだか妙な気分になった。

 向こうのほうが大人だし、教師だし、当たり前なのだが……。


「でも、あの時はできたのにな」


 シャイナがいうあの時とは、エチルスが力の使い過ぎでダウンした時だ。


「……あれは、見様見まねだったし、たぶん呪文に反応しただけで、実際の効果は出てなかったんじゃねぇかな。教えられた今、意識して集中するとうまくいかない」

「ビーでもできないことあんだね」

「俺を何だと思ってる」


 そんな会話を交わしながら、旅は順調に進んだ。

 魔獣の襲撃はない。






 しかし、ただひとつだけ、ビーには気になることがあった。


 それは時折感じる視線だ。


 どこからかはわからない、敵意はなくただ観察されている。

 かすかだが、それは確かにあった。


 エチルスは(もちろん)気がつかない。シャイナでさえもわからないという。


 最初その視線に気づいた時は、神経が過敏になっているせいだと思った。サルサン村を離れて、また起こるかもしれない魔獣の襲撃に備え、ずっと気を張りつめていたからだ。


 実際何も起こらなかった。


 気のせいだと自分に言い聞かせていると、やはり何度かそういう気配を感じる。

 長くもなく、すぐに消える。

 それは、ただ歩いている時だったり、食事をしていたりと何気ない瞬間だ。


 また、自分よりそういう勘に長けているシャイナが口に出さないことも不思議だった。

 その事を彼に尋ねると、


「へ? そんな感じしなかったよ」

「本当に?」

「うそつくわけないじゃん」


 確かに、うそをつくメリットもないし、意味もない。

 シャイナは、嘘をつけるような器用な性格ではないのだ。

 

「ちょっと敏感になりすぎてんのかもよ。リラックス、リラックス」


 シャイナにそういわれると、自分の勘違いかもしれないと思った。

 回復魔術もうまくいかない。


 しかし、忘れたころに、ふっと現れては消える。


 普段ならば、向けられた視線の方向だったり、相手がわかることも多いのだが、今回は所在がなくぼんやりとしているのも解せない。


 自分だけが感じる視線に疑念を抱きながらも、旅の工程は順調に進んでいく。


 そうして、三人は目的の街イールストに到着した。




「さぁさぁさぁ、お客さん見てってください。この時期しか取れない最高峰のフルーツなんですよ」

「今日はセールだよ、今朝バルスモ漁港で仕入れた魚だ」

「これから広場で劇がはじまりまーす」


 街は活気に満ち溢れていた。


 きれいに舗装された道に、白い外壁の目にしたことのない高い建物が立ち並び、通りは大勢の人でにぎわっている。


 きらびやかな衣装を身につけた人々が乗っている馬車が三人の目の前を通り過ぎた。

 すぐそばにある屋台からは、香ばしく甘い香りが漂ってくる。


 どれもこれも、ビーとシャイナにとって初めて目にするものばかりだった。

 サルサン村など比ではない。

 それは小さなころ絵本の挿絵見たような夢の世界だった。


 二人とも感動に心が追いつかない。


「……こんな場所、あるんだな」

「う、うん。びっくりしすぎて、どうしたらいいかわかんないや」


 二人は街の通りに突っ立ったまま、互いに聞こえるだけの声で呟く。


「大丈夫ですか?」


 固まっている二人の顔をのぞきこみながら、エチルスは尋ねた。


 はっとして、シャイナが答える。


「え、あ、ああ、ごめん、エチルス。何かどきどきしてるんだけど、わくわくもしてる」

「予想以上すぎて、想定外だ」


 半ば放心状態でそう口にしたあと、ビーは我に返った。


 エチルスが不安げに、首を傾ける。


「? どういう意味ですか」

「いや、何でもない」


 心が激しく波打つ二人とは対照的に、エチルスはいたって普通だった。

 むしろこちらのほうが居心地がいいように思える。


 シャイナが、戸惑いながらエチルスに聞いた。


「エチルスって、ここより遠い街から来たんだよね?」

「ええ」

「それって、ここよりでかいとこなの?」

「んー、たぶんもうちょっと大きいですかね」

「これよりまだ上があんのか……」


 はー、と大きなため息をつくシャイナ。


 ビーは、サルサン村で感じた以上の差を身にしみて思った。


「俺たちの村って、やっぱり田舎なんだな」

「知ってるのと知らないのとじゃ、すっごい差があんね」

「この旅はお二人にとって、初めての社会学習ってところでしょうか」

「なんか今、エチルスのこと先生って思った」

「同感」


 三人は、街の見学もそこそこに(刺激が大きすぎたのか、ビーもシャイナも少々疲れてきていたので)、目的の店へ行くことにした。






 エメラルドグリーンの扉をくぐると、からんころんとかわいらしい鈴の音がした。


 祖父から預かった地図を頼りに(ほとんど頼りにならなかったが)、三人は街を歩き回って、ようやく目的の場所を見つける。


 そこは、祖父の友人が経営する道具屋「エンフリード」。

 店主の名前が店名になっていた。


 綺麗に商品が並べられた棚は整然としていて、気持ちが良い。

 探し物もすぐに見つかりそうだ。


 祖母のきれい好きが高じて、ビーも自分の家兼店は比較的整理されていると思っていたが、ここはそれ以上だった。余計なものや無駄なものは省かれている。

 専門的なものしか置かないスタンスなのかもしれない。


 しばらく店の中で待ってみたが、何の応対もない。


 不思議に思い、エチルスが店の奥に声をかける。


「すみませーん」


 シャイナはカウンターに置いてある、呼び鈴を何度か鳴らす。

 それでも、反応はない。

 留守なのだろうかと、三人は顔を見合わせた。

 ここで祖父のおつかいを済ませなければ、帰ることができない。

 もう少し待つか、時間をおいてまた訪れるか、決めかねていた時だった。


「……ぉ-ぃ、おーい」


 かすかだが、奥から人の声がする。店の奥へと続く扉の先から物音が聞こえる。

 何か大きなものを引きずるような音と、断続的に響くカコッという聞きなれぬ音。


 三人がドアを注視する。


「すまん、ドアを開けてくれ」


 エチルスが動いてドアを開けると、恰幅の良い中年の男性が姿を見せた。

 身体の右半分を引きずるように歩き、それを支えるように左脇に木の杖を抱えている。


 男性はカウンターには向かわず、ドアの近くにあった椅子にどすっと座りこんだ。

 肩で大きく息をしながら、額には汗が滲んむ。

 呼吸を整えながら、ポケットから出した小さなタオルで額をぬぐった。


「ま、待たせて悪かったな。ちょっとうたた寝……、いや、今週は収穫祭なんでな、客が来ないと思って。この身体だ、奥で休んでたんだ。普段は女房がいるんだが、今出かけててな。遅くなった」


 その巨漢のせいなのか、怪我のせいで動きづらいためなのか、荒い息はなかなかおさまらない。

 三人は黙ってその様子を見つめていた。


「ん? なんだ、お前さんたち。ここに来たことないやつらだな」


 日に焼けた色黒な肌に真っ黒な髪、そでからのぞく腕は太い。

 緑の目が三人の顔を順番に睨む。もじゃもじゃの髭がへの字口に合わせて動く。


 エチルスが慌ててカバンを探って、中から細く巻いた書簡を取り出した。


「あ、あの、僕たちビーおじいさんの代わりにこちらに来たものなんですが」


 エチルスの差し出した手紙を男はひったくると、すばやく目を通した。

 そして、手紙の内容と三人を交互に眺める。


 特に男はビーをまじまじと見据えた。


 その視線にひるむことなく、ビーは相手を見返す。

 相手がそういうつもりならば、いつでも攻撃できるよう構えていた。


 一触即発と思われたが、それは男の盛大な笑い声で打ち消される。


「はーっはっはっはっ! おお、お前がじいさんの孫か。確かに生意気そうなガキだ」

「あ?」


 ビーがケンカ腰になりかけたので、あわててシャイナとエチルスが仲裁に入る。


「あの、僕たちおじいさんに頼まれて来たんですが」

「そうそう、おつかいに来たんだ」

「あぁ、手紙にそう書いてあるよ。あんたがエチルス先生だな。一緒にいるオレンジ頭の坊主は、確か……シャイナか?」

「え、オレのことも書いてあんの?」

「いや、お前さんのことは書いてないよ。ただじいさんとはだいぶ前からの付き合いだ、よく話に出てきたよ。孫とよく一緒にいてくれる友だちだってな」


 ビーは眉間に皺を寄せる。


 祖父が外で自分について話しているのを想像すると、変に気恥しく、いらっとした。

 ――外で何話してんだ、あのじじいは。


「自己紹介が遅れたな、店主のエンフリードだ。イールストへ遠路はるばるようこそ」

「ありがとうございます」

「すまんな、商売上知らない人間が来たときは警戒しちまうんでね」


 大柄で鋭い目つきに、ごろつきの様な人相。

 道の向こうから彼が歩いてきたら、多くの人は避けて通るだろう。

 しかし、その風貌に反して、こちらの身元が分かると気さくに話してくれた。


「じいさんも大変だな。腰痛めちまったんじゃ、しばらく動けねぇだろ。ま、歳のわりに元気すぎるくらいだから、ちょっとは静養してくれるといいんだがな」


 同じこといってるとシャイナがビーに耳打ちすると、ビーは、うるせぇと小声で返す。


「帰るころには治っておられるといいんですけど……。

 そういうわけで、僕たちがお邪魔することになったんです」

「あんたも大変だな、子ども連れで旅なんか。茶は出せんが、ほれリンゴでも食うか。お前たちも」


 エンフリードはすぐ横の棚の中から真っ赤に色づいたリンゴを取り出すと、三人に手渡した。


「ありがとうございます」

「わーい、ありがと」

「……」


 ビーはリンゴを受けとると、祖父が時々同じものを持ちかえってきていたのを思い出す。

 街中でもたくさん売られていた。


 手をつけないビーを見て、エンフリードは説明してくれた。


「リンゴは、この時期イールストの名物なんだ」


 そういって、自分もひとつ手に取ると豪快にかぶりついた。

 シャクシャクと小気味の良い音がする。独特の歯ごたえと甘い果汁が特徴だ。


 エンフリードの手が大きいので、リンゴが小さく見える。


 エチルスが手にしたリンゴを磨きながらいった。


「確かに、イールストのリンゴは有名ですよね」

「そういや、街の中でもたくさん売ってたな」


 シャイナがエンフリードと同じようにリンゴを食べ始める。


「そのための祭りだからな」

「ところで、あのおじいさんが依頼された商品って……。

 僕も詳しくはお伺いしてないんですよ。

 エンフリードさんに聞くようにとのことでしたし、もう連絡してあるからとおっしゃってましたが」

「ああ、そうだったな。

 いつも世話になってるじいさんの孫が来たんだ、品物は用意してある――といいたいところだが」


 エンフリードが神妙な面持ちで、イスに座り直す。


「商品はここにはない」

「え!?」

「なんで?」

「どういうことだ?」


 目的の物があると思って訪れた三人は驚きを隠せない。

 そんな三人を見て、エンフリードは足軽く叩いて示す。


「見ての通りだ、二週間ぐらい前に足をケガしちまってな。まだ思うように動けない」


 人のことはいえんな、とエンフリードがひとり言のようにつぶやく。


 確かに少しの距離でも歩くのは大変そうだった。日常生活にも支障がでているだろう。


「じいさんから依頼があったのはケガしたあとでな、用意できないって知らせたんだが、急ぐから取りに行くって返事が来てな」


 店の台帳に書かれていた内容を、ビーは思い返す。

 そこには「至急」の文字があった。


「実際に来たのが俺たちだったわけか」

「そういうことだ」


 シャイナが両手を頬にそえ愕然とした顔をする。


「え、もしかして……」

「僕たちの来た意味って……」


 エチルスが肩をおとす。

 ビーは落胆するのはまだ早いと思った。エンフリードの言い方がひっかかる。


「商品は『ここ』にはないんだな」

「ああ、『ここ』にはない」

「じゃあ、どこにあるのか教えてもらおう」


 エンフリードの緑の瞳がビーを射抜く。

 ビーはひるむことなく、正面からその視線を受け止めた。


 しばらく沈黙が続いた後、再びエンフリードの山を揺らすような声が店内に響く。


「はーっはっはっ! その物怖じしない生意気な態度、誰に似たんだ。

 さすがじいさんの孫だな。頭の回転も悪くない」


 エンフリードは顔を上に向けて、大声で笑う。

 動きが大きすぎてケガに響いたのか、痛みを覚えて途中で体勢を戻す。


「へ? え? どういうこと?」


 意味がわからないシャイナが、ひげもじゃの店主と幼馴染の顔を交互に見やる。


 ここでエチルスが、ぽん、と手を打つ。


「もしかして、別の場所に用意してあるってことですか」

「ああ」


 ビーが小さく頷く。


「正確には違うが、ほぼ正解だな」


 エンフリードが杖を支えに立ちあがった。左手に持った杖が巨体を支えてきしむ。


「お前たちに渡すもんがある。ちょっと待ってろ」


 そういうと、再び店の奥に下がった。


 リンゴを食べながらビーたちが待っていると、手に丸めた書状を持ってエンフリードが戻ってくる。


「悪いな、移動も時間がかかってな。ほれ、これを持っていけ」


 ビーは丸めて赤い紐で結ばれた書状を受けとる。


 よっこいせっといいながら、エンフリードはその巨体を再び椅子に下ろした。

 タオルで顔の汗を拭いながら話し始める。


「お前のじいさんに依頼された商品は、特殊なクリスタルだ。魔力を増幅させてくれるタイプのな。

 本来なら、そのクリスタルを採石場に取りに行って加工したやつを渡す。

 しかし、今回はそれができない。その理由はわかるな?」


 エンフリードは三人に視線を送る。

 答えたのはエチルスだった。


「エンフリードさんが怪我で動けないからですよね」

「普段の生活も大変そうだもんね」

「ああ、思ってたよりきついな。こんな大ケガひさしぶりだ。歳のせいか治りも遅い」


 エンフリードは苦々しげに自分の右足を見つめた。


「ま、そんなわけで、加工はじいさんができるだろうから、クリスタルを取りに行ってもらおうって考えたんだ。本来なら他人に入らせるわけにはいかない場所なんだが、じいさんの代理なら問題ないだろ」

「場所はどこなんだ?」


 ビーが尋ねると、エンフリードは少し考えてから答えた。


「……ふむ、この街から北東に進んだ森の中にある小高い山の中の洞窟だ。方角的にレフュジ村に帰る途中に寄れるだろう。そこで、今お前に渡した『それ』だがな」


 エンフリードにあごで促され、ビーは手の中にある書状に目をやった。

 シャイナとエチルスも注目する。


「グロエブ採石場は、ちょっといわくつきの場所でな……まあ、過去の話だから気にすることはない。貴重な鉱石が採れるとこなんでな、他の人間が勝手に足を踏み入れないよう仕掛けを施してあるんだ。それを解除しないと奥には進めないようになってる。

 じいさん、忘れっぽいからな。その紙に解除手続きと魔術印を書いておいた。おっと、今ここで開けるなよ、――っても開かないはずだ。試しに紐を引っ張ってみろ」


 開かないとはどういうことだろう、とビーは思った。


 書状は、中身こそ見えないが何の変哲もない丸められた紙。

 ちょうちょう結びでくくられた紐も細工をされているような印象はない。

 どこにでもありそうなものだ。


 エンフリードのいうように、ビーは半信半疑で紐をつまんで引っ張ってみる。


2019年1月30日 加筆修正しました。

2019年2月19日 一部加筆修正しました。

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